第23話 未踏域からの脱出

ピラミッド下層の階段を登ると森に出た。

相変わらず意味不明な設計だがダンジョンだから仕方ない。


「58層か…」


〈ちなみに58層なのは確定なん?〉

〈58か63だろうとは思う〉

〈何で?〉

〈ダンジョンは5層刻みでフィールド変わるから〉

〈なるほどね…(全然分かってない)〉

〈そういうことか…(服部平次)〉

〈キングオークはレベル的に60層くらいの強さで、1層上がったらフィールド変わったからアラクネのところが60層か65層。でそこから2層上がったから58層か63層〉

〈完全に理解した(ポプ子)〉

〈理解してないじゃねーか〉


階段で少し休憩を挟んだ。

59層は短時間に魔物3体と遭遇して大変だったからな…。

まあ、そのおかげで58層への階段を見つけられた側面もあるんだけど。


「よし、休憩終わり。58層の探索に出ます!」


私は自分の頬を叩いてから58層の森に顔を出して、遠方に魔物の姿を確認し、すぐに顔を引っ込めた。


〈行かんのかい!〉

〈何ですぐに戻ってんだよ〉

〈QK足りなかったか?〉

〈はよいけや〉


声を出すと魔物を寄せてしまう可能性がある。

リスナー達には身振り手振りで『向こうに魔物がいた』ということを伝えようとした。

まず階段の向こうを指差し、狼っぽいシルエットの魔物だったので両手で爪を作って狼のポーズ。


〈は?〉

〈可愛い〉

〈可愛いけどどうした?〉

〈気でも狂ったんか〉

〈サン:向こうに魔物いました〉


伝わらなかったので普通にコメントを打った。




魔物が去るのを待つ間に興味深いコメントを見つけた。


〈ここで1日待って魔力回復してから透視3回使って55層までいけばよくね?〉


なるほど。

一理あると思った。

55層まで行けば日本最強パーティー『百鬼夜行』に救助に来てもらえる可能性が出てくる。

また、55層から上は階段の位置も発見されているので、自力脱出するにしても無闇に歩き回る必要はない。

つまり、人類未到域である58層、57層、56層を如何に突破するかが私の生死を分けると言っていい(なお、ここが未だ63層である可能性は考えないものとする)。


(1日待った方が堅実な気がする。でも、今めちゃくちゃ運良いんだよなあ…)


1時間少々で一切情報の無いエリアを2層も進めたのは運が良かったとしか言いようがない。

まあ多分、深層に落とされた分の補填というか、運命力の揺り戻しのようなものの気がするが、一旦それは置いておこう。

とにかく今は間違いなく運が良くて、明日運が良いかは分からないというのが問題だ。


(探索続行か、明日まで待つか)


悩んだ末、私は続行を選んだ。

理由はいくつかある。


①森遺跡フィールドは結構広そうだったから。

『透視』を使っても階段の位置を特定できるかは疑問である。

②『透視』を使うなら55層に上がってからの方が効率が良いから。

『透視』は1分しか持たないので、ゴールまでの最短ルートが分かった状態で敵との遭遇を避けるために使うのがベストだろう。

③『透視』を使うと視力が良くなり、さらに魔物は透かせないから。

森遺跡ここの魔物はどいつもこいつもキモい。

あんまりじっくり見たくない。


以上の理由から今日中に55層を目指し、明日透視を駆使して51層を目指すプランでいくことにした。


(このプランの唯一にして最大の問題は、運だけであと3層分攻略しないといけない、というところだが…まあ進めるだけ進んでみよう)




