第17話 未踏域

〈何だ今の魔物〉

〈クラゲの化け物?〉

〈あんなやつ見たことない〉

〈俺も無い〉

〈何で洞窟にクラゲがいるんだ?〉

〈ダンジョンだしそういうこともあるんじゃね?〉

〈いやクラゲの魔物なんか21〜25層に出ないぞ〉

〈ほんまや。魔物図鑑検索してみたけど「品川ダンジョン洞窟フィールドに出る魔物リスト」には載ってない〉


息を殺して魔物をやり過ごす。

その間に何か情報が無いかコメント欄を見たが、有益な情報はなかった。


〈もしかして未発見の魔物?〉

〈おいおい未発見祭りかよ〉

〈凄いじゃん〉

〈おめでとう?〉

〈未発見の魔物って見つけたら名前とか付けられたりする?〉

〈しません〉


未発見の魔物でも、見つけただけでは特に何も起こらない。

倒して新種のドロップ品を回収した場合は高値で買い取ってもらえたりするらしいけど…。


〈倒せるかあれ?〉

〈無理だろ〉

〈デカすぎんだろ…〉

〈待って、やっぱあのサイズおかしいって〉

〈魔物なんか大体サイズおかしいだろ〉

〈やっぱ変だよな?あの大きさの魔物なんて40層の海フィールドとかじゃないと出ない〉

〈え、ここ40層!?〉

〈馬鹿かよwどう見ても海じゃないだろw〉

〈でもクラゲなら海じゃね?〉

〈海フィールドの底の岩盤の中にいる説〉

〈海フィールドの下には火山フィールドがあります〉

〈何でやねん〉

〈知らねーよ、ダンジョン作った奴に聞けよ〉


海フィールドは41層〜45層。

火山フィールドは46層〜50層だ。

どちらにせよ『ダンジョン下層』である。


「もし今いる場所が下層なら…」


私が地上へ戻れる可能性は一気に低くなる。

親切な上級探索者に出会って上層行きの転移陣まで送ってもらえなければ絶対に帰れないだろう。


〈ちょっとやばくね?〉

〈いやどう見ても20層辺りだろ?だって洞窟だもん〉

〈でも20層辺りに未発見の魔物なんかいるか?〉

〈下層なら未発見いてもおかしくないな…〉

〈え、帰れるのこれ?〉

〈大丈夫だよな?〉

〈とりあえず移動しないか?〉


確かに。

この場に留まっていてもラチがあかない。




〈未発見の魔物が出たと聞いて〉


気付いたら視聴者数が過去最高を大幅に更新していた。


【現在の視聴者数:666人】


誰かがXwitterか何かで拡散してくれたのかもしれない。

やっぱトラブルが起こると数字伸びるな、と頭の片隅で思った。


「移動します。あのデカい海月クラゲに会いたくないので左の壁の方に行きます」


〈りょ!〉

〈頑張れー!〉

〈ミア:無事に帰ってきて〉

〈ミアちゃんも心配しとる〉

〈慎重にいけよ〉

〈何かおかしいからな〉

〈透視使え〉


悩んだが、『透視』はまだ温存することにした。

未発見(?)の魔物を発見するというイレギュラーな状況だが、やはり『透視』は切り札だ。

簡単には切れない。

近くに魔物の姿も無いし…。


「ん?何か穴空いてる?」


天井まで続く左の壁の一部に、空洞があった。

結構大きくて、オーガくらいなら余裕で入れそうな穴だ。

近寄って空洞の中を確認すると奥まで道が続いていた。

魔物の姿は無さそうだ。


「これ入るしかないよね?」


他に道は無い。

引き返して大岩の向こうに行けば別のルートもあるかもしれないが、あの謎の海月の化け物と会いたくないから却下だ。

私は恐る恐る空洞の中へと入って行った。


〈さっきから何か見覚えあるんだけどな〉

〈まじか〉

〈ついに有力情報きたか!〉

〈私も何かで見た気がする…どこだっけ?〉

〈早く吐け〉

〈言えば楽になるぞ!〉

〈こんな時にふざけてんじゃねえよ〉

〈こんな時だからふざけるんだろうが!〉

