第7話 エロ触手

6レベに上がった翌日。


「えー、4層が意外と大したことなさそうだったので、今日は5層の様子見にいきます!」


〈マジ!?〉

〈5層うおおおお!〉

〈5層はまだキツくね?〉

〈雑魚魔物限定ならいけるか?〉


コメントも言っている通り、今日は探索と雑魚狩りのみの予定だ。

5層からは敵の強さが1段上がるらしいから、ボス魔物はもちろん、強めの魔物とも戦うつもりはない。


「5層への階段はここから東に徒歩10分ね」


4層階段から東に向かって歩く。

リスナーと雑談しながら5分ほど進んだところで、他の探索者達と行き合った。

男女の2人組で、私と同じく5層へ向かっているようだ。

腕を組んで歩いているのでカップルのように見える。


〈爆発しろ〉

〈急に気分悪くなってきたな〉

〈彼女連れでダンジョンとか舐めてんのか〉

〈魔物にコテンパンにされて別れないかな…〉

〈非モテ達の怨嗟がすごい〉


私は歩くスピードを遅くして、ドローンのカメラにカップルの姿が映らないようにした。

コメ欄に気を遣ったとかではなく、如何にダンジョン内でも他人の肖像権を侵害してはならないからだ。


〈サンさんは彼女ほしいですか?〉


「彼女は別にいいかな。みんながいればそれでいいよ」


〈!?〉

〈デレた!?〉

〈急にデレるじゃん〉

〈悪いもんでも食ったか?〉

〈俺も好きです!〉


『彼女欲しいですか?』系の質問は質問に見せかけたトラップだ。

うっかり彼女欲しいと言えば私の性別が男で確定するという罠。

それに対する完全解答カウンターが今のだ。

ついでにカップルの登場で闇堕ちしたコメ欄も光を取り戻したようだった。


「あ、5層への階段発見。よっしゃ、行くぞみんな!」




『品川ダンジョン』の5層は森フィールドだ。

階層主は『ジャイアントフラワー』。

ジャイアントフラワーは赤い花と触手の化け物で、その触手からは溶解液を分泌する。

溶解液で獲物を溶かして吸収しようとするわけだが、人間が捕まった場合最初に溶かされるのは服。

ついたあだ名が『エロ触手』だ。

コメント欄の変態共はR18展開に期待して狂喜乱舞の様相だった。


「まあジャイアントフラワーの討伐はしばらく先の予定ですけどね」


〈なん……………………だと………!?〉


「いや初めから言ってたじゃん。今日は様子見だって」


ジャイアントフラワーの推奨討伐レベルは8。

6レベの私ではまだ倒せない。


「そもそも服溶かされたらUtube的にアウトなんでHなシーンは一生映らないぞ」


〈Utubeはセンシティブ判定厳しいもんな〉

〈Utubeくんさあ…〉

〈はーつっかえ〉

〈今から配信サイト変えないか?〉

〈pornbabとかにしないか?〉


「嫌でーす」


せっかく登録者数も250人まで伸びたのだ。

しばらくはUtube一本でやっていくつもりである。




5層の階層主は倒せないが、雑魚魔物なら6レベでも十分戦える。


〈森ゴブリンだ!〉

〈こいつも割とエロモンスターとして有名〉

〈頑張れエロゴブリン!〉


「おい、モンスターを応援すんな!バウンド!」


森ゴブリンは地形を活かした戦術や、木の弓を使った遠距離攻撃を習得している。

遠距離攻撃手段の無い私は距離を詰める必要があるが『バウンド』を使えば難しくない。


「GOb…GUGEEEE!?」


『バウンド』による急加速から急転換で、森ゴブリンの背中へタックルをかます。

押し倒してマウントを取った状態からゴブリンダガーを突き刺してトドメだ。


「よし、森ゴブ討伐完了!」


〈ナイスー!〉

〈いいぞー!〉

〈遠距離攻撃対策にもなるバウンド有能じゃない?〉

〈6層も全然余裕やな〉

〈はあ、所詮はゴブリンか…〉

〈余裕そうだしジャイアントフラワーいかん?〉


「嫌でーす。ドロップは魔石か。ハズレだな」


切り替えて次!




