第49話 キングスライム

美愛さん達に断って、少し離れたところで電話に出る。


「もしもし」

「ダンジョン庁の田中です。今すぐ配信をやめてください」

「あー…」


やっぱりまずかったか…この配信。


「まずいです」


田中氏は随分慌てた様子で電話してきた。

というか、何かちょっと怒ってそうな気配だ。


「あれ、今日日曜ですけどお仕事中ですか?」

「休日のはずでしたが業務用携帯に偉い人から鬼電かかってきましてね。あなたの連絡先を知っているのが私だけなので」


何かごめんなさい。


「とにかくすぐに配信を止めて、それとダンジョンの位置を教えてください。人を向かわせるので」

「でも、もうボス部屋が目の前なんですけど…」

「ダメです」

「でも、どんなボスが出てくるかは記録しておいた方がよくないですか?」


ボス部屋は入ったが最後、ボスを倒すかボスに倒されるかするまで扉が開かなくなってしまう。

だからボス部屋の情報は重要。

もしも配信を切った状態でボス部屋に入り、中にキングオークがいたら私達は全滅して、情報も何も残らない。

そうなると第2、第3の犠牲者が出る結果に繋がる…かもしれない。


「倒せた場合のドロップ品とかは映さないようにするので、何とかなりませんか?」

「……はあ。確認取るので少し待っていてください」




5分後、田中氏から「ボス戦のみ配信OK」と連絡が来たので、私は美愛さん達の元へ戻った。


「電話長かったね?」

「ダンジョン庁の人からでした。配信中止にせよとのことです」

「えー!せっかくボス部屋の前まで来たのに!」


配信のコメント欄も一瞬騒然となった。


「ただ、7層のボス戦だけは配信OKもらいました」

「あ、そうなんだ。じゃあ行こう!」

「ボス部屋か…」

「問題ありそうですか?今までの流れ通りなら、出てくる魔物は35レベのはずですよね?」

「このイかれたダンジョンじゃ何が出るか分からねえからな…」

「じゃあ、やめとく?」

「でも配信的にはボス倒して終了が1番綺麗なんですよね…」


ボス部屋の扉を開けて3人で中を覗き込む。

部屋の中は大きい体育館くらいの空間が広がっていた。

岩壁がドーム状になって周囲を囲んでいる。


「魔物いないね?」

「まだ中に入ってませんからね」

「…ラチあかねえし行くか」

「大丈夫そう?」

「分かんねえけど、配信的にはボス戦した方がいいんだろ?」




全員がボス部屋に入ると、扉は勝手に閉まって開かなくなった。

そして、天井から一体の魔物が降ってきた。

ボス部屋の奥の台座の様な岩の上にその魔物は着地した。

それは私達がよく見慣れた魔物だった。


「スライム系か…」

「王冠被ってる!」


ボスモンスターは王冠を被った巨大なスライムだった。

半透明の緑色の液体が球形の体を作っていて、ボヨンボヨンと跳ねている。


「美愛さん、鑑定いけますか?」

「名前は『キングスライム』で、レベルは35!」


〈よし、ちゃんと35レベだな〉

〈50レべの魔物とかじゃなくて良かったな〉

〈キングスライム!お前こんなとこにいたのか!〉

〈何気に未発見魔物か〉

〈そうなん?〉

〈キングゴブリンとかキングオークは見つかってたのにキングスライムだけいなかったんだよな〉

〈これで上層のポピュラー魔物のキング種全部見つかったかな?〉


「…おい、あいつ核はどこだ?」


スライム系の魔物には核と呼ばれる弱点がある。

スライムの体は液体なので基本的に物理攻撃は効かないが、唯一核にだけは物理ダメージが通る。

だが、キングスライムの体内には核らしき物は無かった。


「まさか物理無効か?」

「もし物理無効だとしたら…美愛さんに頑張ってもらうしかないですね」

「え、あたし!?」


私も万堂さんも剣使いで物理攻撃がメインだから、必然的にそうなる。

『炎刃』や『アースブレード』で剣に魔法を付与すればダメージは入るだろうか?


