22.俺たちの休日(前編)
……俺は学校にある屋上の床に座り、柵に背もたれて、焼きそばパンを齧っていた。
天高く晴れ渡る空が、どこまでも広く続いている。空の青さは、夏に比べると薄くぼんやりと感じて……それがなんだか、冬らしさというか、季節の顔のような気がしていた。
「……………………」
俺と美結は、初めて調査を依頼した日から、柊さんと密に連絡を取り合うようになった。
こっちから事務所に行くこともあるし、柊さんがこっちの家に来てくれることもあった。また、時々だけど警察署へ行って、城谷さんも交えて話をすることもあった。
柊さんにお願いしているのは、美結をいじめた証拠はもちろんのこと、いじめ加害者が今も誰かをいじめているのか?そして、過去にもいじめた人がいたのか?ということ。
美結へのいじめの証拠が中々難航しそうな感じなので、湯水たちがいじめをする性格であることを明らかにするために、そのような調査を行ってもらっている。
そろそろ柊さんから、調査の結果報告があるかも知れないな……。
『お兄ちゃん、ごめんね……』
「……………………」
初めて柊さんの事務所に行った日の帰り……美結のいじめっ子たちに怯える姿が、今も目に焼き付いている。
思い出す度に、拳が震える。
「おい明、なんか考え事か?」
隣に座っていちごオレを飲んでいるのは、友人の圭。ヤツは俺の方を見ながら、ニヤニヤと頬を緩ませている。釣り長の一重でスポーツ刈りの圭は、どことなくキツネを思わせる顔立ちをしている。だから、そんな圭にニヤニヤされると、なんか変な化かされ方でもされるのかという気持ちになる。
そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は「別に」とぶっきらぼうに答えた。
「ひょっとして、例の可愛い妹ちゃんのことでも考えてたのか?」
圭には前に、親が再婚してすぐくらいに、可愛い義理の妹ができたことだけは伝えていた。その時は俺も美結とそこまで仲良くなかったので、前までだったら「生意気な妹なんて可愛いもんか!」と答えていたところだが……。
「……………………」
いや、ヤバいな。実際……最近はずっと美結のことばかり考えてる。美結のためならなんだってするし、これからもずっと支えあいたいと思ってる。
「おいおいマジかよ明!お前……『顔は良くても中身が良くなきゃ』的なこと言ってたくせに!やっぱ顔が良いと好きになっちまうもんなのか!」
「バカ言えよ、そんなんじゃねえ」
圭の冷やかしに苦笑しつつ、俺は……もういつの間に、こんなに彼女を好きになっていたのだろうかと、自分の心境の変化に驚かされていた。
今の俺は、美結に臆面もなく「愛してる」と言える。会ってまだ一年も経っていないけど……時間が長いかどうかなんて些細なことで、どれだけ相手と想いあったかが大事なんだなと改めて思った。
「おい、明」
圭がまた尋ねてくるので、俺はヤツの方に顔を向けた。ヤツはまだ笑ってはいたけど、少しだけ顔を曇らせて、こう言った。
「お前、なんかあったか?」
「……なんかって、なんだ?」
「いやー別に?なんつーかさ、お前最近……ちょっと思い詰めた感じの顔、よくするからさ。なんかあったんじゃねーの?」
「……………………」
「最近、やけにバイトも入れてるしよ。なんか必死っつうか……険しい感じの雰囲気あるよな」
「……んなことないさ、俺はいつも通りだよ」
「そうか?」
「そうさ」
そう答えると、圭は「ふーん」と言って、いちごオレを全部飲み干した。
ひゅー……と、冬の風が肌寒く吹いた。
「ま、明。なんかあったら俺に言えや。お前には借りがあるしよ」
「……なんだよ圭、お前……まだ気にしてたのか?」
「バカ野郎。俺はな、アレを忘れちゃいけねえんだよ。俺がクソガキだったことを……きちんと償わなきゃいけねえ」
「……………………」
そう……圭は昔、俺をいじめていた。
いつだったか美結には話したことがある。俺が小学生の頃にすごく太ってて、それを『デブデブ!』と言われていじめられたと……。その時にいじめてきたのが、こいつ……圭だった。
だが俺は、母さんからの教えに従って、圭にも優しく接した。それで圭が罪悪感にかられ、『ごめん』と俺へ謝ってきたのだ。それ以来、俺はこいつと友だちなんだ。
でも圭は、当時俺をいじめていたことをずっと後悔してて……それで今も、時々こうして「借りだ」なんだと言ってくるのだ。
「圭、もう良いって。あんなの昔の話じゃんか。俺もお前も、もうそういう間柄じゃない。少しも気にする必要ねえって」
「そういう問題じゃねーよ。こいつぁケジメさ」
