第2話 関わり

 月明かりを頼りに、時に地図を確認しながら、少女達を抱えて何十分間歩き続けただろうか——。


「ここは……どこでしょうか……」

「ああ、俺が作った隠れ家」

 盲目の白髪少女に答えれば、すぐに追及の声が赤髪の少女から飛ぶ。

「あ、あなた……ただの諜報員じゃないでしょ……。こんな場所にツリーハウスを立てているんだから……」

 そう。男は見つけていたのだ。

 ゲーム時代に作った草木に隠れたサブ拠点、ツリーハウスの入り口にもなる草木に隠れた石の階段を。


(まさか本当にこの場所が残っているなんてな……。めちゃくちゃ埃被ってるけど)

 今現在、そんなことを思いながら、足を休めている最中である。


「って、休んでる場合じゃないか」

「ね、ねえ。レミィは助かるの……?」

 ベッドに下ろした衰弱した金髪の少女——レミィと呼ばれる少女に男が近づけば、足を引きずりながら赤髪の少女も近づいてくる。

 盲目の少女は、レミィの手を握ってベッドに座っている。

 この距離感からするに全員が顔見知りではあるのだろう。


「アイテムは備蓄してた……はず」

「な、なにか食べさせられるようなものがあるのかって聞いているのよ……」

(さ、さすがに残ってるよな……。この家が残ってるんだから……)

 心配の声を聞きながら、ベッドの下にあるアイテム箱を開ければ——男の不安をかき消すように入っていた。


(よ、よしよし……)

 FFをやり込んでいた時、溜めこんだ装備と瓶に入った万能薬が全て。

 このゲーム世界のシステムを引き継いだ世界だけあって、中に入った装備が錆びている様子も薬が腐敗している様子もない。


「……とりあえずこの薬を」

「ふざけないで。ただの薬が衰弱に効くわけ——は?」

 男は取り出す。黄金色に輝く液体が入ったその瓶を。

「これなら効くだろう……? 多分」

「なっ……な……。そ、その色って最上級を示すものじゃ……」

「ま、まあ価値があるのは知ってる。だけど(サブ拠点だから)大事なものしか置いてないんだよ。ほら」

「ぁ、ぁ……」


 アイテム箱からさらに二つの万能薬を出す。

『全てを完璧に治す』という効果があるこの薬は、ゲームの世界でも集めるのに苦労した代物。

 人によっては値段がつけられないほどの代物にもなるだろう。


(これが残り17個だから、金に苦労することはなさそうだな……)

 事が上手に運んでいるということはなによりも嬉しいもの。

 無意識ににやけながらアイテム箱を閉じた時、怖気を含んだ声がかかる。


「あ、あなた……本当に何者なのよ……。ただの諜報員スパイがこんなアイテムを勝手に使えるわけがないわ……」

「それ以上は聞くな」

 ——ゴクッ。

 追及されればされるだけ困るのは、この男である。

 ストップをかける言葉を出せば、なぜか生唾を飲み込んだ赤髪の少女である。


「とりあえずお前達もこれ使え。これ飲めば足の病気も、目が見えない病気も治るわけで。てか、これ以上三人を担ぐのはさすがにキツすぎる」

「わ、わざとそんなこと言っちゃって……」

(……本音なんだが)

 転生したこのキャラは一般人よりも筋力はあるだろう。しかし、キツいことには変わらない。


「あ、あの……幻の万能薬は、わたしの分もあるのですか?」

「あるよ。ほら」

 盲目であることを知っている男は、手に握らせて実物を確認させる。


「信じられない……です」

「特別だぞ? 俺に取られる前に早く飲んじまえ」

 そんな一言をかけ、病弱で衰弱したレミィの前に立つ。


「お前もよく頑張ったな。今飲ませてやる」

 ——コク。

 声も出せなければ、首しか動いていない少女。もう少し助けが遅れていたら、最悪の結果になっていたのかもしれない。

 瓶の蓋を開け、小さく開いたその口にゆっくりと液を流し込めば、全身が緑の光に包まれ、空中に霧散していく。


(お、おお……)

 ゲームと全く同じエフェクトに目を見開らく男は、憔悴していた少女の顔が柔らかくなったことに気づく、

 今は感動している場合ではない。


「とりあえず今は休め。心労は治るわけじゃない。多分」

「あり、がと……」

「ん」

 体が楽になったのか、すぐに寝息を立て始めたレミィ。やっと安心できる環境に立てたと感じたこともあるのだろう。


 ホッとして後ろを振り向けば、空になった二つのビンが映る。

 そして、引きずっていた足をおずおずと確認する赤髪の少女と、盲目が治ったのだろう、目を開けて涙を流している白髪の少女がいる。


「無事に送り届けられたら、どんなお礼をしてもらおうかねえ」

「ぐすっ……」

「う、うぅ……」

「……せめて聞けよ」

 一体どれだけ病に悩まされてきたのか、それはわからない。

 しかし、長年不便してきたことがわかるように、強気だった少女までも頬に涙を流し始めた。


(そ、そっとしとくか……)

 軽口を言うタイミングじゃないことをすぐに察する男は、アイテム箱を開けて中身を再確認することで時間を潰すのだった。


 赤髪の少女。カレン・ディオール・アルディ。

 白髪の少女。ニーナ・クアリエ・アンサージ。

 金髪の少女。レミィ・トラリア・アルブレラ。


 それぞれが家名持ちで、『お前』など言われるような立場でないことを、男は知る由もなかった。

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