23.俺たちの休日(後編)
……朝の四時。
私は朝の肌寒さに、眼を覚ました。寒い理由は明白だった。だって、掛け布団を被っているとは言え、冬の夜に裸で寝ていたら……そりゃ寒いだろう。
ふと、隣で寝てるお兄ちゃんを見た。お兄ちゃんも裸で寝ていて……すやすやと寝息を立てていた。そしてよく見ると、掛け布団を全部私の方にあげていて、お兄ちゃんは裸の姿が丸見えになっていた。
「もう……お兄ちゃん」
私はお兄ちゃんに半分掛け布団を渡した。
……そう、私はついにお兄ちゃんと、一線を超えた。お兄ちゃんと私は、本当に男女の関係になった。
「お兄ちゃん……」
すーすーと眠るお兄ちゃんの顔が、今まで以上に愛おしく感じる。前ですら、もうこれ以上好きになれないと思うくらい好きだったのに……。
きっとあれだ、恋愛ゲームだったら……好感度、カンストしちゃってる感じだと思う。
「お兄ちゃんに攻略されちゃった……」
攻略、なんて言葉を口にすると、なんだかエッチな感じに聞こえて、えへえへって感じになる。
「えい、写真撮っちゃえ」
お兄ちゃんの寝顔を、私のスマホにおさめた。
「……おにーちゃーん……おにーちゃーん……」
ちょっと寂しくなってきた私は、お兄ちゃんのほっぺを指でつんつんと突っついた。
「ん……?」
お兄ちゃんは眼をうすーく開けて、「どほぉ……したんだ?」と、欠伸しながら聞いてきた。
「お兄ちゃん、私のこと好き?」
「ん……?うん………愛してるよ」
「……えへへ、もう」
「どうしたんだ……急に」
「私、幸せなの」
「……ああ、俺もだよ」
「ふふふ」
「自分を愛してくれる人のそばに居られるのが……一番幸せだよな。愛せる喜びも、愛される幸せもあって……」
「うん、私もそう思う」
「ふふ…………」
「……お兄ちゃん……。私、またシたいな」
「ええ……?昨日……散々シたじゃないか……」
「ダメ?」
「……ふふ、なわけあるかい……。さ、おいで?」
お兄ちゃんは眼を擦りながら、眠たそうにしながらも……私に向かって手を広げてくれた。
私はその中に飛び込んで、お兄ちゃんにキスをした。
……結局私たちがベッドから出たのは、お昼の十一時を余裕ですぎた頃だった。
朝御飯もなにも食べず、トイレにも行かず、ずっと求め合ってた。
幸せの絶頂を何回も超えて、私はもう……今死んでもいいって思えるくらい、愛されてた。
「バカ、またそんな冗談を」
食卓のテーブルでそのことをお兄ちゃんに告げると、お兄ちゃんは苦笑して私の頭をこつんと叩いた。
お兄ちゃんも私も、パジャマ姿のまま、お昼ご飯を食べている。お昼ご飯と言っても、食パンにジャムを塗っただけの、ほぼ朝御飯みたいなもの。
「どんな時であっても、死んでいい瞬間なんてないさ。これからもっともっと、俺たちは幸せになろう?」
「うん!」
「さーて!ついに2日休みだ!遊ぼう遊ぼう!」
「遊ぼう遊ぼう!」
私たちは、それからはしゃぎにはしゃぎまくった。
初めて二人で一線を超えたということもあって、私たちの間には不思議な感覚というか……お互い、もういろんなものが繋がってる感じがした。
「お兄ちゃん、服を見に行ってもいい?」
「お、いいな~!俺もなんか買おうかな?」
お昼ご飯を食べた私たちは、外に出てお出掛けをした。
二人でお出掛けをするのも、ようやく……デートという風に思えた気がする。
今までお兄ちゃんは、ちょっと私に対して、まだ妹ととして接してる感じかあったけど、でも今は……ちゃんと一人の恋人としても見てくれてる。
お兄ちゃんは、なるべく湯水たちに会わないよう、家の近辺に連れていってくれた。
家の近くの服屋さんで、二人で洋服を買ったり、近所の綺麗な公園や神社を見て回ったり、スーパーでこれでもかというほどお菓子を買い込んだりした。
「あ、ねえねえお兄ちゃん。ビデオ屋さんも寄っていい?」
「おー、何か借りたいのがあるのか?」
「メグからオススメのアニメ、教えてもらったの。ちょっと見てみようかなって」
「いいな!よし行こう!」
私たちは、まだどちらも車を運転できる年齢じゃないから、移動はいつもバスか歩き。
