第14話 オーガ

スカルリザードは最後の骨攻撃を放つと、


「KAROKAROKARO!」


と高笑いして塵になって消えた。




射出された骨は速く、無数にあり、とても回避できるものではなかった。

推奨討伐レベル25の魔物の攻撃。

それをレベル8で、防御力10の私が食らったらどうなるか?

答えは死だ。


「ぐあっ!!」


しかし私は死ななかった。

美愛さんも同じく死ななかった。

理由は、万堂さんが身を挺して守ってくれたからだ。


「万堂さん!」


私達を庇った万堂さんは全身を骨で打たれて、何本かの骨は突き刺さってもいた。


「ぽ、ポーションは!?」

「持ってません!」


3万からするポーションは上層探索者が簡単に買える代物ではない。

最近はレアドロップも無かったし…。


「…俺のバッグに…中級の…ポーションがある…」

「中級ポーション!」

「待ってて!」


バッグを漁ればポーションはすぐに見つかった。

万堂さんは重症だが意識はあったので、飲ませることにも問題はなかった。


「どう?大丈夫そう?」

「…ああ…だいぶマシになった」


中級ポーションは欠損などは治らないが、刺し傷ぐらいなら全快する。

かなりの治癒力で、即効性もあるが、それでも全ての傷を治せるわけではない。

現に万堂さんも「マシになった」だけだ。

ほとんどの傷は治り、骨に抉られた穴も大体塞がったが、千切れかけていた右足首は未だ出血していた。


「足、タオルで縛ります」

「悪い…」


万堂さんの顔は真っ青だった。

失血が多過ぎたのか、助け起こしてもフラついて歩くこともままならない状態だった。


「すまねえ…しくじった…」

「そんな…万堂さんが謝ることなんて何もないですよ」

「そうだよ!万堂さんが守ってくれなきゃあたし達死んでたし…」


スカルリザードを倒しきれなかったのも、万堂さん1人なら別に問題は無かったはずだ。

自分だけを守っていれば中級ポーションで治る程度の怪我で済んだだろう。

つまり、悪いのは私達だ。

私達がいなければこんなことにはならなかった。




万堂さんを担いで21層行きの階段へと逃げ込む。

ダンジョンの階段は安全地帯だ。


「どうする?このままここで人が来るのを待つ?」

「21時6分か…時間が良くないですね…」


今は平日の夜中である。

こんな時間に上の層から22層へ降りてくる人はまずいないだろう。

あとは下の層から上がって来る人がいるかどうかだが、24層からここまでに他の人間は見なかった。

たまたま出会わなかっただけならばいいが、もし誰もいなかったら丸一日ここで過ごす羽目になる。

私達は1日くらい待てるが、怪我を負っている万堂さんにはキツいかもしれない。


「リスナーの中に中堅冒険者とかいませんか?」


〈誰かいる?〉

〈すまん21層は厳しい〉

〈九州住みだから今からは行けんな…〉

〈品川ダンジョン受付に電話してるけど通じねえ〉

〈とっくに業務時間外だろ〉

〈Xwitterで拡散しようか?〉


リスナーに助けを求めたが、平日の夜中に『品川ダンジョン』中層まで来てくれる人はいなさそうだった。

そもそも20層まで潜れる冒険者はそんなに多くない。

私が大手配信者でもっと視聴者がいれば何とかなったかもしれないが…。


「3層への転移陣は近いですか?」

「…歩いて5分ぐらいだ」

「5分か…」


微妙な時間だ。

普通なら5分も歩けば魔物に遭遇する。

万堂さんが戦えない今、21層の魔物と遭遇したら私達は全滅だ。

しかしこの辺りは魔物の数が少ないらしい。

どうにか魔物と遭遇せずに行けないだろうか…。


(こういう時こそ透視が使いたいのに…)


しかし30分前に使ったばかりなので、また使えるようになるのは明日の20時半だ。


(私も戦闘に参加するべきだったのか?)


パワーレベリングとか言っていないで、レベルを上げて魔力を増やしておけば『透視』で魔物の位置を把握できたのに…。




悩んだ結果、私達は転移陣へ向かうことにした。

慎重に進み、魔物との遭遇は一切避ける。

最悪見つかっても、5分の距離なら突っ切って転移陣に飛び込むことも、引き返して22層行き階段に戻ることもできるのではないか?