58層の探索を開始して森に入る。

目的地はあのピラミッドだ。

森の探索は自分の位置が分からなくなりがちなので、迷わないようにピラミッドを目指して真っ直ぐ進むことにする。

そうして3分ほど行ったところで魔物の姿を捉えた。


〈青色のキノコ?〉

〈キノコだな〉

〈キノコ系の魔物は結構沢山いるけど青色は初めて見たな〉

〈どうせまた気持ち悪い要素あるぞ〉

〈せやろなあ…〉

〈よし、やり過ごそう〉


今回も私が先に見つけたから、魔物の方はこちらに気付いていない。

しばらく様子を伺っていると、青色キノコはどこかへ去っていった。


〈結構バレないもんだな〉

〈隠密の効果かもしれんね〉




「よし、ピラミッドまで着いた!」


結局青色キノコ以外の魔物には出会わずに来れた。

やはり運は良いようだ。

ここからはピラミッドの入り口探しになる。

パッと見える範囲に入り口は無いが、一応コメントも確認した。

59層では1度入り口を見落とした(らしい)からな。

慎重にいこう。


〈入り口無いな〉

〈入り口無いよ〉


「OK、じゃあピラミッドの外周を左回りに歩いて入り口を探します」


〈バウンド用に右手は常にピラミッドの壁にくっ付けて歩け〉


「なるほどね。有能コメント助かる」


ガコン!


「ん?」


私がピラミッドに手を付くと、壁の1枚が音を立て奥へ倒れた。

そして私もバランスを崩して壁と一緒に倒れ込んだ。


「え?」


壁の向こうには奈落があった。

私は壁と一緒に奈落の底へ真っ逆様。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああ、ごふっ!?」


奈落はかなりの深さだった。

私は頭から着地してしまったが、『衝撃緩和』のおかげでノーダメージだった。

ハズレ扱いしてマジでごめん。

本当にありがとう『衝撃緩和』。


「あてて…何だここは…隠し部屋か?」


奈落の底には通路があって奥に続いていた。

一本道だ。

上を見てどこから落ちたのか確認しようとしたが、暗くてよく分からなかった。


(外は朝だった。こうも真っ暗なら入り口から差し込む光が目立ってもいいのに…)


もしかして、入ってきた所の壁はまた閉じてしまったのか?

『バウンド』で登れそうな気もするが、どこから来たのかが分からないとなるとあまり変なことはしない方がいいだろうか?


(というか、ここは何なんだ?)


ピラミッドの地下?

ピラミッドって確か王家の墓だよな?

墓の地下に何故空間を?

しばし考えてみたが答えは出なかった。


「この一本道を行くしかないか…」


ラチが開かないので、私は謎の地下通路を歩き出した。

そしてすぐに大きな空間に出た。


「うわぁ…」


そこには金銀財宝が山のように積まれていた。




〈金だーーー!!!〉

〈すげええええ!〉

〈ガチの金銀財宝とか初めて見た〉

〈徳川埋蔵金や!〉

〈絶対に徳川埋蔵金ではないけど凄え!〉


コメント欄も大盛り上がり。

かく言う私も金に目が眩み、少しして冷静になった。


「でも、これ持って帰れなくね?」


〈あ〉

〈それは…そうやね…〉

〈え、何で?置いていくとかあり得なくね?〉

〈荷物になるからな…〉

〈金って重いしな〉


現在の最優先目的は地上への生還だ。

荷物を増やすことはこれに反する行為。

ゆえに、この宝の山はスルーしていくしかない。


〈いやでも1枚くらい持っていこうぜ〉

〈リュックに入るだけ入れていこう〉

〈深層のお宝はダンジョン研究の観点から見ても回収してほしいところ〉

〈ちょっとくらいええやろ〉

〈バレへんバレへん〉


確かに…1枚くらいなら大した荷物にもならないし…。


〈罠かもしれんで〉

〈あーミミック的な?〉

〈宝に触れたら宝の番人とか出てくるかもしれんぞ〉

〈てか、こんなところで運使っていいのか?〉

〈左右に通路あるな〉


ぐっ…。

私の手は止まった。

もしもこのお宝が罠で、強制戦闘イベントとかが始まった場合、私は死ぬ。

めちゃくちゃ後ろ髪を引かれたが、結局宝には触れずに左の通路へと進んだ。


〈あーあ勿体ない〉

〈ビビりすぎだろ〉

〈チキン〉

〈お前それでも配信者か?〉

〈億万長者になれたかもしれないのに〉


(回収しろよ派のブーイングが凄い…)


そりゃあ私だって本当は欲しかったよ。

億万長者にもなりたい。

でも今は生還が最優先だからと断腸の思いで欲望を振り切ったというのに…リスナー共め好き放題言いやがって…。

何かイライラしてきたぞ。


〈あ、階段だ〉

〈うお、マジだ!〉


少しして57層への階段を見つけた。


「ほらね!!やっぱ金に手付けなくてよかったんだよ!!」


〈急にどうした〉

〈お前そんなデカい声出せたんか〉

〈びっくりした…〉

〈別に金を拾っても拾わなくても階段の位置は変わらんやろ〉


「いいや変わるね!もしも金欲に負けていたら階段には辿り着けなかったに違いないね!絶対そうだね!」


〈無根拠で草〉

〈自分に言い聞かせてて草〉

〈だいぶ未練を感じるな〉

〈ごめんて〉

〈極限状態で色々溜まってたんやろなあ…〉

〈かわいそう〉


うるさいうるさい!

