世界の終わり Ⅲ
ガタンッ。
車体が斜面にならって、大きく傾く。
これは、非常にまずい。
「ブレーキ、ブレーキッ!」
再び、俺は運転席の真島に向かって声を張り上げた。
「おい、ブレーキだって言ってんだろ! しっかり踏むんだぞ、いいな!」
「…………」
強い口調で命令するも、あいつの顔は相変わらずの無表情であった。そして引きつった顔の俺をあざ笑うかのように、四輪のタイヤは軽快に坂を転がっていく。
「うわああっ!」
猛スピードで、車は傾斜の通路を下った。斜面が異様にきついせいか、ちょっとしたジェットコースターである。俺の悲鳴に興が乗ったのか、速度のメーターはぐんぐん上昇していった。
「早く、足元のペダルを踏むんだよ!」
「…………」
「それくらい、お勉強大好き人間のおまえでもわかるだろ! こんのっ!」
自分が代わりにブレーキを踏もうと、助手席から運転席に片足を突っ込もうとした。しかし、なんの嫌がらせか、優等生の左足がそれを阻む。
車は一際大きく縦にゆれた。
俺は正面を見て、わっと目をふさぐ。出口が見えたのだ、地上の――黒い水面が。
「ぶつかる!」
俺はとっさに腕で頭を抱えた。姿勢を低く丸めて、襲いかかる衝撃に備え――。
バッシャン!
派手な水しぶきの音だ。
それからガリゴリ、ガガッ……車の底を削られるような嫌な振動が続いた。
「うぅ……」
終わったのか?
思ったよりも大きな衝撃ではなかったが……。
俺は腕をほどくと、まるめていた体をゆっくり起こす。
フロントガラスの向こう――ボンネットの上に、黒い水がゆらめいている。
目の前の光景に、絶句した。
空に月が一つ。白熱電球のごとく闇夜を照らし、辺りの惨状を俺にまざまざと見せつけてくれる。世界は水に吞まれていた。地上の広い駐車場から外の道路までも、豪雨の被害を受けている。
駐車場に残された車たちは、みなひたひた状態であった。どの車からもSOSを知らせる赤いランプが点灯している。外の道路に至っては、黒い水から逃れようと車の赤い列がどこまでも続いていた。
なかには、ヘッドライトを空に突き上げて、無残に流されていく車体も見かけた。
月が明るく出ているのに、ざんざんと雨は降り止まない。時折空には、雷の白い筋が音もなく駆けていった。
「これが、世界の終わりか……?」
力なく、俺はつぶやいた。
あと一つ確信した――早くこの場所から逃げなくては。
「真島?」
心細さに耐えきれず、俺は小声でとなりの優等生の名を呼んだ。
恐る恐る、彼の顔をのぞき見る。世界の終わりに怯む俺とちがって、いまの真島はなんだが妙に落ち着きはらっているように見えた。
(屋上では、あんなに狂ったように叫んで暴れていたのに……)
いっちょ前に澄ましている大人の顔つきに、俺はちょっとばかりズルさを感じた。
おなじ中学に通う同級生のくせに……俺はぎゅっと自分の眉間を手で押さえた。
すると、ふいに真島が自身の片足を高く持ち上げた。
「ん?」
運転席が軋む音に、俺はまばたきをする。
なにをするつもりなのか、胸元まで上げた彼の右足の膝を見つめる。その時に気づけばよかったのだが、もう……遅い。
真島は上げた右足を――力強く踏み下ろした。
もちろん、アクセルペダルの上に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます