73.真夏の風(前編)
……街灯の人工的な明かりが、夜の住宅地を照らしている。
俺、飯島 圭は、明の知り合いである藤田 公平、日髙 葵、そして平田 恵実らと共に、しんと静まり返った夜道をプラプラ歩いていた。
「もう……明さんがいなくなってから、五日目ですね」
平田がため息混じりにそう呟く。
俺たちは時々、こうして四人で集まり、明やその妹、そして互いのに何かできないか?と、そんなことをいつも話し合っている。
だが、この内容の濃さから、中々前向きに行動を移せることがない。最近唯一できたのは、明の妹へお菓子を渡せたことくらいだった。
(ちくしょう……くそったれが!)
俺は、日に日に募るムカつきを、抑えられないでいた。今こうしている間にも、明はあの湯水とかいう女になぶられている。それを分かっていながら、ただ指咥えて何もしねえなんて、できるわけねえ。
(かと言って、こっちから奴らの居場所をつきとめるのは、かなり難けえ。警察だのプロだのが躍起になっても、まだ見つからねえんだ。俺たちみたいなガキがどうこうできる話じゃねえ)
さすがにそこから暴走しない程度の脳みそは持っている。だが、今この瞬間だけは……この脳みそが邪魔っ気に感じるぜ。
ちくしょう……俺たちにできることが、イマイチ見つからねえ。その腹立たしさも相まって、俺たちはくそ暑い夏の夜に、行きどころのない思いを抱えて歩いていた。
「兄貴の居場所さえわかれば、今すぐにでも乗り込みたいんだけどな~!」
藤田が項垂れている中、日髙が正論をぶつけた。
「でも、私たちで乗り込むのは本当に危険だよ。もし居場所が分かったとしても、すぐに警察に通報したりして、大人を頼る方がいい」
「けどよ~!オレ、いても立ってもいられねーよー!葵だってヤキモキしてるだろー?」
「そりゃ、気持ちは分かるけど……」
……フツーに考えりゃ、日髙の言うことが正しいだろうよ。相手はキチガイ女だ、下手に俺らが触っちゃいけねえ相手かも知れねえ。
だが、ダチが囚われてんのに、なんにもできねえムカつきを我慢するくれーなら、殴り込みに行きてえ。藤田も俺も、そういうタイプなんだろうぜ。
「……………………」
……真夏の熱い風が、背中から吹き抜けていく。俺の焦燥感を煽るように、その風はざわざわと俺の心も揺らした。
「…………!」
そんな時、俺は……背後にある気配を感じた。
視線というかなんというか……俺たちのことをじっと見つめてる感じだ。
(……気のせい、にしてはかなりハッキリ感じる)
こういう時の直感は、わりと信じた方がいい。
ちらりと後ろを振り向くと、15メートルほど後方に三人……目出し帽を被った男たちの姿が見えた。
(……目出し帽なんてあからさまなもんつけてて、怪しさ満点だな。それに、こちらへの視線の強さから、明らかにつけられてるのも明白。なんなんだ?一体)
そう思って、前の方に向き直ると、今度は前方20メートル先くらいで、やはり同じように目出し帽を被った、似たような男たちが四人いた。彼らは横一列に並んでいて、一言も会話をしていない。しかも、手には角材を持っている。武器として使うつもりだな。
(……ひょっとすると、湯水の仲間か?へ、それならおもしれえ。上等だぜ)
俺は咳払いをひとつした後、「おいお前ら」と、声をかなり小さくして言った。
「気づいてるか?」
「え?何が……ですか?」
「気づいてるって、何がっすか?」
「……はい、分かりますよ」
俺の問いかけに対して、三者三様の答えが返ってきた。平田は気がついてはいないらしいが、俺の口調の雰囲気から、何か良くないことを察したらしい。藤田はノーテンキに何も気がついていないらしく、きょとんとしてやがる。一番状況を把握しているのは、日髙だった。強張った顔をしながら、ゆっくりと頷いている。
「私たちは今、囲まれてる。たぶん、湯水の仲間に」
日髙がそう告げると、平田も藤田も画面蒼白になった。
「マ、マジ……!?ど、どこにいんの!?」
「キョドキョドすんな、藤田。いいか、全員ここで止まれ」
俺の言葉を受けて、俺たちはみんなその場に立ち止まった。そして俺は、前方を睨みながら三人へ告げる。
だんだんと、前方から……そして、後方から近づいてくる男たちに、さすがの藤田や平田も気がついたようだ。忍び寄る奴らの姿を見て、ごくりと生唾を飲んでいる。
「役割分担をしよう。藤田、お前は俺と一緒にこいつらと殴り合え」
「……!」
「お前も乗り込む気だったろ?せっかく向こうから来てくれたんだからよ、歓迎してやろうぜ」
「……っす!」
藤田は緊張こそしているものの、腹をくくった顔つきで頷いた。そして、ゆっくりと向かってくる男たちを睨んだ。
「それから、日髙は警察に連絡しろ。お前が一番冷静だ、状況も警察へ伝えやすいだろ」
「分かりました」
「平田、お前は写真と動画撮影だ。証拠をきっちり押さえてやれ。写真は、撮る時にわざとシャッター音とフラッシュをたいてやりな。それが奴らへの牽制になる」
「は、はい」
「いいか、俺と藤田がお前ら女子を全力で守るが、それはそれとして、自分の身は自分で守ること、意識しとけよ」
「「……………………」」
