第6章 上中層無双攻略配信

第26話 時の人

53層で気持ちが折れかけた時、


〈musashi:51層なら俺1人でも攻略できるから52層を抜けてくれれば今日中に助けに行けるけど、どうする?〉


というコメントがあって、私はやる気を取り戻した。

どうにか53層と52層を抜けて、武蔵さんに合流してからは武蔵さんに先導してもらって51層を進んだ。

51層でも魔物と数回遭遇したが、


「うわああああああ!!?」

「囮役ナイスゥ!二刀流!斬れ味向上!身体強化!超集中!斬撃波!」


全部武蔵さんが蹴散らしてくれた。

そして10分ほどで1層へのショートカット階段に辿り着き、長い螺旋階段を登り切ると見慣れた草原に出た。


「サンさん!!」

「あれ、美愛さん!?」


ショートカット階段の側にはダンジョン職員と美愛さんが待ち構えていた。

そういえば、いつからかコメント欄にいなかったな、美愛さん。

聞けば、私が深層に飛ばされたのを見て助けに来ようとしていたらしい。


「でも受付で止められちゃってて…大丈夫?怪我してない?」 

「はは、見ての通り大…丈…夫…」

「サンさん!?」




そして気が付いたらベッドの上で寝ていた。


「見知らぬ天井だ…」


起き上がり、辺りを見回すと、どうも病院らしかった。

白い小さな個室で、外は真っ暗。

壁掛け時計を見たら7時過ぎだった。


「7時?…もしかして20時間くらい寝てたのか」


大きな怪我とかは無いはずだが、精神的な疲労はあったのだろう。

ナースコールを押して看護婦さんを呼ぶと、状態確認のためにいくつか質問を受けた。

ついでに水をもらい、飲んでから横になると、ようやく脳の処理が追いついてきた。

本当に生還したんだ…。

深層の未踏域から…。

良かった…。

安心したら再び睡魔がやってきたので、寝た。


「ZZZZZZZ…」


二度寝から起きると、もう昼になっていた。


「12時…もしかしてまた20時間くらい寝てたのか」


看護婦さんを呼び、医者の先生に診てもらったが、特に問題はなかったので退院して良いということになった。

手続きも終え、さて帰ろうかというところで、


「私、日本ダンジョン管理庁・東京管理局・広報課で課長を務めております、田中と申します」

「同じく会計課の鈴木です」

「はあ、どうも初めまして」


役人さんがやってきた。




田中氏の方は50代くらい、鈴木氏は20代〜30代に見えた。


(ダンジョン庁の人…なら間違いなく深層転移の件だろうけど)


私、別に悪いことはしてないよな?

レベルの急上昇とかもあったけど、緊急事態だったからセーフのはずだし…。

そう思っていると田中さんが口を開いた。


「先日の放送拝見いたしました。未発見の深層転移陣を踏んでしまうなんて大変でしたね。身体の調子はいかがですか?」

「…特には」

「それはよかった。あまり時間をいただくのも申し訳ないので、早速本題に入らせていただきたいのですがよいでしょうか」

「はあ」

「ここからは私が。単刀直入に申し上げまして、未踏域での取得物を買い取らせていただきたく」

「取得物?」


そういえば61層で石ころを拾ったりしたな。

リュックに突っ込んでおいたので取り出してみようとしたが、


「あっつ!」

「大丈夫ですか!」


深層の石ころは数日放っておいたのに未だ発熱発光していた。

そういえばこの石ころの所為でキングオークに見つかったんだった。

私はリュックを逆さにし、脇にある棚の上に石ころを出した。


「これが未踏域の…」

「本当に発光していますね」

「これを買い取るんですか?石ころですけど…」

「研究開発課からぜひにと言われておりまして」


まあ、石ころと言っても未踏域の石ころだからな。


「ちなみに、いくらくらいで?」

「5万円でいかがでしょうか」

「5万円か…」


…どうなんだろう?

石ころ1つに5万と考えると冗談のようだが、人類未踏域の未知の鉱物に5万と考えると安いような気もする。


「本来高校生の年齢のあなたには十分では?」

「…」


その言い方をするということは、こちらの情報は調べられているようだ。


「中々大変な経歴をお持ちのようですね」

「…まあ」

「ご両親は未だ…?」

「そうですね。音信不通、消息不明です」


多分もう死んでるんじゃないかな。




父が宝くじで1等6億円を当てたのが5年前。

両親が金と共に蒸発したのが4年前。

親戚を名乗る見知らぬ人達がすり寄って来て精神を病んだのが3年前で。

進学せず、遺された広い家に引きこもったのが2年前。

引きこもり生活に飽きたのが1年前。

で、ダンジョンに潜り始めたのが先月のことだ。


「4年もよく1人で暮らせましたね?」

「知らぬ間に私の口座に1千万円入っていて、それを食い潰して今まで生きてきました」


親が遺してくれたのだろう1千万円。

6億分の1千万と考えると、多いのか少ないのか。


「進学を諦めたのは金銭的な問題で?」

「いえ、当時人間不信気味になっていたので、高校へ上がるタイミングで引きこもりになりました」

「それは何とも…。今はダンジョン探索動画配信をされていますが人間不信は改善されたので?」

「そうですね」


引きこもって2ヶ月くらいで人恋しくなって外出するようになった。

誰とも話さないというのは思いの外きつかった。


「ダンジョン探索者を始めた理由は?」

「出前と通販で生きていたら思いの外お金の減りが早くて…」

「なるほど」


何かやたらと私のプライベートを探ってくるな…。

石ころの買い取り以外にも何か用事があるのだろうか?


「実はですね、私達の話はもう1つありまして」

「何でしょうか」

「人気ダンジョン配信者となった『サン』さんに、ダンジョン庁の公認探索者となっていただきたく」

「…はい?」


ちょっと待ってくれ。

今、何か色々とツッコミ所があった気がする。


「誰が人気ダンジョン配信者?」

「おや、まだネット等は見ていないのですか?」

「凄いことになっていましたよ」

「一昨日からずっと寝てて…ちょっとネットを見てみてもいいですか?」


許可を貰ってスマホでUtubeを開く。


【現在のチャンネル登録者数:35万人】


あっれぇ…?

おかしいぞ、最後に見た時は確か7万人とかそんな感じだったはず。

それが数日で5倍に増えている。


「バグかな?」

「先日の『未踏域転移事件』はテレビからネット記事まで至る所でニュースになり、今ではサンさんは時の人になっております」

「ええ…」


Xwitterを開いたらこちらもフォロワー数が爆増していた。


【フォロワー数:22万人】


「ええ…」

「過去の動画も拝見させていただきましたが、人品にも問題なし。人気、実力、話題性全てを兼ね備えたサンさんには是非ダンジョン庁公認探索者としてご活躍いただきたいのです。如何でしょうか?」

「ええっと…少なくとも実力はないのでは?」


言ってもまだ25レベだぞ。


「ははは、世界最速で実力がないとは、ご冗談を」




結局、公認探索者の話は断った。

今日まで想像すらしなかった話を簡単に受けられるわけもない。

攻略ガチ勢でもないし、どちらかと言えば緩めの配信を心掛けている私だ。

国家機関所属なんて絶対向いていないだろう。


「そうですか。残念です」


田中氏らの反応も割とあっさりしたものだった。

断る代わりに石ころは5万で売ってしまったが、多分本命はこの石だったんじゃないかと思う。


「さて…」


2人が引き上げた後、私も病院を出て行かねばならない時間になった。

しかし窓の外を確認してみたら、病院の前に出待ちしている人間が何人も見えた。


「あれって…もしかして私待ちか?」


入院して取材NGだった私の退院を今か今かと待ち受けるマスコミ?

別にインタビューくらいなら受けてもいいし、何ならちょっと興味もあるが、今はちょっとなあ…。


「入院明けで身体が重たい今は取材なんか受けたくないぞ。さっさと家に帰りたい。病院って裏口とかないかな…」


病院の受付で聞いてみたら駐車場に面している出入り口があり、頼み込んでそちらから出してもらった。


「あ、いたぞ!サンだ!」

「げえっ!?」


しかし駐車場から出たところにも出待ちの記者がいて、結局私は『囲み取材』というやつを人生で初めて経験することになった。

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