〈道に迷って気持ちまで落ち込んだら終わりよ〉


コメント欄もたまには良いことを言う。

ここが20層でも40層でも、どっちみち私には攻略不可能な階層だ。

ここでうっかり魔物と遭遇したら私は死ぬかもしれない。

頼むからコメントだけでも楽しい話題を提供し続けてくれよ。


「魔物が怖くてさっきから無言配信なってると思います。すみません」


〈ええよええよ〉

〈安全第一や〉

〈無言配信なのに視聴者数の伸びやば〉

〈何かヤバい配信があると聞いて〉


【現在の視聴者数:800人】


〈1000人いきそう〉

〈登録者数も500人突破おめ〉

〈ほんまや〉

〈おめでとう!〉

〈いや今かよ〉

〈お、トンネル抜けそう〉

〈結局ここどこなんだよ〉


トンネルを抜けると、また洞窟があった。


〈また洞窟か…〉

〈まあ階層移動したわけでもないしな〉

〈やっぱ21層とかじゃなくね?俺も探索者だけどこんな広い洞窟見たことないぞ〉


こっちの洞窟も広かった。

天井も高く…。


「よく見ると、尖った岩がいっぱい生えてる?」


〈そうなん?〉

〈カメラさんもっと上!〉

〈お、見えた〉

〈ほんまや〉

〈鍾乳石?〉

〈鍾乳洞か〉

〈さっき水場あったしな〉

〈洞窟は洞窟でも鍾乳洞フィールドってことか〉


「ちなみに20層辺りに鍾乳洞ってある?」


〈無い〉

〈無い〉

〈無い〉

〈さっきのクラゲは未発見魔物で確定臭い。魔物図鑑のどこにも載ってない〉

〈マジか〉

〈ここ最前線じゃね?〉

〈はあ?〉

〈あ、51層か!〉

〈それだ!〉

〈ああ!〉

〈どっかで見たと思ったら『百鬼夜行』の最前線配信だ〉

〈家が無いから気付かなかったけどそれだわ〉


「え、何?51…?」


〈51〜55層は古代都市ってウィキに書いてあるけど…?〉

〈どう見ても都市じゃないじゃん〉

〈51層からは地下に沈んだ古代都市フィールドなんだよ〉

〈地下!〉

〈古代都市だけあって凄い広いんだよな〉

〈え、ここ50層辺りってこと?〉

〈やばくね?〉




『品川ダンジョン』は推定75層、または100層のダンジョンである。

これは25層ごとにボス部屋が設置されていることからの推測で、去年50層ボスが倒されるまでは「50層で終了説」もあった。

50層ボスは『地龍』だった。

地龍は飛ばないドラゴンだ。

推奨討伐レベル60の怪物。

これを初めて討伐したのが去年のこと。

討伐したのは日本のトップ探索者パーティーである『百鬼夜行』。

『百鬼夜行』の他に50層を越えた者はおらず、彼らがいる階層が『品川ダンジョン』攻略の最前線である。


〈百鬼夜行って何層まで行ってんだっけ?〉

〈今55層で階段探してる〉

〈家の中に地下への階段あったりするから探索に手間取ってるんよな〉

〈で?結局ここは何層?〉


51〜55層は古代都市フィールド。

最前線は55層。

そして、この鍾乳洞フィールドを見たことがある者は誰もいない。


〈56層から別フィールドになる説あるよな〉

〈基本5層刻みでフィールド変わるからな〉

〈そうなん?上層は林になったり森になったりまた林になったりするけど?〉

〈中層以降は5層刻みで変更であってる〉

〈もしかして56層以下ってことある?〉


『品川ダンジョン』は10層までが上層。

25層までが中層。

50層までが下層。

51層からは深層と呼ばれている。

だが、55層から先は誰も踏み入ったことがないため、『未踏域』と呼ばることもある。


〈もしかしてここって未到域だったりする?〉

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