圭は空を見上げていた。俺も圭の方を見るのを止めて、一緒に空を眺めた。
「とりあえず、なんかあったら俺に言え。今は詳しく聞かねーけどよ、マジでヤバくなったりする時には……」
「……分かったよ。何か頼みたい時は連絡する」
「おう」
「ありがとうな、圭」
「礼はいい。当然のことだ」
「そうか?」
「そうさ」
俺も圭も、お互い顔を見せぬまま、ただ空だけを見ていた。
「……ただいまー」
学校とファミレスのバイトを終わらせて、夜遅くに帰宅した俺は玄関を開けて一言かけると、美結が二階の部屋から降りてきて、玄関先に来て出迎えてくれた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「うん」
俺が美結の頭をぽんぽんと撫でると、美結は頬を赤らめて、なにやらそわそわしていた。
「どうした?美結」
「……えへへ。えい!」
そう言って、彼女は爪先立ちをして、俺にキスをしてきた。
「ん……み、美結……」
「お帰りのチューです♡」
「もう、嬉しいけど恥ずかしいって」
「えへえへ」
「なんか、今日はご機嫌だね。どうしたの?」
「えー?だって~、明日からお休みでしょ~?」
そう、明日から土日……2日続けての休み。本当はいつもなら土曜日に古本屋のバイトがあるのだが、その日は店長の都合で休みになったのだ。だから俺にとっては、かなり久々の二連休だった。
「お兄ちゃんと~!二日丸々~!ずっと一緒にいられる!」
「それで、今日はテンション高いのか」
「うん!」
にっこりと満面の笑みを、彼女は見せてくれた。
可愛い、うちの妹は可愛すぎる。やばい。めっちゃ今、いろんな人に自慢したい。街中で「見てくださいよ俺の妹!ヤバくないすか!?可愛すぎませんか!?」と言って叫びたい。
「美結」
「うん?」
俺は美結の頬に手を添えて、お返しのキスをした。唇を離すと、美結はぽ~……と、高揚した表情をしていた。
「お兄ちゃん……」
「なに?」
「私……………今日、その………」
「ん?」
「……………………」
言い淀む美結を見て、あ……と、心の中で呟いた。なるほど、そうか。うん、そう……だな。
この前、『ゴム』をちゃんと買ってきたし……そろそろ、いい……かな。特に今日は、明日遅く起きても平気な日だ。夜がどんなに『激し』かろうと、明日に支障が出ることはない。
「えーと……………美結、じゃあ…………」
「……………………」
「お、俺とりあえず、お風呂入って……くる、な?」
「……………………」
「み、美結?」
「い、一緒に…………入、ろ?」
「え………………」
「わ、私もまだ入ってなくて…………一緒に入ったら、お互い、すぐ済む……かなって……」
「よ、よし………じゃあ、うん。一緒に……は、入るか」
美結は顔を真っ赤にして、こくんと頷いた。
俺は、ごほんとひとつ咳払いをした後、美結と一緒に……お風呂場へ向かった。
「……暖かいね、お兄ちゃん」
「う、うん、そうだな」
俺は、美結と一緒に湯船につかっていた。俺の前に美結がいて、彼女の背中が俺の胸に密着している。暖かくて柔らかい肌に、俺はもうドギマギする他なかった。
今、脱衣場もお風呂場も、全部電気を消している。俺の母さんが好きだった入り方をしてみたいと美結が言うので、ちょっとやってみたのだ。
窓から差し込む月の光だけが明るくて……歩かはぼんやりとした、暗がりの世界。
その微かな光に照らされて、美結のうなじから後頭部が仄かに見える。汗と湯気に濡れて光る彼女の姿は、本当に……俺が見て良い光景なのか?とすら思った。
「どうだ美結?面白いか?」
「うん。なんだか、幻想的な気持ちになれる。ロマンチックだね」
「良かった良かった。母さんは度々、これに加えて脱衣場から音楽を流してたりしたんだよな。静かなやつとか癒し系のやつ」
「へえ……それもいいね。もっと安らげそう」
「安らぎ……か。俺はもう、この状況に心臓が爆鳴りしすぎて死にそうだよ」
「……えへ、実は私も」
そう言って、美結は俺の方へ顔だけを向けた。そしてふっと微かに笑うと、眼を閉じてキスをしてきた。
「美結……」
「ふふふ、びっくりした?」
「止めてくれよ……これ以上ドキドキさせると……ここで、襲っちゃうぞ?」
「……いいよ?それでも」
「……………………バカ」
美結は熱く真っ赤になった俺の顔を見て「うふふ」と笑うと、自分の全身を……後ろにいる俺へ預けた。背中全体が俺の胸に乗っかってくる。
「美結……」
「お兄ちゃん、愛してる」
「……………………」
「本当に……たくさんたくさん、あなたのこと、愛してる。どんな言葉でも、全然足りないくらいに……」