探索を再開すると今度は狼を発見した。


〈ダンジョンウルフか〉

〈そこそこ速いけどウルフ系最弱種だしイケるべ〉


「ダンジョンウルフ可愛いから見逃してもええか?」


〈あのさぁ…〉

〈ダメです〉

〈お前には探索者の自覚とかないのか?〉

〈さてはテメー犬派だな?〉


「中々勘の鋭いリスナーがいるようだな」


〈誰でも分かるわ〉

〈猫派のワイ涙目〉


「猫も好きだよ。可愛い動物は大体好き。やべ、喋ってたら気付かれた!」


仕方がないから戦うことにする。

ダンジョンウルフは素早さ特化の魔物で、私と同じくらい速かった。

しかし、バウンドによる急制動にはついてこれず、私が一撃入れると明らかに素早さが落ち、それからは一方的な展開になった。


「ふぅ、何とか倒したな」


〈お見事!〉

〈ちょっと手こずったか〉

〈言うて無傷やん〉


「ドロップは魔石ね。ダンジョンウルフの魔石っていくらだっけ?」


〈1000円くらい?〉

〈800とかだった気する〉

〈調べたら830円だった〉

〈刻むねえ〉

〈ダンジョン協会のケチ臭さが滲み出てんな〉

〈まあゴブリン系よりは高いか〉


しかし森ゴブリンは瞬殺だったから、効率よく稼げるのは森ゴブリンの方だろう。


「スキル連発して疲れたからちょっと休憩」


木の根に座って汗を拭い、バッグからコンビニで買ってきた炭酸飲料とパンを出して体力回復に努める。

軽食をとりながらコメ欄と雑談していると、遠くに走って行く人影を見た。

何やらかなり焦った様子だった。


「何だろ、どう思うアレ?」


〈様子見にいく?〉

〈やめとけやめとけ、面倒事に巻き込まれるかもしれんぞ〉

〈あいつ配信始めに見たカップルの男じゃね?〉

〈言われてみればそうかも?〉

〈女は?〉

〈別れたか〉


「何か嫌な予感するな。ちょっと行ってみます」




男が元いた方向に進むと、開けた空間に巨大な赤い花が咲いていた。


「ジャイアントフラワーだ。あ、やっば!」


私は慌ててドローンのカメラを手で覆った。

ジャイアントフラワーの触手の先に、全裸の女性が捕まっていたからだ。


〈見え…!〉

〈見えた!〉

〈くっ遠目で分かんねえ!〉

〈馬鹿言ってる場合じゃねえって!〉


全くその通りだ。

捕まっている女性は意識を失っているのかピクリとも動かない。


「ちょっと待って。ドローンを自撮りモードに変えるから」


スマホからドローンの設定を変更して私の顔のアップを映すようにする。

これで戦闘シーンは映らなくなったが、裸が映ってBANされることもなくなった。


〈ジャイアントフラワーの触手は10本。速さはサンの方が上。でも捕まったらステータス的に逃げられないと思う〉


「了解、ヒット&アウェイで救助だけして逃げるわ」


〈助けんのか〉

〈そりゃそうだろ〉

〈でも相手格上だろ?〉

〈助かって欲しいけどHなことにもなってほしい複雑な気分〉

〈お前最低だな〉


ジャイアントフラワーは10本の触手で攻撃してくる中距離タイプ。


(素早さに振ってても毎回触手10本の攻撃を避けるのは厳しいな)


相性は良くなさそうだ。

やるなら短期決戦か。


(頼むから生きていてくれよ…!)


例によって背後に回り込み、小ジャンプからの全力ダッシュで一気に近付く。


「うおおおお!」


3秒ほどでジャイアントフラワーの懐に到達。

女性を捕らえている触手を切断し、落ちてくる女性をキャッチ。


「KYAPIIIIIIIII!!」


花の中央に開いた穴(口?)から悲鳴じみた音が鳴り響く。


(即離脱!)


と思ったが、足元に彼女の物らしき小さいカバンが落ちているのが見えた。

一応拾っていくか。

カバンに手を伸ばすと、その隙を狙って触手が殺到してきた。

素早さは私の方が上らしいが、流石に人を1人抱えた状態では動きが鈍くなっている。


「バウンド!」


だからスキルで跳ねて逃げた。

振り返ると、ジャイアントフラワーは追ってくる様子もなく、空中に触手を伸ばして固まっていた。


(あの位置から動けないのか?もしくは本体はめちゃくちゃ遅いのかも)


とにかく触手の射程外までいけば安全そうだ。

念のためジャイアントフラワーが見えなくなるまで『バウンド』で飛び跳ね続けた。




「ぜー、はー!逃げ切った!ちなみにカメラは何も見えてないよな?」


女性を地面に寝かせて、スマホを取り出してコメントを確認する。

なお、時々呻き声を上げていたので女性が生きていることは分かっている。


〈残念ながら何も映ってない〉

〈画面の端っこに肌色が一瞬映るくらい〉

〈カメラさんもっと下!〉

〈無能カメラめ…〉


「有能カメラGJ。さて、全裸はまずいから私の上着でも掛けようか」


そう思ったが、彼女の身体は全身黄色い溶解液まみれ。

このまま上着を掛けてもまた上着が溶けてしまいかねない。


「ちょっとカメラ切ります」


〈何だと!?〉

〈カメラ切って何をするつもりだ!〉

〈そりゃあナニよ!〉

〈わっふるわっふる!〉

〈1人だけずるいぞ!〉


「いや何もしませんよ!人命救助してんですよこっちは!」


ポケットからハンカチを取り出して溶解液を拭く。


「んっ…あっ…」


〈何だ今の声は…〉

〈えっちだ…〉

〈これは完全にヤッてるやつ〉

〈ふぅ…〉

〈エッチなことしたんですね!?〉


「だから何もしてないって!もうこんなもんでいいか」


あらかた拭き終わったので地面に寝かせ、上着を脱いで彼女の上に掛ける。

ちょっと悩んでからポーションも飲ませた。

諸々終えて一息吐いた後、スマホからドローンのカメラをオンにする。

設定は…まだ自撮りモードでいいか。



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