(いや、美愛さんがいるんだ。変なことはせず、私が陽動で万堂さんが盾役でいいだろう…)


そんなことを考えていた時、飛び跳ねていたキングスライムの姿が突然ブレた。


「!?」

「えっ!?」

「はっや!?」


私達とキングスライムの間には50メートル以上の距離があった。

その距離をキングスライムは1秒以下で詰めてきた。

突然の高速移動で不意を打たれたが、私はギリギリ回避が間に合った。

万堂さんも咄嗟に盾を挟んでガードしていた。

しかし、美愛さんは避けられずキングスライムの体内に呑み込まれた。


「ミアさん!!」

「ゴボボ!?」




美愛さんはキングスライムの体内で必死にもがいていた。


「ゴ、ゴボボ!!」


キングスライムの体液に包まれながらも『火弾』を発動。

手の平に火の玉ができた。

しかし、火の玉はすぐに鎮火されて消えてしまった。

どうやら、中から攻撃しての脱出は不可能らしかった。


(まずい!美愛さんの防御力じゃすぐに消化されて死ぬ!)


美愛さんの服は徐々にボロボロになっていった。

スライムの体液で溶かされているのだ。

美愛さんの防御力は25。

40レべの平均的な防御力の半分以下。

キングスライムは35レベで、本来なら格下のはずだが、向こうの攻撃力の方が勝っているだろうことは火を見るより明らかだった。


「炎刃!バウンド!」


短剣に火炎をエンチャントしてキングスライムに斬りかかる。

しかし、キングスライムは一瞬で跳ね飛んで遠くへ逃げた。


「バウンド!バウンド!バウンド!」


全速力で、スキルも乱発し、私は何度も追いかけた。

が、ダメ!

一向に捕まえることができない。


「まさか、こいつも素早さカンスト!?」


しかもキングスライムはさっきからずっと跳ねている。

もしかすると『バウンド』のスキルも持っているのかもしれない。


(どうする!?速くしないとミアさんが死ぬぞ!でも同速じゃ捕まえられない!)


「ファイヤーアーマーだ!」

「ゴボボ!!!」


万堂さんの声に反応して、今度は美愛さんの全身が炎に包まれた。

自身の防御力を上げる火の鎧ファイヤーアーマー

防御スキルだからか、火弾のようにすぐに消火されることはなかった。

しかしスキル込みでも美愛さんの防御力は30にしかならない。

大した時間稼ぎにはならないだろう。


(どうしたらキングスライムを捕まえられる?向こうの小ジャンプの浮遊中を狙うか?ダメだ、地面に着いた瞬間に最速ダッシュを決められるだけ。同速では一生追いつかない)




結論、1人で捕まえるのは不可能。


「万堂さん!あいつの足止めできますか!」

「何秒止めればいい!」

「1秒!」

「土盾!!」


万堂さんは自身の背後に土の壁を築いた。


〈これで背後からの攻撃は防げる、けど〉

〈盾を中腰に構えた〉

〈前からの攻撃は盾で受ける気か?〉

〈盾に籠る亀作戦か〉

〈確かにこれなら防御はできるかもしれないけど…足止めできんのかコレ?〉


「石飛礫!石飛礫!石飛礫!」


万堂さんの『石飛礫』3連射はキングスライムに簡単に避けられた。

しかし、万堂さんの方へキングスライムの注意を引くことには成功。


(キングスライムが万堂さんに突っ込んだ瞬間に、私もキングスライムに突っ込む)


