第19話 キングオークハウス

「BUMO」


キングオークはあばら屋に入り、2部屋あるうちの奥の部屋に私を放り投げた。

そして、魚蛇の肉は担いだまま手前の部屋に戻った。


〈行った?〉

〈いなくなったな〉

〈何だこの家〉

〈ボロボロやな〉

〈木と石造りの素敵なお家ね〉

〈キングオークが建てたのか?〉


「…」


私は音を立てないようゆっくり身体を起こし、周囲を見回した。


〈食糧保管庫か?〉


4畳ほどの部屋の中には食いかけの肉や骨が乱雑に散らばっていた。

中には私より大きな骨なんかもあって恐ろしかった。

臭いもキツい。

私はスマホを取り出してコメント欄を確認した。


【現在の視聴者数:5,898人】


〈これ完全に食糧扱いだな〉

〈もしかして蛇魚肉が出なきゃ食われてたんじゃね?〉

〈ありうる〉

〈魚蛇が身代わりになったのか〉

〈運良かったな〉

〈流石運24〉

〈運24って何?〉

〈初見クソ多そうだな〉

〈そりゃそうよ。普段500人もいないのに今の同接10倍超やぞ〉


視聴者数は10秒ごとに100人単位で増えている。

コメントの流れも爆速だ。

まるで有名配信者のようだ。




キングオークは『オーク系最上位種』と言われている魔物だ。

討伐成功数は今のところ1回だけ。

世界最強のダンジョン探索者である『マックス』率いる『DDD』が倒したきりだ。

推奨討伐レベルは不明だが、討伐時の『DDD』のレベルから大体70前後だろうと推測されている。

そして日本最強の探索者は『百鬼夜行』のリーダーである『武蔵』。

レベルは63だ。


(つまり、キングオークを倒せる探索者は日本にいない)


助けは来ない。


(この前はオーガで、今度はキングオークか…)


そして今回は私1人だけで、相手のレベルは私の7倍だ。

どうしようもない。


(何だよ7倍って…)


小細工でどうこうできるレベル差じゃない。

策なんか考える気にさえならなかった。

私にできることと言えば、せめてみっともない姿を晒さないよう、潔く諦めて死んでいくことくらいだった。


(嫌だなぁ…)


まだ死にたくないよ。

みっともなくても何でもいいから、まだ生きていたい。

心の中で助けを叫んだが、当然誰にも届くことはなかった。




〈何か泣いてね?〉

〈泣かないで〉

〈頑張れ〉

〈急に泣いてて草〉

〈諦めたらそこで試合終了ですよ〉

〈無理無理w深層からは帰ってこれませんw〉

〈グロシーンまだ?〉

〈コメント欄終わってんな〉

〈泣いてないで早く逃げろよ〉


爆速のコメント欄の中、目に留まるものには優しい言葉もあれば心無い暴言もあった。


〈死ね〉


危うく吐くかと思った。

参ってる人間に対して何故そんな暴言を吐けるのか心底理解できない。

両手で口を塞いで、何とか嗚咽を噛み殺す。


「…みなさん」


〈うお喋った〉

〈喋れたんかお前〉

〈オークにバレるぞ〉

〈あんまり喋らない方がいいんじゃ…〉


「…今から隙を見て逃げます。何か良いアイデアあったらください」


〈まじかよ!?〉

〈やれんのか!〉

〈無理無理〉

〈良いアイデアってもなあ…〉

〈諦めろ〉

〈潔く4ね〉

〈透視使え〉

〈ドローンを囮にして逃げるとか〉

〈とりあえずステータス見せて〉


「ステータス」


ーーーーーーーーーーーーー

名 前:サン

レベル:10

体 力:21

攻撃力:25

防御力:10

素早さ:30

魔 力:1/3

 運 :24

S P :0

スキル:バウンド、透視

ーーーーーーーーーーーーーー


〈よっわw〉

〈これは無理〉

〈10レベってw〉

〈せめて20はあると思ってた〉

〈何でこれで深層に行ったんだよ〉

〈転移罠踏んだらしいぞ〉

〈あーあ〉

〈バウンドって何?〉

〈知らねえスキルだ〉

〈え、レアスキル持ちかよ〉

〈運24???〉

〈ほんとだ〉

〈これだろ悪さしてんの〉

〈配信者だからってふざけすぎた罰だな〉

〈10レベにしては素早さあるな〉

〈逃げれそう?〉

〈絶対無理〉

〈オーク系は足遅いけど、キング級になると流石に次元が違う〉

〈マックスよりはスピード遅かったらしいけど〉

〈マックスの素早さは100だって〉

〈それでも90はありそう〉

〈素早さ3倍差は逃げんの無理だな〉

〈見つかったら終わり〉


コメント欄にすがってみたが有益な情報は無かった。

唯一確認できたのは逃げることさえ絶望的という分かりきった事実だけ。

それでも…。




「透視」


残り1回しかない透視。

もう使うしかなかった。

まずはオークの位置を探る。

オークは隣の部屋にいた。


(出て行ってくれていたらよかったのに)


部屋の大きさはこちらの部屋と大差ない。

その部屋の真ん中でオークは胡座をかいて飯を食っていた。

多分さっきの魚蛇の肉だ。

背中を向けているので、背後をこっそり通り抜けることは可能かもしれない。

また、壁には巨大な斧のような物が立て掛けられていた。


(窓は無い。裏口もない。出口へはオークのいる部屋を通って玄関から出るしかない)


ボロい家だ。

壁を破壊して出口を作ることは可能だろうか?

