第20話 口の中

大声に反応して『魚のような蛇のような化け物』は私へ攻撃を放ってきた。

極太のレーザーのような水魔法攻撃だ。


「ひっ!」


攻撃範囲の広い高圧水流砲。

私はそれを間一髪で回避した。

奇跡的な回避だ。

間に50メートルくらいの距離があったから何とか間に合った。

だが、巻き添えで私の背後にあったあばら屋は粉々に吹き飛んだ。

中には食事中のキングオークがいたが、家と一緒に吹き飛ばされて滝壺へと落ちていった。


「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


キングオークが怒りの咆哮を上げる。

しかし、今の私にとっては『魚のような蛇のような化け物』の方が危険度は高い。

水魔法を避けてすっ転んだ私に、魚蛇は2射目を構えた。


「バウンド!!」


転んだ勢いを利用して『バウンド』を発動。

あばら屋が吹き飛んだ際の爆風が追い風となり、『バウンド』の効果はいつもより大きく作用した。

私はまたしても間一髪で魚蛇の水魔法攻撃を回避。

しかし、跳んだ先にあったのは湖だった。


「ゴボゴボゴボ!!」


水中に没した私は左手で水を掻いてもがいた。

さっきまで持っていたドローンは転んだ拍子に手離した。

コメント欄で見た『囮ドローン』を咄嗟にやってみたのだが、効果は全く無かったようだ。

湖は深かった。

しかし水は澄んでいて、底まで見渡すことができる。

湖の中には『魚のような蛇のような魔物』が何匹も泳いでいた。

そのうちの1匹と目が合った。


「ゴボゴボゴボ!!」


私は慌てて逃げた。

左手には壁があり、恐らくさっき通った細道だろうと思った。


(陸に上がらないと!)


私は大急ぎで泳いだが、壁に手が付いた頃には真後ろに魚蛇の巨大な顔が迫っていた。

ガバリと口が開き、鋭い牙が何本も見えた。


「ゴボボボ!!」


私は半ば自棄やけで『バウンド』を発動した。

背後の壁を蹴って加速し、ワンチャンの回避に賭けた。

本当は水中から脱出するために上へ跳びたかったのだが、蹴る物が背後の壁しかなかったので魚蛇に突っ込んで行く形になった。

結果、そのまま食われた。




自ら魚蛇の口に突っ込んでしまった私は魚蛇の喉奥にぶつかって停止した。

丸呑みされた形になったので未だ怪我はしていないが、このままでは飲み込まれて消化されてしまう。


「うわああ!!?」


すぐに巨大な舌が私の身体を絡め取り、食道へ真っ逆様に落とされた。

私は左手でダガーナイフを引き抜いて食道を斬り付けた。


(レベル差があっても内側からなら…うっ!?)


僅かな希望は一瞬で砕けた。

ダガーは食道に傷一つ付けられずに弾かれた。

喉の内側でも無理なら、私がこの魔物にダメージを与えることは不可能ということ…。


「た、助けてええええええ!!!」

「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


キングオークの咆哮が轟いた。

と思ったら、突然真下に光が差して、湖面が見えた。


「うええ!?」


何だ!?

一体何が起こった!?


〈魚蛇ぶった斬った!!!〉

〈キングオークtueeeeeeeeeeeeeeeeeee〉

〈斧でっか〉

〈魚蛇弱くね?〉

〈多分だけどキングオークが階層主で魚蛇が普通の魔物なんだろう〉

〈あ、魚蛇の中からチャンネル主出てきた〉

〈生きてる?〉


何だか知らないがとにかく外へ出られたらしい。

しかし、私はまた湖面に向かって落ちている。

もう水中は御免だ。


「バウンド!!」


私は水面に向かって『バウンド』を発動。

はたして着水時の衝撃で『バウンド』は発動するのか?

試したこともなかったが、私の身体は少しだけ浮き上がって、何とか細道の上に着地できた。


「た、助かっ…」

「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


ザッパーン!

と音を立てて魚蛇の死体が湖面に落ちる。

そうして舞い上がった飛沫の中を、憤怒のキングオークが走ってきた。


「ひぃっ!!」


まだ全然助かってなどいなかった。

キングオークはもう目と鼻の先。

このままではまた捕まる。

最悪殺されてしまう。


(逃げられない!どうしよう!?)