この部屋の広さが大体60メートル四方なので、万堂さんが1秒時間を稼いでくれれば秒速66メートルダッシュでどこからでも確実に捕らえに行ける。

そうなれば『一閃』でスライムを半分に割って、美愛さんを助け出せる。

…はずだ。


〈跳ねた!〉

〈消えた!?〉

〈来るぞ!!〉


キングスライムは天井に跳んだ。

前からではなく上から襲いかかるつもりのようだ。

この動きも追えているのは私だけだろう。


「バウン…」


それでも私のやることは変わらない。

足止めに失敗して万堂さんまでキングスライムに食われたら終わり。

しかし、足止めが成功すれば美愛さんを助け出して状況を改善できる。

キングスライムは超スピードで落下した。

万堂さんは膝を折り、更に小さくなって全身を盾の中に隠した。

私はいつでも突撃できる状態になった。

全てはこの一瞬の攻防に掛かっていた。


「シールドバッシュ!!!」

「!!?」


〈おおお!?〉

〈何だ!?〉

〈どうなった!?〉

〈弾いた!?〉

〈キンスラ止まってんじゃん!〉

〈ジャストガードで吹っ飛ばしたのか!?〉

〈あの超スピードにジャスガ合わせたってこと!?〉

〈マジかよ!?〉

〈万堂さん凄え!!〉


キングスライムは万堂さんに跳ね返されて宙に浮いた。

地に足の着かないあの状態では素早さカンストも『バウンド』も意味はない。

1秒どころか2秒は動けないぞ。


「方向さえ読めれば、見慣れたスピードだ」


完璧な時間稼ぎだった。




「ド!!!!!」


私は宙に浮いて動けないキングスライムに向かって突っ込んでいった。


「一閃!」


衝突する直前に『一閃』を発動。

キングスライムの体は真っ二つになった。


「美愛さん!!」


突撃の勢いそのままに、キングスライムの中にいた美愛さんの腕を掴んで引きずり出す。

左手で美愛さんを抱き止めつつ、30メートル先の壁面に着地した。


「げほっ!ごほっ!」

「良かった、間に合った!」


美愛さんはかなり消耗していたが、命に別状はないようだった。


「美愛さん、しんどいと思いますが、魔法撃てますか?やはり私達では決め手がありません」


両断したキングスライムは再びくっ付いて1つの

塊に戻った。

『一閃』のダメージも『シールドバッシュ』のダメージも無いらしい。

やはり美愛さんの魔法攻撃で焼き尽くすしかない。


「…や、やるよ…。あいつ…絶対…許さない…!」


美愛さんは自分の服を見て言った。


「あたしの服をこんなにボロボロにして…!!」


美愛さんの服はボロボロになっていて、所々穴も空いていた。

一応原型は留めているし、危ない部分も見えてはいないが、服としてはもう使えないだろう。


「火犬!火犬!火犬!」


美愛さんは炎魔法で大型犬を3匹作った。


「行って!!」

「「「BOWWOW!!」」」


『火犬』は自動追尾する火魔法攻撃だ。

狙った敵に噛み付いた瞬間、爆発してダメージを与える。

威力はそれほど高くはないが、撹乱や揺動等、かなり応用の効かせやすいスキルだ。

今回は単純に素早い相手を追い込むための増員として運用。

キングスライムは『バウンド』と思しきスキルで跳ねて『火犬』達から逃げ回った。


「万堂さん、パス!」

「っと!ヒール!」


美愛さんのことは万堂さんに預けた。

回復魔法もあるし、ジャスガでの弾きが可能なら、主砲である美愛さんを守ってくれる心強い盾にもなる。


「今度は私が隙を作ります!」

「策はあるのか!」

「あります!」


キングスライムは追尾してくる『火犬』達から逃げ回っている。

『火犬』は3匹もいるから、キングスライムの動く方向はかなり制限されていた。

3方向から襲いかかる『火犬』には明確な弱点が1つあり、地面を走っているため上に逃げられると追っていけなくなっていた。


(だから上に跳ぶ瞬間を狙う)


『火犬』達が上手く追い込んで壁際まで行くと、キングスライムは上方に逃げるしかなくなる。

『バウンド』の発動条件的にキングスライムは壁際を動くことが多いので、すぐにチャンスは巡ってきた。


「バウンド!!」


壁際から斜め上空に逃れたキングスライムを、こちらも跳び上がって襲撃する。

しかし同速故、先に跳んだキングスライムが先に天井に着き、跳ね飛んで地面に逃げていく。

ここだ!


「一閃!!!」


すれ違い様にキングスライムの体を斬る。

地面に着いたキングスライムはまたすぐに『バウンド』で跳ねようとした。

だが、上半身と下半身が繋がっていなかったため、下半身だけがどこぞへ跳んでいった。

上半身は空中に置いてけぼり。


「足の着いてないスピード特化なんてさあ!!」

「撃て!!」

「火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!」


美愛さんの怒りが籠った『火弾』30連射はキングスライムの上半身を跡形もなく消し飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る