とにかく階段に辿り着いたから良いんだよ!

さっさと行くぞ、57層!




階段を登ると、またピラミッドの中だった。


〈これ本当に階層移動したんか?〉

〈ピラミッド内を上に上がっただけじゃない?〉

〈階層移動したよ〉

〈明らかに階段長かっただろうが〉

〈階層移動の階段とピラミッドの石材は色が違うから間違えようがない〉

〈じゃあ57層だな!〉


階段の先は一本道で、道の先は外に続いていた。

外へ出てみるとピラミッドの中腹辺りだった。


〈眺めは…そんな良くもないな〉

〈ここからどうする?〉

〈上下左右どこにでも行けるって逆に悩むな〉

〈何のヒントも無いしテキトーな方向に進むしかないんじゃない?〉


「じゃあ下に行きます」


〈即決か〉

〈まあ悩んでも仕方ないしな〉

〈何か理由あるんか?〉

〈幸運の女神様がそう言ってんのかもしれん〉

〈スピリチュアルやね…〉


「いや、今までの階段の位置が森、ピラミッド、ピラミッドだったから次は森じゃないかと思って」


〈おーなるほど〉

〈賢い〉

〈基本はピラミッドで最後だけ森だったのかもしれんぞ?〉

〈そんなん言い始めたら何でもありや〉

〈今日のサンちゃんは爆ヅキだから思うようにやったらいいよ〉

〈お前の信じるお前を信じろ!〉


みんな…。

何やかんや言っても、リスナーは私のことを応援してくれている人達だ。

さっきは『後から好き勝手言いやがってバカアホボケ』とか心の中で思っててごめん!

私…飛ぶよ!


「アイ…キャン…フラアアアアアアアアイ!!!」


〈あ、階段あった!〉


「は!?どこ!?」


〈後ろ後ろ!〉

〈ピラミッドの壁!〉

〈何飛び降りてんだ馬鹿!〉

〈はよ登れアホ!〉

〈お前を信じた俺が馬鹿だった〉

〈常識的に考えて階段はピラミッド内にあるだろ〉


は〜〜〜〜〜〜!?

お前らさっきと言ってることちゃうやんけ!

後から好き放題言いやがってバカアホハゲボケ!




56層階段はピラミッドの頂上に繋がっていた。

60層からここまで2時間弱。

記録的なペースだ。


「あと1層…直近の2層では魔物と合わなかったのでこのまま行きます!」


〈がんばれ!〉

〈ここまで来たら生還しろ!〉

〈何か凄え配信があると聞いて〉

〈今気付いたけど同接エグ〉

〈good luck,my goddess〉


本当だ、私も今気が付いた。


【現在の視聴者数:147,021人】

【現在のチャンネル登録者数:30,339人】


〈Xwitterでもトレンド入りしとる〉

〈バズってんなあ〉

〈お前有名人じゃん!〉

〈さっきから外国人ニキも結構おる〉

〈走ってる時とかwow! real ninja girl! so cuuuute!みたいな海外コメが飛び交ってたぞ〉

〈一応she is a boyって言っといた〉


いややりたい放題かよ。

まあいいか。

応援してくれてる人達のためにも、ここまで来たら絶対に生還するぞ。

現在時刻は23時32分。

56層も30分で階段を見つければ0時頃にはミッションコンプリートで寝れるんだ!

よっしゃ行くぞ!!




それから9時間後。


「あああ!!!階段あった〜〜〜〜!!!良かったあ〜〜!もう見つかんないかと思ったあ〜〜〜!!ぶえええ〜〜〜ん!!!」


ヘッロヘロになりながら私は55層階段を上がり、どうにかこうにか未踏域を脱出したのだった。



【現在のチャンネル登録者数:40,000人】

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