「車の免許、早く取りたいなー!美結とドライブしたい!」
「ドライブいいね!きっと、どこまでも行けるよ!」
「夢が膨らむな!」
「膨らむね!」
そんな会話をしながら、私たちはビデオ屋さんで、メグのオススメアニメを全巻借りた。
おうちに帰って、大量に買い込んだお菓子を食べながら、アニメをひたすら見続ける。
「え……待って待ってヤダヤダ、怖い怖い……」
「来るか……来るか来るか?これ来るか?」
「いやーーー来たーーー!お兄ちゃんーー!怖いよーーー!」
「うわあああああ!!逃げろ逃げろーー!」
結構ホラー展開の強いアニメだったけど、お兄ちゃんと一緒にドキドキしながら楽しめた。
夕方から夜にかけて、ずっと見続けて……終わったのは夜の1時。もう眠すぎた私たちは、結局お風呂も入ることなく部屋で眠った。
「おはよ~美結……」
「お兄ちゃんおはよ~……」
のそのそと二人して起き出したのは、朝の九時半。
「お兄ちゃん、お風呂入る……?昨日、そのまんま寝ちゃったよね?」
「ん……んー」
お兄ちゃんにキスをされた。そして、そのままゆっくりと押し倒された。
「もう……お兄ちゃん、お風呂は?」
「ん……その前に朝ご飯にしようかな?」
「じゃあ、どっちにしても一階に降りないと」
「朝ご飯っていうのは……つまり、美結さ。君を食べたいな」
「もう……お兄ちゃん寝惚けてる?」
「ばっちり起きてるぜ~」
「やんっ……胸、触って……もう……エッチなんだから……」
そのままお兄ちゃんに攻められて、私たちはお昼の三時くらいまで求めあった。
部屋を出てお風呂に入る時には、もう夕方の四時。二人で昨日買った服を来て、近くのファミレスで早めの夕飯。
「お兄ちゃんのバイト先の方に行きたかったなー」
「止めてくれよ美結ー!知り合いに美結といるところ見られたら、俺恥ずかしくて死ぬよ!」
「それって……美結が全然可愛くなくて、人に見せられないってこと……?」
「え……?」
「そっか……美結は人に見せられないんだ……美結と一緒にいると、お兄ちゃんは恥ずかしいんだ……」
「いや、違……!そういうことじゃなくて!美結はめっちゃ可愛いよ!?ただその!俺がデレデレ鼻の下伸ばしちゃってるのが恥ずかしくって……!」
「なーんちゃって!びっくりした?」
「あー!?美結ー!からかったなー!」
私とお兄ちゃんの笑い声は、本当に純粋に……ただただ楽しいという想いの詰まった笑い声……。
ああ……こんな幸せな休日が、いつまでも続けばいいのに……。
「………ん」
休日が終わった翌日の……月曜日。私がベッドで目覚めた時には、もうお兄ちゃんの姿はなかった。
昨日まではそこにいてくれたお兄ちゃんの場所が……がらんと広く感じた。
ベッドに触れると、まだそこは暖かった。
「…………………」
ああ……楽しい日の翌日って、どうしてこんなに悲しくなるんだろう?反動が大きすぎて……私はちょっとだけ、泣いちゃった。
「……ん?」
その時、私のスマホに通知が来た。見てみると、それはお兄ちゃんからのLimeだった。
『美結、二日間ずっと楽しかったな!いつも一緒にいてくれてありがとうな』
そんなメッセージが送られていた。いつも一緒にいてくれてありがとうって……そんなの、私のセリフだよ。
そう返信しようとしたら、また続けてお兄ちゃんから通知が来た。
『近々、俺も冬休みに入る。冬休みはもっと楽しい時間を過ごそうな!美結も受験があるから、ほどほどにしないといけないかもだが、初めて一緒に過ごす年越しとかさ……一緒に居られたらいいよな』
『美結、愛してるよ』
「……お兄ちゃん」
私は、自分のスマホの中にある写真フォルダを見た。その中に、この前撮ったお兄ちゃんの寝顔の写真がある。
その写真に……私は小さくキスをした。
「…………………」
……一時間とちょっと、私はベッドの上でぼーっとしていた。でもそろそろお腹が空いてきたので、一階に降りてご飯を食べようと思った。
その時……玄関先で、珍しい人を見た。
「ママ?」
そう、そこにいたのはママだった。最近めっきり居なくなってたのに、今日は家にいる。なんでだろう?
