祝福のロッカールーム

「っせーの――男子テニス部のっ!」

 

 大勢の人の声が重なり合う。

 その大音量の空気の圧力に、俺はびっくりして体を固くした。


「新部長の就任、おめでとうございまーすっ!」


 わぁわぁ、歓声がわき上がった。

 俺を中心に四方八方から、手が痛くなりそうなほどの拍手が送られる。


「えっ?」


 俺は目をしばたたかせた。

 まわりを見れば、三十人ほどはいるだろうか。大勢の人に囲まれて、唐突な祝いの言葉を受けた俺はぽかんと口を大きく開けた。


 教室から一転、ここは男子のロッカールームだ。校庭の端に建つプレハブで、主に体育部が共同で使用している部屋だ。壁に沿って二段組のロッカーがずらりと並んでいるものだから、外見よりもひとまわり狭い。


 そんな場所の中心に俺は立っていた。さらにまわりには人がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。身動きすら取れなくて、時折肩がぶつかった。


 俺を取り囲む人々であるが、一番近くには赤ジャージ軍団こと我が男子テニス部の顔ぶれがそろっている。同級生の三年から下級生の一年生まで、ほぼ全員がいた。


 その後ろには、保護者のみなさんが囲っている。試合の手伝いや応援に来てくれるお母さん方の面々がとりわけ目についた。それから一番隅っこに、顧問こもんの先生の姿も見つけた。


 全員、視線を一つにして俺のことを見つめている。その目は期待と賞賛にあふれてキラキラしていた。表情もにこやかで明るく、どの口元にも歯が白く光っていた。


 視線をどこに向けても、誰かしらの笑顔とぶつかるものだがら、俺ははにかんだ。目を落として、気恥ずかしげに頭をかくと……いやはやどうしたものかと、頭で考える。

 すると、またひときわ大きな拍手と歓声が周囲から上がった。


「おめでとう、筧井!」


 覇気のある声が、俺の耳に通った。

 その声を聞いて、俺は反射的に顔を上げた。すぐとなりからポンポンと優しく肩を叩かれる。


「部長っ!」


 思わず声が明るくなった。となりにいたのは、卒業したはずの男子テニス部の先輩だった。「よせよ、いまは君が部長だろ」と、彼は当時より変わらない気さくな顔で笑う。

 懐かしい人物の登場に、俺のテンションはまたたく間に跳ね上がった。周囲の歓声も合わせて一段と高くなる。


 元部長の後ろには、元副部長の姿もあった。その手には大きなはたが握られている。重厚感のある紺色の生地にきらめくブロンドのひだがなびく、テニス部を象徴する旗だ。


 旗は元副部長の手から、元部長の手へと移る。旗を持った元部長は、俺のことをまっすぐ見つめてこう言った。


「君になら安心して部を任せられるよ。みんなをまとめることができる部長になれるって信じているから。新生男子テニス部の未来を、おまえの手で引っ張っていってくれ!」


 やや斜めに傾けた旗棒が、俺の前に差し出される。元部長の情熱的な言葉に、俺の目にもうっすら水の膜が張った。


「あっ、ありがとうございまぁすッ!」


 どもってしまった。

 声もちょっと裏返っていて、顔がかっと熱くなった。

 けれども、俺の熱意を込めた返事に、元部長はうんうんと優しくうなずいてくれた。


「来年はどこの学校も強敵ぞろいだと聞いている。でも君らなら大丈夫だ。俺たちの代以上の成績を期待しているぞ!」

「はいっ!」


 俺は力強く返事をした。

 部員たちやその親御おやごさん、顧問の先生のみんなが向ける期待の眼差しを一身に受けて……俺は、先輩たちから引き継いだ魂の旗を高く掲げた。


 おめでとう! おめでとう!

 プレハブの薄い壁を破壊せんばかりの、祝福の声が部屋いっぱいに響き渡った。


 掲げた旗の――旗棒の先端から、ひらひら紅白のリボンがいくつも垂れ下がる。そこには一枚一枚に、歴代の部長と副部長の名前が刻まれていた。


 このリボンに名前が載ることを、自分がどれだけ憧れてきたことか。入学してから続けてきた努力の量を思えばこそ、俺は感慨深かんがいぶかく息を吐いた。

 

 俺はロッカールームの天井めがけて、旗をひときわ高く持ち上げてやった。旗の先端が天井を突くと、その振動で名前入りのリボンも大きくゆれる。

 


 ――市 北が丘中学 男子テニス部 二十四期

 部長  筧井頼人

 副部長 真島賢治

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