やり込んでいたゲーム世界の悪役モブに転生しました〜ゲーム知識使って気ままに生きてたら、何故かありとあらゆる所で名が知れ渡っていた〜

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 転生

 数十メートルもある城壁に囲まれた街。

 その街でのとある日。


「やっと見つけたっ! ほら、さっさと行くわよ」

「……」

 宿で飯を食べていれば、赤髪の少女がいきなり腕を引っ張ってくる。

 隣を見た後、後ろを振り向けば美人な姉と馬車を引く御者がニッコリと笑っている。

『是非よろしくお願いいたします』と言うように。


 とある日。


「ようやくお見つけしました。是非、当家へいらしてください」

「……」

 宿で飯を食べていれば、白髪の少女がいきなり腕を引っ張ってくる。

 隣を見た後、後ろを振り向けば麗人な姉と馬車を引く御者がニッコリと笑っている。

『是非よろしくお願いいたします』と言うように。


 さらにとある日。


「おい、レミィと遊べ」

「……」

 宿で飯を食べていれば、金髪の少女がいきなり腕を引っ張ってくる。

 隣を見た後、後ろを振り向けば美玉な姉と馬車を引く御者がニッコリと笑っている。

『是非よろしくお願いいたします』と言うように。


 その全ての誘いに対し、『嫌』と首を横に振れば、椅子から落ちてしまいそうなほどの力で少女が引っ張ってくる。

「まあまあほんの少しだけですから」

 そして、その姉と御者が援護を飛ばしてくる。


 さらにさらにとある日。


「ねえねえ、今日こそは手合わせしてくれる? あなたが指摘した癖を治してみたの」

「……(勘弁してくれ)」

「無視しないでよ。ほら、私よ」

 宿で飯を食べていれば、白銀の装備に身に包むトレジャーハンターに言われる。

 甲冑を頭から外すその女性は、綺麗な顔を露わにする。


「手合わせしたら……(俺が)死ぬぞ」

「なっ! 少しくらい手加減してくれてもいいじゃないの」

 本気で重傷を負わされると疑っていない様子の、この街で最強と噂されるトレジャーハンター。

 一体どうしてこんな風になってしまったのか。


 それは少し前に遡る。



 * * * *



 整地もされていない暗い森の中。傍には小川が流れる場所。


「——おいそこの新人!」

「は、はい」

「オレ達は寝るからしっかり見張っとけ。お前はウェーハ街からの運搬ってだけでたけぇ報酬払ってるんだから、こんぐらいできるよな」

「……あ、はい」

「もし奴隷アイツ達が大声上げるようなら、少し痛い目見せてやれ。まあもうその気力は残ってねえだろうが」

「へ、へい……」

 一人の男がこの返事をすれば、柄の悪い筋肉質な男達が全員テントの中に入っていく。

 大剣や刀、斧などの武器を持ったまま。


「…………」

 現実世界ではあり得ない光景。一度も見たことがない光景。

 一体、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 ロウソクに火を灯す名もない新人モブ男——先ほど事故に巻き込まれ、死んだはずの男は、落ち着きを取り戻すように深呼吸をする。


「意味わからん……」

 困惑した声は、静寂の森に霧散する。


(こ、これ……F  Fファンシーファンタジーの世界……だよな)

 男が空を見上げれば、赤の月と青の月の二つが視界に映る。これまた現実世界ではあり得ない光景。FFのゲームパッケージになっているデザインである。


 そのFFとは、探索や戦闘などを行い、経験を通して成長していくファンタジーゲーム。

 この男が何百時間とやり込んだゲームである。


(って、見るからに悪の片棒担いでるし……)

 何度も言うが、一寸前に事故に巻き込まれたはずが、いきなりこんなことになっていたのだ。

 本当に『意味がわからない』でしか説明がつかないこと。


「な、なんだってこんな……」

 ボソボソ独り言を漏らしながら実体を触り、この世界で生きていることを実感する。

 顔も体格も肌感も服装もなにもかもが違う。そんな奇妙な感覚に襲われながら後ろを振り向く男。


「……」

 そこにあるのは荷台の上に置かれた鉄のおり

 暗闇で完全には捉えられないが、うっすらと3人の影——シルエットが見える。


 やり込んだゲームだからこそわかる。悪役は全て成敗されるキャラに設定されていると。

 そのゲームシステムとこの世界がどのように作用しているのかはわからないが、もしそのままであるのなら、待ち受けているのはバッドエンドである。


(さっさと逃げるか……)

 捕まるくらいならトンズラする。

 そもそもこのキャラの役割を全うする意味がないのだ。自我があるからこそ、当たり前の選択を取る。


 この男にとって一つ幸いなことは、土地勘のあるやり込んだ世界にいるということ。

 そんな男だからこそ、することは決まっていた。


(悪事には悪事を返しても……罰は当たらないよな、多分)