その時、ずっと握っていた右手のスマホに、


〈ステータス!〉


というコメントを見た気がした。


「ステータス!」


ーーーーーーーーーーーーー

名 前:サン

レベル:25(+15)

体 力:21

攻撃力:25

防御力:10

素早さ:30

魔 力:0/3

 運 :24

S P :90(+90)

スキル:バウンド、透視、隠密、衝撃緩和、一閃

ーーーーーーーーーーーーーー


私はわけも分からず全SPを素早さに振って走った。


ーーーーーーーーーーーーー

名 前:サン

レベル:25

体 力:21

攻撃力:25

防御力:10

素早さ:120(+90)【MAX】

魔 力:0/3

 運 :24

S P :0

スキル:バウンド、透視、隠密、衝撃緩和、一閃

ーーーーーーーーーーーーーー




遮二無二しゃにむに走り続けて一体どれくらい経っただろう。

ついに息切れを起こした私は足がもつれてすっ転んだ。


(まずい、殺される!)


そう思って振り返ったが、背後にキングオークの姿はなかった。

周囲を見回してもオークどころか誰もいない。

広い洞窟に自分1人だけだった。


「ハア、ハア…何が、どうなったんだ…?」


逃げ切った…のか?

未踏域(推定)に来てから理解できないことの連続だ。

私の脳みそは完全にパンクしていた。


(もしかして、全て夢だったのでは?)


顔面を引っ叩いたら目が覚めて、劇的なことは何もないけど平和だった日常に帰れるのでは?

そんなことも考えたが、全身ずぶ濡れの時点で儚い妄想だと気付かされた。


「とりあえず、コメントを見よう」


困った時はコメント欄を見るに限る。


「スマホは…無事みたいだ」


湖に落ちたり、転んだ拍子に地面に叩きつけたりしたが、画面にちょっとヒビが入ったくらいで正常に作動している。

流石は探索者向けスマホだ。

頑丈にできている。


〈ここどこー?〉

〈チャンネル主消えたんだけど〉

〈死んだよ〉

〈キングオークもいなくなったんだが?〉

〈みんな4んだのか?〉

〈洞窟しか映ってなくてつまんねえ〉

〈アホか?貴重な深層未踏域の映像記録だぞ?〉

〈そうなんだけど、さっきまでと比べるとな…〉

〈化け物対決やばかったよな〉

〈負けてしまった魚蛇君も水流ビームとかいうド派手技持ってて良かったよな〉

〈大怪獣バトルが見れると聞いて〉

〈もう終わったぞ〉

〈今きた。これ何の配信?〉

〈うんち!〉


「うーん…」


コメント欄にも有益な情報は無いようだった。


「映像は映ってる。ドローンは無事みたいだ。それは良かったんだけど…」


周囲を見回すが、ドローンの姿は見えない。

どこかに置いてきてしまったらしい。


(もしかしてまた転移でもしたのか?)


探索用ドローンは素早さ30の動きには普通に着いて来れる。

それが影も形も見当たらないのは、また転移したからでは?


(でも走っている間に転移の感覚はなかったし…)


そこでようやく、さっき苦し紛れにステータスを弄ったことを思い出した。

私は自分のステータスを開いてみて、ひっくり返った。


「何だこれ?レベル25?」


素早さ120は…自分でやったのか。

でも【MAX】って何だ?

『上限』って意味だろうか?

何が?

私の素早さがか?


「ステータスって120でMAXなんだ…」


そんな情報は攻略サイトにも載っていなかったはず。


「もしかして私人類初カンストか…?」


人類最強と言われている米国のマックス氏もステータスはオール100とかでカンストはなかったはずだ。


「そもそも何でレベル15も上がっているんだ?…ダメだ、何1つ分からん」




身も心も疲れ切った状態でこれ以上の考察は不可能だと思った。

辺りを見回すが、やはり魔物の気配はない。

息も上がっているので、座って休憩をとることにした。

魔物に見たかったらまずいが、もうどうにでもなれだ。

リュックから焼きそばパンとお茶を取り出して食休み。

食べながらスマホを眺めた。


「うーむ、私の死亡説がどんどん有力になっていくな…」


否定したかったがマイクもカメラもドローンの方に付いている。

音もダメ、映像もダメとなっては、情報伝達の手段が…。

いや待てよ?


「コメント欄にコメント打てばいいじゃん」


私はさっそく自分の配信のコメント欄に、


〈サン:生存報告!〉


と打ち込んだ。

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