第15話 八文字

サンは見事にオーガの背後を取ってみせた。


「GAOOOOOOO!!!」


オーガはサンの動きにイラついたのか、絶叫して棍棒をぶん回した。


「ぴょっ!?」


棍棒はサンの頭上を通り過ぎた。

だが、もう少し低ければサンは死んでいただろう。

今のは運が良かっただけだ。

やはりレベル差3倍の相手に囮を演じるなんて無理がある。




加勢に行きたいと強く思った。

だが千切れかけのこの足ではろくに動くこともできない。

それに今動けばサンの努力が無駄になる。

今、オーガはサンを狙っている。

棍棒をぶん回した拍子にオークの体は横向きに変わった。

俺達への警戒は通常の半分以下だ。


(もう行くべきか?隙と言えば隙だが、この足で一撃で決め切れるかは分からねえ…)


しかし俺が悩んでいるうちに、サンは次の行動へと移っていた。

無手で、スキルによる急加速も先ほど見せてしまったこの状況で、一体何をするつもりなのか?


(…無手?)


そういえば、あいつダガーナイフをどこにやった?


「はあっ!」


サンは地面に落ちた上着を蹴り上げた。

上着はありえない勢いでオーガの顔面に向かっていった。

再び視界を塞がれてオーガは鬱陶しそうに上着を払いのけた。

そして、遂に完全に俺に背を向けた。


(今だ!)


動く方の足で跳躍。

3メートルほどあった距離を詰め、オーガの背中にロングソードを振りかぶった。

オーガも棍棒を振り上げたが、それは俺に対してではなく向こうのサンを攻撃するためだった。


「ひえっ!」


サンが悲鳴を上げて丸くなる。

結局、オーガは最後までこちらに気付かなかった。


「ぶった斬れろ!!」


足は痛く、身体も重く。

それでもなお、その剣閃は過去最高の軌跡を描いた。


「AO…?」


脳天から真っ二つ。

オーガの喉から音が漏れたが、声にはならなかった。

唐竹に割ったオーガの身体は左右に分かれて倒れ、地面に八の字を描いた。


「おお、これが所謂『八文字斬り』!」




その後のことはあまり記憶にないが、とりあえず転移陣に飛び込んで3層に転移したはずだ。

何度か魔物とも遭遇した気がするが、全てサンとミアの2人が倒した。

俺はといえばオーガ戦での無理が祟り、本格的にぶっ倒れていた。

2人に担がれながら地上まで戻り、気が付いたら病院のベッドの上だった。

どうも丸一日寝ていたらしい。


「怪我の方はほぼ塞がっていますが、血を失くし過ぎましたね。もう1日休んだら退院していいですよ」


医者の言う通り安静にしていると、翌日の昼過ぎに見舞客がやってきた。

サンとミアだ。


「先日は助けていただきありがとうございました。治療費とポーション代は私達が出すので…」

「待て待て、治療費なんか要らねえよ」


もちろんポーション代もだ。

年下の初心者探索者に総額20万弱の請求なんか回せねえ。


「でも、私達のせいで怪我までしたのに…」

「別にあんたらだけのせいじゃねえ。俺にもミスがあった。だから、いい」


20万は俺にとってもデカいが、高校生にたからないといけないほどの額でもない。


「俺はこれでも中堅探索者だ。金ならある。大体あんたら金持ってんのか?」

「まあ、多少の貯金はあります」

「えっとぉ…お、お父さんに相談すれば…」


サンはともかくミアの方は貯金とか全く無さそうだな…。

まあ高校生なんてそんなもんだろう。




「そうだ、聞きたいことがあるんだが」

「何ですか?」

「お前のダガーはどこにやったんだ?」


あの日のオーガ戦、サンが持っていたはずのダガーはいつのまにか消えていた。

オーガを倒した直後は気が抜けて確認できなかったが、ずっと気になっていた。


「ああ、上着の下ですよ。オーガに投げた上着が払いのけられて地面に落ちた時、落下地点に投げて刺しておいたんです」

「ああ、そういうことか」


それで上着が勢いよく飛んでいったのか。


「え、どゆこと?」

「目眩しが欲しかったんですが、使えそうな物が上着1枚しかなくて。ダガーなんか投げても1ダメージも入らないだろうし、それなら上着の下に刺してダガーごと上着を蹴り上げれば2回目の目眩しができるのでは、と思ったんです」

「へー!頭良いー!」

「美愛さんに言われてもなあ」

「どういう意味!?」

「あの土壇場でよくそんなこと思い付いたな」

「いや、実はスカルリザードの攻撃のパクリで…」


何でもスカルリザードの『死んだふり奇襲骨攻撃』から着想を得たらしい。


「死体に擬態したスカルリザードみたいに、一度使い終わった上着には注意がいきにくいかと思いまして」

「なるほどな…」


疑問が解けたら眠たくなってきたので、2人には帰ってもらった。


「では、お大事に」

「あんたらも気を付けろよ。転移先にいつも人がいるとは限らねえからな」

「ハハハ、もう転移罠なんか踏みませんよ」




翌日には体調も良くなり、高い入院費を払って退院した。

帰り際にロングソードとボロボロになった服・防具を返してもらった。


(大怪我すると服もダメになるのか。当たり前か…防具は洗ったらまた使えねえかな…)


