幕間・テニスコート
吐く息が白い。
ハッハッと、息を吐けば吐くほどに白い煙が口から上がる。
――パコン。
聞き慣れた音に反応して、俺の体は真横へ飛んだ。肩から腕までを思いきり伸ばす……その手には馴染みのある黒いラケットが握られていた。
ガット(ラケットの編み目)の中央にボールが吸いつく。よしっ、と俺はにやりを笑ってラケットを振った。打ち返したボールはいい音を鳴らして、相手コートへまっすぐ飛んでいった。
俺は急いで体勢を戻す。コートのまんなか、定位置へ素早く移動してボールを打ち返す構えを取る。
場所はテニスコート。
それ以外のことは、周囲に白い霧が立ち込めていてよくわからなかった。
淡泊な背景に、自身が身につけている赤いジャージはとてもよく映える。ジャージの胸には、学校名を表すアルファベットの刺繍があしらわれていた。
――パコン。
またボールが飛んできた。近距離のバックハンドは少々苦手意識がある。だからこそ慎重に……俺はラケットを振って、また相手コートにボールを返してやった。
(きれいに入った……)
俺はほっと息をついた。
それからしばらく、ラリーが続いた。
(やっぱり勉強よりも、体を動かすほうが好きだな)
ラリーを続けながら、俺はしみじみ思った。
高校へ行ったら、テニスは辞めようと思っていた。気楽な文化部あたりに入部しようかと考えていたが……いまは一人のプレイヤーとして、誰かとテニスのゲームをするのは楽しいと心から感じている。
高揚する気持ちを乗せて、俺はラケットを大きく振った。
ボールは相手コートのベースライン内側すれすれに落ちる。二回バウンドする音に、俺の口から思わず声が上がった。
サービスを打つために、コートの端へ移動する。カゴからボールを一つ手に取って、地面へ向けてポンポンと跳ねさせた。ラケットを握りしめ、俺はネット向こうのサービスエリアを見すえて――。
はっと、俺は気づいた。
相手側コートには、誰の姿もないじゃないか。
(でもさっきまで、たしかに俺たちはラリーを打ち合っていた……)
目には見えないけれど、たしかに……たしかに、そこには誰かがいるのだ。
誰かが。
「…………」
俺は頭を振った。不安を跳ね飛ばすよう大きな声を上げて、気を引きしめた。
「いくぞっ!」
力強く、サービスボールを打つ。
ボールが返ってくることを信じて。
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