駄目だ。

見つかったら終わりなのに、そんな派手に音の鳴りそうな作業はできない。


(原始的な小さい家だ。玄関も吹き晒し。扉が無いなら出て行く時にも音は出ない)


どうにかしてオークの気を逸らせれば、気付かれずに脱出できるだろうか。

もしかすると飯中の今は絶好のチャンスなのかもしれない。




〈さっきドローンを囮にするって案があったよ〉


コメントが使えそうな案をリマインドしてくれた。

一瞬良い案に見えたが、スピードに3倍も差があるとなると多分無理だ。

これだけ差があると『一切気付かれずに外に出る』というのが最低条件な気がする。

ドローンを飛ばして異常に気付かれたら逆に詰んでしまう気がする。


(いっそ寝るまで待つか?満腹になったらオークも寝るのでは?)


駄目だ。

希望的観測に過ぎる。

魚蛇の肉を平らげた後に追加の食糧を探しに来たらどうする。

透視で見る限りキングオークの食事ペースは早い。

3mほどもあった魚蛇の肉は既に半分くらい消えていた。


「…行きます」


〈まじか〉

〈本当にやるのか!〉

〈やめとけって〉

〈救助待った方が良くないか?〉

〈助けなんか来ねえよ〉

〈死ぬってえ!〉

〈どうせならその辺のドロップ品回収してくれないか?〉


ドロップ品を持っていくのは無理。

余計な荷物になるし、盗んだことがバレたらキングオークを更に怒らせてしまうかもしれない。

今は自分の命が最優先。


(ゆっくり行こう…まだ魚蛇の肉は半分もある)


壁に隠れて隣の部屋の様子を見る。

オークはまだ食事の途中。

出口まではほんの数メートル程度だ。

息を止めて一歩を踏み出す。

右手にスマホ、左手にドローンを抱えて歩く。

何かあったらコメントで教えてくれ。


〈床が石で良かったな〉

〈木の床だったら軋む音とかでバレていたかもしれないからな〉


私はゆっくりと、亀よりも遅い速度で移動した。

部屋は狭く、オークはデカい。

だが、オークの背後にも人1人くらい通れる程度のスペースはあった。

数歩でオークの真後ろまで来た。

まだバレてはいない。


〈怖えええ〉

〈気紛れでも振り向かれたら終わる〉

〈緊張感やば〉

〈今だ首を刺して56せ!〉

〈キングオークを?〉

〈無理に決まってんだろ〉

〈焦るな、頑張れ!〉


出口まではあと1メートル。

ゴクリ。


〈あ〉

〈あ〉

〈あ〉

〈今唾の音鳴ったぞ〉


(しまった…!)


極度の緊張から生唾を飲み込んでしまった。

やはり一切音を立てずに通り抜けるなんて無理があった。

私はオークの真後ろで壁に張り付いたまま立ち止まった。

立ち止まったと言うか、恐怖で身体が硬直して動けなくなっていた。


〈逃げろ!〉

〈走れ!〉

〈何で止まってんだよ〉

〈今更おせえよ〉

〈グロ注意!グロ注意!〉

〈死ぬんだぁ〉


「ガツガツガツガツ!」


しかし、オークは相変わらず一心不乱に魚蛇の肉を食べ続けていた。


〈あれ?〉

〈バレてない?〉

〈まじ?〉

〈セーーーーフ!〉

〈自分の食事の音がうるさくて聞こえないのか?〉

〈ラッキー!〉

〈まだ舞える!〉

〈運良すぎだろ〉

〈これでバレてないってマジ?〉


どうやら本当にオークに唾の音は聞こえていなかったようだ。


(あ、危なかった…死んだかと…)


九死に一生を得て、緩みそうになる気持ちを何とか引き締めて、私は再び出口の方へ動き出した。


(行ける。もう少し。あと数センチ!)


そして、遂にあばら屋の外へと出ることに成功した。


〈脱出成功!〉

〈まじかよ〉

〈やるやん!〉

〈行けるもんなんやなあ〉

〈何で気付かんねんアホオーク!〉


私はゆっくりと壁伝いに移動し、オークから見えない位置で止まった。


(ふうううううう…)


心の中で大きく息を吐き、顔を上げる。

すると、湖から顔を出した『魚のような蛇のような化け物』と目が合った。


「うわああああああああああああああああ!!!」

「SHYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

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