かさんでいく出費に頭を抑えながら家路につく。

途中でコンビニに寄り、お茶と弁当を買っていった。

家に着くと台所から汚臭がした。

血まみれの服をゴミ箱に突っ込んだ後、放置していた洗い物と洗濯物を処理。

洗濯が終わるまでに買ってきた弁当を食べることにした。


「…そういや、配信者って言ってたっけな」


ふと思い付き、スマホでUtubeを開いて『ダンジョン探索配信』で検索をかける。


「多いな…あいつらのチャンネルどこだよ」


しばらく探したが見つからない。

どれだけスクロールしても企業に所属しているような人気配信者しか出てこない。

初心者探索者だったし、配信者としても始めたばかりなのかもしれない。

検索ワードに『サン』を入れてようやくチャンネルにたどり着いた。

『3ch』ってダジャレかよ…。


「チャンネル登録者数488人か。少ない…いや、一部の人気配信者と比べなければ多いのか?分からん」


今は配信はしていなかった。

ダンジョンで会った時も夜中だったし夜配信が基本らしい。


「最後の動画が3日前。あれから配信してねえんだな…」


見舞いに来た時は元気そうだったから特に心配はしていないが、一応チャンネル登録はしておいた。

飯を食い終わった後は防具を洗う等して時間を潰した。

防具は水で洗ってみたが、染み込んだ血の色が落ちなかったので結局捨てた。

明日はまず買い物に行かないといけないらしい。




夜も更けてやることも無くなり、飯を食っているとスマホが鳴った。


「何だ?ああ、配信か。通知オンにしてたのか…」


毎回配信を見る気はないので通知を切る。

だが、せっかくなので配信は見た。


『あー、あー。音声、映像大丈夫でしょうか。新人ダンジョン配信者のサンです』


〈こんばんはー〉

〈こんばんわに!〉


わに…?


『数日ぶりの配信だー!うおおおドコドコドコドコドコ!』


何だそのテンション…。

3日前はもう少し落ち着いて見えたが…。


(…まあ、あの時は騒いでられる状況でもなかったか)


〈久々の配信だー!〉

〈配信助かる!〉

〈この前は大変だったからなあ〉

〈前回は普通にやばかったよな〉


『いや、この前はマジでヤバかったよね…3回くらい死ねそうなとこあったからね。まあ何やかんや色々ありまして、今日は久しぶりのソロ配信になります!』


言われて気付いたが、相方の姿が無い。


〈え、ミアちゃんはどうしたんや?〉

〈怪我とかじゃないよな?〉

〈パーティー解散?〉

〈レベル差ついちゃったから置いてきたとか?〉


『そうそう。前回の中層転移を経て4レベくらい差ができちゃったんでね。少しでも差を無くすべく、今回はソロでレベル上げ配信というわけです』


〈なるほどね〉

〈オーガ戦以外は見ているだけだったもんな〉

〈オーガ戦にしても牽制で火弾撃ってたしな、ミアちゃん〉

〈結局差は埋まってないのか〉


『ちなみに美愛さんは今頃、全く手をつけていなかった夏休みの宿題をやってると思います』


〈草〉

〈宿題かあw〉

〈宿題はちゃんとやっとけw〉

〈宿題やれて偉い!〉

〈ミアちゃんが宿題全くしてないの容易に想像できるな〉

〈ミア:宿題しながら応援してる!〉

〈!?〉

〈ミアちゃんおるやん!〉

〈本物か!?〉

〈スパナ付いてるし本物っぽい!〉


急にコメント欄が加速したと思ったらミアがコメントを打っていた。


(…これ、俺がコメント打ったら同じことが起きるのか?)


と一瞬だけ考えたが、俺のアカウント名は『aaaa1234』だから誰だが絶対分からんなとすぐに気付いた。


『お、ミアさんお疲れー。宿題頑張ってねー』


サンが画面に向かって手を振ると、コメント欄は〈可愛い!〉で埋まった。

結局こいつは女ってことでいいのか?


『さて、今日はソロなんでね、久々に企画をやっていこうかなと思います!』


〈企画回だあああああ!〉

〈ついにお嬢様言葉縛りを!?〉

〈中二縛りでも良いぞ〉

〈企画って何するんですか?お悩み相談とか?〉


『色々と言ってくれていますが、やはり久々のソロなのでね、あまり注意力が削げそうな企画は避けようと思って…今日は小道具を持ってきました!』


そう言ってサンはバッグから茶色い物体を取り出した。


〈そ、それはまさか!〉

〈猫耳!?〉

〈猫耳だあああああああ!!!!〉

〈うおおおおおおお!!!〉


『…どう?似合う?』


〈可愛い!〉

〈可愛い!〉

〈似合う!〉

〈ミア:えー!!可愛いー!!!〉

〈控えめに言って可愛い〉

〈ありがとう…それしか言う言葉が見つからない〉

〈神 回 確 定〉


『ということで、今日はコレを付けたままダンジョン探索していきます!』


〈うおおおおお!!!〉

〈にゃんって言え〉

〈マジで頼む〉

〈猫耳を付けたら猫語を喋らないといけないって法律を今作りました〉


『ゴロゴロゴロゴロ、フシャー!』


〈何でキレてる時の猫なんだよ〉

〈違う、そうじゃない〉

〈一回普通に「にゃん!」って言ってくれ頼む〉

〈語尾に「にゃん」で助かる命があるんです!〉


『シャー!』


(…俺は一体どんな気持ちでこの配信を見たらいいんだ?)


困惑する俺をよそに、コメント欄は活況を呈していた。

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