「あら、美結。ちょうど良かったわ。あなたにも言っておかないとね」
「なにを?」
「私、隆一さんと離婚することにしたから」
「…………………え?」
「今から新しいパパのところに行くとこなのよ。美結もいらっしゃい?紹介するわ。隆一さんなんかよりずっと素敵よ」
「……新しい、パパ?」
「ええ、美結にだけは話すけどね、あなたもとうとう……お姉ちゃんになるわよ」
「お姉ちゃん?え、向こうに連れ子がいるの?」
「いいえ、もう連れ子は勘弁よ。気の合わない連れ子なんて……息苦しくて仕方ないじゃない」
「連れ子じゃない……って、まさかママ」
ママは私の方へ顔を向けると、薄く笑った。そして、自分のお腹を愛おしそうに触った。
「まだ3ヶ月だから、弟か妹かまでは分からないけどね。美結はどっちがいい?」
「……………………」
「あ、そろそろ出ないと待ち合わせに遅れちゃう。さあ美結、行くわよ」
そう言って、ママが私の手を引いた。だけど、私は固まった石のように……その場から動かなかった。
「美結、何してるのよ?ママを困らせないで」
困らせないで?
困らせないでだって?
何を言ってるの?ママ。
何をいきなり、勝手なこと言ってるの?あなたが私のこと……どれだけ困らせたと思ってるの?
離婚……離婚って、もう私……この家には居られないってこと?そんないきなり……いきなりすぎる。頭が追い付かない。
こんなのってないよ。
お兄ちゃんは……お兄ちゃんじゃなくなるの?
「…………………そんなの……」
お兄ちゃんとの思い出が、たくさんたくさんフラッシュバックした。出会った日の……私がいじわる言ったこと。ハヤシライスを作ってくれたこと。私のこと気にして薬をくれたこと。いじめのこと心配して、手紙をくれたこと。抱き締めてくれたこと。
そして……私のこと、愛してるって……いつも言ってくれること。
「美結。なによ、何してるの?」
「……いつから?」
「え?」
「いつから……その、新しい人と、付き合ってたの?」
「……もうそんなこと良いじゃない。隆一さんは、私と結婚してから、一度だって抱いてくれなかったのよ?ちゃんと愛してくれる人のそばにいるのが、一番幸せになれるじゃない。美結もそれはわかるでしょ?」
「…………………」
『自分を愛してくれる人のそばに居られるのが……一番幸せだよな』
「……お兄ちゃんの……」
私は、歯をぎりぎりと噛ましめた。そして、顔をうつむかせて……床を睨んで……小さく言った。
「お兄ちゃんの言葉を、汚さないで……」
「なによ?なんの話?」
「…………………」
「ああ、もう!ほら美結!さっさと行くわよ!」
「嫌だ、行かない」
「美結!ワガママ言わないで!」
手を無理やり引っ張るママと、頑なに動かない私との綱引きが始まった。
もう、私の口から怒鳴り声が出かかっていた。「ふざけないで!」と、喉元まで出かかっていた。
「美結!いい加減にしなさい!」
ママがそう叫んで、ぱしんっ!と私の頬を叩いた。それで、喉まで出かかっていた言葉も……萎縮して、喉の奥へと消えてしまった。
(ダメ……!ここで折れたらダメ!負けちゃダメ!お兄ちゃんに……お兄ちゃんに会えなくなる!)
