第24話 RTA
55層に上がる階段で睡眠を取った。
朝の9時前に倒れるように寝て、昼の12時過ぎに起きた。
「お腹空いた…」
身体は疲れ切っていたのに、空腹と喉の渇きと寝心地の悪さで眠りは浅かった。
お茶を飲みたい衝動に駆られるが、我慢した。
最後の水は探索を始める直前に飲むと決めている。
「スマホの充電しとこ…」
モバイルバッテリーでスマホを充電し、ドローンも予備のバッテリーに取り替えておく。
24層転移を経て念のため用意しておいたものだが、まさかこんなに早く使うことになるとは…。
「魔力の回復まであと8〜9時間か…」
することもないので横になる。
しかし眠れず、起き上がって56層の様子を見に行った。
「56層はキツかったな…」
昨日と変わらぬ森遺跡を眺めて遠い目になる。
階段は見つからないわ、魔物には沢山遭遇するわ、キモいわ、眠いわ、腹は減るわ、喉も乾くわ、コメントはうるさいわ…。
「本来なら9時間で見つけるのも相当運の良いことなんだろうけど…」
それまで30分くらいで次の階に移っていたから、ちょっと感覚が麻痺していた節はあった。
森からマイナスイオンを吸収していると首無し巨人が現れてこちらをガン見してきた(頭が無いので目も無いが)ので、私は階段を登った。
それから何度か寝たり起きたりを繰り返し、時刻は20時00分。
ドローンを起動し、スマホから配信枠を立てて、配信開始ボタンを押す。
〈きたー!〉
〈始まった!〉
〈待ってたぞ!〉
〈よし、まだ生きてるな〉
「あー、あー。映像と音声大丈夫ですか」
〈大丈夫〉
〈問題ない〉
〈大丈夫です〉
〈サンちゃんは大丈夫そ?〉
「お腹空きました…」
配信開始直前にお茶を飲んだので喉は多少潤ったがお腹の方はぺこぺこだ。
パン以外にも非常用のチョコか何か常備しておくんだった。
「というわけで、今日は55層から51層までの逆走
〈RTAきちゃー!〉
〈どういうわけだよw〉
〈何か余裕そうだな〉
〈むしろ疲れて頭おかしくなってるんちゃうか〉
〈結局自力で脱出すんのか?〉
「お腹空いたので自力で行きます」
〈ええ…(困惑)〉
〈ほんまに大丈夫か?〉
〈百鬼夜行の武蔵がこの配信見たって言ってたよ〉
〈絶対助け待った方がいいって〉
私も昨日までは「1日食わないくらい何とかなるやろw」みたいな気分でいた。
だが、あれだけ跳んで走ってした後での絶食は想像以上にキツい。
「助けが来るにしても上の層で待っていた方がいいのは確かだと思うので、行きます」
腹は減っているが未だ体力は持つと思う。
私は階段を上り、55層に顔を出した。
階段の先は何の変哲もない民家の一室に繋がっていた。
寝室のようだ。
2階だったので備え付けの階段を降りて1階に行く。
(あの辺に階層階段があるはずなんだけど…)
1階から寝室の辺りを見上げたが、見えるのはただの天井だけ。
56層へ続く長い下り階段はどこにも見当たらなかった。
(ここも『ダンジョンの不思議まとめ動画』とかに取り上げられそうだな…)
「54層への階段の場所は分かっていますが、1個だけやらなきゃならないことが残っています」
それは自分がいる場所の確定だ。
長らく見つかっていなかった55-56層階段から上がってきたので、自分が今いる場所が分からない。
ただ解決策はある。
55層は地下空間にある古代都市フィールド。
目印になる建物はいくつかある。
中でも1番目立つのが町の中央東にある教会だ。
家から出ると右の空に、教会の持つ町1番の高さの尖塔が見えた。
そして教会から北西方向に10分ほど歩いたところの家の中に、54層行きの階段はある。
(よし、あとは魔物に会わずに教会まで行ければ…)
そう思って一歩踏み出してすぐ巨大なワニと出会した。
私は泡食って物陰に隠れた。
〈でっか〉
〈おっきぃ…〉
〈RTA失敗〉
〈こいつ百鬼夜行の動画で見た!〉
〈エメラルドジャイアント、推奨討伐レベル62です〉
〈musashi:こいつ鈍足近接特化のくせに建物破壊して瓦礫飛ばしてくるからスルー安定〉
〈家よりデカいのにキングオークより弱いのか〉
〈武蔵!?〉
〈武蔵だ!〉
〈日本一位!?〉
〈助けてムサシ!〉
〈本物か?〉
〈登録者数800万人とか本物やんけ〉
「…ふう、行ったか」
巨大ワニは私には気付かずそのまま歩き去った。
「このフィールド、建築物が多くて身を隠しやすいのは良いけど、相手の発見も遅れるのは良くないな…」
こういうフィールドこそ『透視』が使いたいのだが、未だ魔力は回復していない。
そろそろ回復するはずなので、待ってから動いてもいいが…。
(いや行こう。結局回復しても3回しか使えないんだ。51層まであと5層もあるからどのみち足りていないんだからな)
そこまで考えてようやくコメント欄の異常に気付いた。
「え、武蔵いた?日本1位の?マジ?」
コメントを遡って確認しようとしたところ、
〈musashi:日本1位です〉
というコメントが新たに生えてきてビビった。
〈知っとるわ〉
〈草〉
〈早く助けに来い〉
〈musashi:今メンバー散ってて、救助に向かうなら明日になりそうです〉
「え、救助に来てくれるんですか!?」
〈やったな!〉
〈これで勝つる!〉
〈日本最強の救助隊きた!〉
〈でも明日か…〉
〈1日くらい平気平気〉
〈生存ルート見えたな〉
〈早く階段に戻ろう〉
助けが来ると分かったら急に気が抜けてきた。
コメントの言う通り56層行きの階段まで戻ろうかな?