 キョロキョロと周りを見渡す男は、馬車の中にあった金袋と地図をそそくさ奪い取る。

 そうして馬車を降り、足音を立てずにその鉄の檻の前に近づいてロウソクの明かりを中を灯すのだ。


 途端、ビクッと反応するのは二人の少女。と、横たわっている無反応な少女。

 全員が薄汚れていて、劣悪な環境で過ごしていたことがわかる。

 ——相手からすれば悪者に映っている男。事実、敵意を向けられたことがないからこそ、口下手になってしまう。


「お、おーい。出るぞ?」

「っ!」

「っ」

「……」

 声をかければ、先ほどと同じようにビクッと反応する二人。もう一人の少女は相変わらず無反応だが、もう追及している余裕はない。

 この会話が他の悪役キャラにバレたら終わりなのだから。


「えっと……一緒に逃げるぞ?」

 さすがに一人で逃げることは後ろめたい。もう一つ言えば金品を盗んでいるわけでもある。

 いいことをして釣り合いを取るための言動であり、少女達にとっても嬉しいはずだと考えていた男だが……手応えのある反応はなにも見られなかった。

 俯く赤髪の少女と、両目を閉じたまま首を振る白髪の少女。変わらず無反応の金髪の少女。誘いに乗る者は誰もいなかった。


「え?」

『なぜ?』との含みに答えたのは、赤髪の少女と白髪の少女の二人だった。


「……騙そうとしているのは、わかっているわ。ふざけたこと……しないで……」

「……でしたら、どうして最初にお助けしなかったのですか……」

 赤髪の少女からは軽蔑の眼差しを向けられ、白髪の少女は目を瞑ったまま疑問を投げてくる。

 まるでこの少女達も自我を持っているように。


「……」

 正直、そんなことを言われるのは理不尽そのもの。しかし、少女達からすればもっともな言い分でもある。


「ほら、答えられない。思い通りにならなくて残念だったわね」

 そんなに凶悪顔に見えているのだろうか。それとも一矢報いようとしているのか。

 どちらにしても傷つくが、立ち回りを間違えたことに気づく男でもある。


「……ま、まず助けが遅れたのは本当に申し訳ない。敵に紛れ込む時間が必要だったんだ」

 まずは頭を下げる。


「その分、ウェーハ街からの合流ってだけでも相当な無理をさせてもらった。俺は……諜報員スパイを生業にしてる者だ」

「……」

「……」

 最初から最後まで嘘を並べてしまうも、今は味方だと信じてもらう方が優先。

 論より証拠を出すようにベルトにかけていた鍵を取り、音を立てないように解錠する。

 この現場を見られたらもう言い訳のしようもない。ここからは時間との勝負である。


「だからほら、早く。これがバレたら俺が死ぬ。この冷や汗見てみろ」

 ゲーム世界とは言え、ゲームと同じ感覚で行うことはできない。必死に訴えるが、上手くいかなかった。


「に、逃げたいけど……無理よ……」

「む、無理?」

「あたしは元々足が悪いから……ここから逃げられる状態じゃないのよ……」

「は?」

「わたしはこの通り、目が見えません……」

「は?」

「その子……レミィはもう衰弱しきっているわ……。体の病気も影響しているから、ここから逃げたところで、全員垂れ死ぬだけよ……」

「え?」


 ゲームをやり込んでいた男だが、こんな設定は知らない。

 今思い返してみれば、こんなストーリーはゲームにはなかった。

 いや、違う。

 やり込んでいたキャラ——FFの主人公に転生しているわけではないのだ。当たり前と言えば当たり前のこと。


「あなたが敵じゃないことはわかったわ……。それが知れただけで、少し気が楽になったわ……」

「お気持ちは伝わりました。ありがとうございます」

『逃げられないから鍵を閉めて』

『捕われていた方が、生きられる可能性がある』

 そう伝える足が悪い赤髪の少女と盲目の白髪の少女。


 現実を直視しているからこその二人だった、が……。

 ずっと無反応だった金髪の少女だけは違った。


「う……ぅ……」

 最後の力を振り絞るように、最後の助けを掴もうとするように、横たわったまま細い腕を震えさせながらこちらに手を伸ばしてきたのだ。


「そ、そうだよな、逃げた方がいいよな。俺が三人を抱えればいいんだし」

「な、なにを言っているのよ……」

「外も暗いですよ……」

「地図もあれば土地勘もある。平気だ」

 ウェーハ街から西に進んだこの森は、カディア森林と呼ばれる場所。

 ご丁寧に地図には現在地らしき点が記されている。正確ではないだろうが、おおよそが掴めれば問題ない。


「ほら、早くお前らも掴まれ。逃げるぞ」

 その声と共に衰弱している金髪の少女を背中に。逃げる意志を固めた赤髪の少女と白髪の少女を抱え、この場から音を立てないように退散する。

 極度の緊張ですぐに息が切れるも、追っ手が来ていないか何度も背後を確認しながら頭を働かせる。


(ってか、地図見たら俺が名前をつけたアルディア街があるし、もしかしたらゲームデータがこの世界に……?)

 そんな考えを頼りに足を進め続ける男は、小川に沿って出口を求めながら、僅かな希望を持ってその場所に向かうのだった。

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