なんとか自分を奮い立たせて、ママを睨もうとするけど、ママの「言うことを聞きなさい!」という言葉を受けて……また、しなしなと気持ちが萎えてしまった。
やっぱりダメ……私いつも、お兄ちゃんに守ってもらってばっかりで……こういう時、お兄ちゃんが助けてくれたから今まで平気だっただけで……。
言いたいことも満足に言えない……ただ大人しく萎縮してるばっかりの私じゃ……何もできない。
お兄ちゃん……私、どうしよう……。
「美結!全くあなたって子は!」
ママのヒステリックな声が私の耳を貫く。しかし……その次の言葉が、耳だけでなく、私の直感……閃きまで刺激した。
「ちょっと大人しくなったと思ったら……相変わらず“生意気”なんだから!」
「……!!」
その瞬間、私はママの手を大きく払いのけた。びくっ!と狼狽えるママの顔が一瞬だけ見えた。
「…………はあ~~~~~」
私はわざと、大きくため息をついた。そして、顔をぐっと上げて、胸を張って言った。
「0点」
「……は?な、なによ美結?」
「ママとー、その彼氏はー、0点かなー」
「……な、なんなのよ。何を言ってるのよ」
わなわなと震えるママの姿を、私はあえて……ニヤッと笑ってやった。
内心、バクバクと心臓が震えてる。でも私は、この……生意気な態度を改める気はない。
『なんか、冴えない感じー。私、この人がお兄ちゃんなの嫌だ』
『髪もなんか特徴ないしー、顔もフツーだしー、なーんか全体的に60点って感じ』
……そう。
私は今、あの時の……昔の自分にわざと戻っている。
今の私では言えないことも……昔の私なら、生意気に、なんだって強気に言える。
「ママとママの彼氏は、うん!0点!だってさー、ママのお腹ん中、赤ちゃんいるんでしょ?マジダサすぎるって!え?不倫はするわ子どもは作るわ、節操なさすぎてウケる」
「なんですって!?」
「私の
「……!あんた!!なんてことを!!ていうか!あんた渡辺 明と寝たのね!?あんなクソガキと!!」
ママがすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。私の頭から冷や汗が垂れて止まらない。わざとニヤついてる口元も、ぴくぴくと恐怖で震えてる。
でも、私は乗り切る……!ここをきっと乗り切ってみせる!
頑張れ私!昔の私に成り切って!当時の感覚を思い出して!
「ママもさ~愛されないからって誰にでも股開くのは止めた方がいいんじゃない~?」
「あんただって!!!なんで!!なんでよりによってあんな男と!!」
「え?ママってマジで男見る目ない感じ?ま、そりゃそーか~。人妻って分かってて中出しするような男を選んじゃう、お猿さん並みのママの頭じゃ、どういうのが良い男か分かんないよね~」
「美結ーーーーー!!」
ママが大きく手を振り上げた。そして、パシーーンっ!と私の右頬をもう一度叩いた。
じんじんと腫れる感覚があるけど、不思議と痛いと思わなかった。それよりも、ママから眼を反らしちゃいけないと思って、ぐっと顔を真正面に戻して、またふてぶてしく笑ってやった。
「私の名前は、渡辺 美結……。渡辺 明の妹だから。それ以外の名前に、なる気はない」
……どうかお願い。今だけ、今この瞬間だけ、昔の私でいさせて。
誰に対しても舐めくさって……恐怖なんてなかった頃の私に。
今の私を守るために……お兄ちゃんのそばにいるために。
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