「スマホのライトをつけて、なるべく奴らの眼に当てるようにしてみろ。多少の目眩ましにはなる。それから、困った時は股間を蹴り上げろ。ちんぽこは言わずもがな、どんな人間も急所になる。それも難しそうなら、とにかくどこでもいいから噛みつけ。人間の攻撃力が一番高いのは、顎だ。手や脚よりも力を出しやすいし、尖った歯で相手を傷つけやすい。指も肉も食いちぎるくらいのスタンスでいけ」
平田と日髙は、黙って頷いた。
「大丈夫!葵、メグっち!俺と飯島先輩がなんとかすっから!」
「中々熱いこと言うじゃねえか藤田。お前、喧嘩には自信あんのか?」
「……そーすっね、ねーちゃんと家でリモコン争いやったことあるくらいっすかね!」
「そうか。なら、今日がデビュー戦だ。弾けちまいな」
「うすっ!」
藤田の威勢のいい返事が、閑散とした住宅地に響く。
「……………………」
真夏の夜風が、俺たち四人に吹き抜ける。いいな、いい風だ。勝負したくなるような……熱い風だ。
「……美結ちゃん、千秋ちゃん、ご飯できたよー」
私がキッチンからそう声をかけると、千秋ちゃんの「はーい」という返事が耳に届いた。
食卓につき、三人で食事をする。今日は美結ちゃんに代わって、私が晩御飯を作った。美結ちゃんの要望だった、ハヤシライスだ。
「どう?美結ちゃん。美味しくできてるかな?」
「……はい、とっても……美味しいです」
美結ちゃんはぎこちない笑いを、私へ見せた。
「……………………」
……最近、美結ちゃんは本当に元気がない。心なしか少し痩せたようにも思う。明くんが湯水に捕まっていることが、相当なストレスになっているのだろう。
でも、こんなのストレスに思うなという方が無理な話だ。今この瞬間にも、湯水が明くんにどんなことをしているか……想像に難くない。いやひょっとしたら、自分の想像以上に酷いことをされているんじゃないかと、そんな恐怖心がぐるぐる巡ってしまうのは……必然だと思う。
「……………………」
美結ちゃんのスプーンを持つ手が、小刻みに震えている。そわそわして落ち着かないみたい。
「「……………………」」
私は千秋ちゃんに視線を送った。彼女も私の眼を見て、黙って頷いていた。
(私たちが早く湯水を捕まえないと……。美結ちゃんのためにも、明くんのためにも……)
その焦燥感が、日に日に増していく。
今日の日中は、明くんのスマホのGPSが反応していた、真田宅に行っていた。
真田はこちらの睨んだ通り、明くんのスマホを所有していた。当初はしらばっくれていたが、三時間の家宅捜索を行った後に、ゴミ箱の中からスマホを発見することができた。
誘拐の容疑で、他の警察官から確保された彼に、千秋ちゃんが声をかけた。
「湯水 舞はどこだ?」
……真田は、にやりと笑うばかりだった。その顔は、してやったりと言うか……こちらのことを小馬鹿にするような、そんな笑顔だった。
あの男には、もちろんこれから事情聴取がされる。でも、千秋ちゃんの推理が正しければ……真田に時間を使えば使うほど、私たちは遠回りさせられているかも知れない。
(この堂々巡りを終わらせるには……決定的な“何か”がほしい。湯水の張り巡らす計画の穴……そのほつれを)
ピリリリ!ピリリリ!
その時、リビングで充電していた私の携帯が鳴り響いた。一旦席を立ち、リビングに行ってその携帯を手に取った。
(あれ?葵ちゃんから……?こんな時間にどうしたんだろう?)
怪訝に思いながらも、私はその電話に出ることにした。
「はい、もしもし」
私がそう受けるや否や、葵ちゃんが『城谷さん!助けてください!』とまくしたてるように叫んでいた。
「あ……葵ちゃん?どうしたの?一体何が起きてるの?」
『今、湯水の仲間に襲われてます!』
「!?」
私は思わず背筋がピンと伸びた。そして、気がつくと車の鍵を手に取っていた。
「ど、どこにいるの!?」
『伊佐多町の住宅地です!先に110番してるので、パトカーとかがすぐ集まってくると思います!』
「分かった!私もすぐ向かう!現場は葵ちゃん1人!?」
『いいえ!公平くんにメグさん、それから飯田先輩もいます!今、まさに乱闘中です!』
「ら、乱闘!?了解!絶対助けに行くからね!」
電話を一度切り、千秋ちゃんと美結ちゃんのいる食卓へ一度戻った。
「どうしたの?城谷ちゃん。なにやら慌ててる様子だけど」
私の様子を見た千秋ちゃんが、そう問いかけてきた。
「今、葵ちゃんたちが湯水の仲間に襲われてる!」
「「!」」
「私は今から現場に向かう!千秋ちゃん!一緒に来て!」
「了解!」
千秋ちゃんはこくりと頷き、スプーンを置いて席を立った。
「あ、あの!城谷さん!私も行きたいです!」
美結ちゃんも席を立ち、懇願する眼で私たちを見つめた。
「美結ちゃん、現場は乱闘騒ぎになってるの……。あまり下手に来ない方が……」
「美結氏、行きましょう」
「千秋ちゃん……」
「友達の安否も気になるだろうし、連れていってあげた方がいい。それに、夜に美結氏を1人で居させる方が危険かも知れない。いかなこのマンションが安全と言えど……私たちのそばにいてもらう方がより安全だと思う」
「……………………」
千秋ちゃんに説得された私は、美結ちゃんに告げた。
「じゃあ……急ごう!美結ちゃん!」
「はい!」
ハヤシライスをそのままに、三人で風のような素早さで、家を出ていった。
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