〈musashi:できれば54層階段で待っててほしい〉
〈おろ?〉
〈一階上?〉
〈56層行き階段の場所分からんからか?〉
〈あー今さっき判明したばっかやしな〉
〈musashi:そうそう〉
「あ、分かりました。じゃあ、当初の予定通り54層に向かいます」
教会への移動を再開する。
巨大ワニが歩いてきた道を遡って進むと、他の魔物とは一度も出会わずに教会近くまでやってこれた。
「近くまで来たけど、教会の上空に何か飛んでますね」
天を突くような尖塔の更に先に、鳥のようなものが飛んでいた。
ダンジョンにいるのだからあの鳥は魔物だ。
「教会に入って上から55層を見渡そうと思っていたのに…」
〈鳥め…〉
〈鳥人間、推奨討伐レベル60です〉
〈地竜と同レベルかよ〉
〈ここまで来たら教会寄る必要なくない?〉
〈北西に10分だっけ?〉
〈いけるいける〉
簡単に言うが、ここから先は都市の中の無数の建物から目当ての一軒を探す作業になる。
うっかり道を間違えでもすれば永遠に見つからないことすらありうる。
実際『百鬼夜行』は1ヶ月も足止めを食っているらしいし…。
「でも行くしかないか…」
文句を言っても何もならないので進むことにする。
時刻を確認すると20時22分だった。
昨日の動画を確認したところ、私が最初に『透視』を使ったのは20時30分過ぎだった。
『透視』が使えるようになるまで未だ8分もある。
ここで止まるわけにはいかない。
(何より鳥系の魔物に追われるのはもうこりごりだ)
真っ直ぐ進んでは時折左に進路を変える。
魔物の姿を見つけては隠れてやり過ごす。
目立つ通りに出るたびに道があっているかをコメント欄で確認した。
〈musashi:見慣れた大通りに出た。もう少しです〉
武蔵氏がナビをしてくれるのが本当にありがたかった。
ほどなくして一軒の家の前に着いた。
玄関を潜ると、目の前に54層への階段があった。
「着いたぁ!」
〈やったな!〉
〈お疲れ様でした!〉
〈あとはここで1日待つだけや〉
〈配信終了?〉
「それなんですけど、もうちょい先に進んでいい?」
〈は?〉
〈何言ってんだ?〉
〈ここがゴールじゃないんか?〉
〈53層行くってこと?〉
「そう。何故かと言えば、ようやく魔力が1回復したからなんだけど…」
ついでに言えば、あと10分で魔力2まで回復するはずだ。
「55層は透視無しで魔物全回避できたんだから、透視あればいけそうな気しない?」
〈一理ある〉
〈やめとけって〉
〈助けを待った方がいいと思うけど〉
〈53層階段は結構近くにあったはず〉
〈musashi:歩いて5分くらいだな〉
「5分か。歩くスピードって分速60メートルだっけ?」
〈80メートルだぞ〉
〈60だった気がする〉
意見が割れたので検索してみたら分速80メートルが正解だった。
〈何故か分速60メートルって言われた記憶がある〉
〈存在しない記憶じゃん〉
〈小学生の歩幅なら60くらいだから算数の問題で60に設定されてたりする〉
〈それだ!〉
分速80メートルなら歩いて5分は400メートルほどの距離。
〈透視は200メートル先まで透かせる〉
〈2回で400メートルってこと?〉
〈ガバガバ計算だが行けそうな気はするな〉
「やっぱり行くわ。53層行きの階段探し!」
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