そんな皮算用で移動を始めたが、運良く魔物とは遭遇せずに進めた。


「…あれだ」


そのうち転移陣が見えてきた。

私達は安心してホッと息を吐いた。


「GAU」


横道から21層のボス・『オーガ』が現れたのは、丁度息を吐いた瞬間だった。


「ひっ…!」


〈うわ〉

〈大鬼だ!〉

〈最悪〉

〈せっかくここまできたのに!〉

〈めっちゃこっち見てる!〉

〈早く逃げて!〉


オーガの推奨討伐レベルは24。

私の3倍、美愛さんの2倍だ。

どうしたって勝ち目は無い。


(どうする!?逃げるか?でも今更引き返しても階段は遠い)


なまじ順調に進めたのが仇となった。

転移陣は目の前だが、オーガが立ち塞がっていて通してもらえそうにない。

どうする…!?


「…俺がやる」

「万堂さん!?」

「む、無茶だよ!そんな身体じゃ!」


万堂さんは誰かに肩を貸りてようやく歩ける状態だ。

戦闘なんてとても無理だ。


「…挑発して誘き寄せれば動かずに済む。あんたらは隙を見て転移陣に駆け込め」

「そんな…」


確かにそれなら動かずに済むかもしれないが、足の傷を差し引いても万堂さんは大量の失血でフラフラだ。

オーガと戦えば敗北は必至。

まず間違いなく死ぬだろう。


(大人しく階段で助けを待つべきだった)


進もうと言ったのは私だ。

私が判断を誤った所為でこんな状況に陥ってしまった。

こちらが立ち止まっているのを見て、オーガはゆっくりと歩いてくる。

それでも彼我の距離はもう10メートルもない。


(…責任を取って、私が囮に…ダメだ。3人の中で1番弱い私では大して時間が稼げるとも思えない)


万堂さんは走れない。

私が囮になったら美愛さんが肩を貸すしかないが、それでは3人共死ぬ可能性の方が高くなるだろう。

全滅か、万堂さんを見殺しにして逃げるか。

最悪の2択だ。




「置いていくなんて絶対に嫌!」


美愛さんが言った。


「だって、置いていかれるのは怖かったし、悲しかったよ!」

「美愛さん…」

「GAO?」


美愛さんは腕を突き出してオーガへ向けた。


「絶対置いていかない。オーガなんか倒して、3人で帰る!」

「…馬鹿、勝てるわけないだろ…足震えてんじゃねえか」

「…」


レベル差は倍以上。

勝ち目がないことは小学生だって分かる。

でも、美愛さんは馬鹿だった!

そして、私はもっと馬鹿だ!


「…美愛さん、合図したら火弾をお願いします。囮役は私がやります」

「おい!」

「万堂さん、無理言って申し訳ありませんが、私達では火力不足なのでトドメを刺すのを任せていいですか?」


何を考えていたんだ私は。

万堂さんを置いて行くなんてありえないだろ。

何故なら、私は配信者だから。


「見捨てて逃げたら炎上するらしいんでね」

「サンさん…!」

「無茶だ…オーガは鈍くない。俺と同じくらい速いんだぞ…」


とすると素早さ50弱か。

私の2倍。

他の能力も大体そのくらい差があるはず。

オーガの体長は2メートルを大幅に超えている。

武器は棍棒。

腕も長いので、攻撃範囲は2メートル弱。


(万堂さんがろくに動けない以上、限界まで引き付ける必要がある)


あと3歩近付くまで、3メートルの距離になるまで待つ。

オーガを刺激しないよう、私はゆっくりとリュックを下ろした。

策はないが、考えはある。

上着を脱ぎ、左手に持つ。

あと1歩、あと1メートル。


「おまえら…本気か…?」

「必ず隙を作るんで、見逃さないようにお願いします」


そしてオーガが3メートルの距離まで近付いた。


「美愛さん、今!」

「火弾!火弾!火弾!」


近距離からの『火弾』3連射に、オーガは棍棒を振るって対処した。

『火弾』は簡単に消されてしまったが、棍棒は遠くに離れた。

オーガのふところに潜り込むなら今しかない。


「バウンド!」

「GAU!?」


私の動きに、オーガはついてこれなかった。

単純な素早さには倍の差があるが、『バウンド』により私は一歩で最速を出せる。

相手が速さに乗る前のこの瞬間だけ私の素早さがオーガの上を取った。


(この一瞬が勝負!)


私は走りながら上着をオーガの顔面に投げつけた。

まずは目隠し。


「GAOOOOO!!」


オーガは上着を左手で払いのけたが、その間に私はオーガの背後へ回っている。

上着は少し舞って地面に落ちた。


「パン!!」


私は空になった両手を叩きオーガの注意を引いた。

鬼さんこちら、手の鳴る方へだ。

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