「……ああ、俺もだよ美結」
俺は、美結のことを後ろから抱き締めた。美結は嬉しそうに、そして愛おしそうに……俺の腕に触れてくる。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「なんだい?」
「私が死んだら、泣いてくれる?」
「……バカ、冗談でもそんなこと言うんじゃない。泣かないわけ、ないだろう…………」
「ふふふ、ごめんね」
「美結だってそうだろ?」
「……私、後追いしちゃうかも」
「え?」
「お兄ちゃんが死んじゃったら……私も、すぐに死のうとするかも。だって意味ないもん、お兄ちゃんのいないこの世なんか……」
「……………………」
「私、ヤンデレかな?重たかった?」
「ん……いや、いつの間にそんな、愛されてたんだろうな?って」
「えへへ、嬉しいでしょ?」
「そりゃあ、当然」
「お兄ちゃんは、私の明かり。暗闇の中にいた私のこと、照らしてくれた……」
「ふふふ、ポエムかい?美結」
「幻想的なシチュエーションだし、ちょっとカッコつけちゃおっかなって」
「そっかそっか」
「そう……お兄ちゃんは、本当に名前通りに、私の明かり……」
「なんだか照れ臭いな……そんな風に言ってもらえるとさ」
「照れて照れて、もっと照れて」
「もう、このやろ~。あ、そう言えば、美結の名前の由来ってなんなんだ?」
「私は……確かママが言ってたけど、『美しいものと結ばれる』ようにって、わりとそのまんまの意味みたい」
「美しいもの……か」
「だから私、きっとお兄ちゃんと結ばれる運命なんだ」
「おいおい、俺は美しさとは無縁だろ。自分で冴えない顔だなって自覚あるし……」
「もう、そんなこと言わないで。私……お兄ちゃんの顔も、もちろん好きだけど、お兄ちゃんの心が、誰よりも好き。お兄ちゃんの心……美しさでいったら、本当に誰も敵わないよ」
「心が……か。ま、確かに俺の心はダイヤモンドよりも輝いてるしなー。うんうん、世界一かも知れんなー」
「うふふ、自信満々だね」
「これを盲目なナルシストと言う」
美結がクスクス笑うので、俺はさらにぎゅっと……彼女を抱き締めてた。
……俺は、美結とお風呂から上がると、共に着替えや歯磨き等を済ませた。
「私、トイレ行ってくるね」
「おう、じゃあ……先に二階行っとくな」
「うん。あ、どっちの部屋にいる?」
「えーと……じゃあ、俺の部屋で」
「うん、分かった」
そう言って、俺は先に自分の部屋に行った。机の引き出しに隠してるゴムの箱を開けて、二枚ほど取って、ベッドの枕の下に忍ばせた。
「これでよし……と。あ、使い方とか見とかなきゃ」
箱の裏面にある使い方を凝視したり、スマホでやり方を検索した。あらかた方法が分かった俺は、ベッドに仰向けに横たわり、スマホでさらに「初エッチ 注意点」「初エッチ 女の子 気持ちよくするには」「エッチ 挿入 注意点」とか、とにかく童貞の残念すぎる検索をしまくった。
「初めては、やっぱ痛いらしいよな……。上手くできるといいけど」
俺は、美結とすることに興奮してるし、ドキドキもしているが、それと同じくらい……俺に上手くできるだろうか?痛がらせることにならないか?本当にそれが怖かった。
「お兄ちゃん……」
美結が部屋に入ってきた。俺はびくっ!と肩を震わせたけど、あんまりびくびくしてるのも情けないなと思い、「お、おう美結」と平静を装った態度で笑った。
美結がにこっと笑って、俺の隣に寝転んだ。その時……「ん?なにそれ?」と、美結が俺のスマホの画面を指差した。
「あっ!」と叫んで、俺はすぐスマホを布団の中に隠した。いや、いやいやいや……さすがにこんな検索履歴、恥ずかしすぎる。童貞丸出しで……ダサすぎるって。
「お兄ちゃん……さっきもしかして、ちょっとエッチなこと、検索してた?」
「い、いや、これは……えーと、ははは……」
「……お兄ちゃん、ちょっと待ってて?」
「え?」
美結はベッドから起き上がり、自分の部屋へと一度向かった。そして、美結自身のスマホを手に持って帰ってきた。
「お兄ちゃん、見て?」
美結は頬を赤らめながらも、はにかんだ表情でスマホの検索履歴を俺に見せてきた。
そこには、「セッ◯ス 気持ちいい体位」「挿入 初めて 痛くない」「エッチ 初めて 体位 オススメ」と、俺と似たような検索ワードがずらっと並んでいた。
「……み、美結…………」
「お兄ちゃんが帰ってくるまでね、ずっと検索してたの」
「……………………」
「ね、お兄ちゃんのも見せて?」
美結のを見た以上、俺が隠すわけにもいかず、おそるおそる彼女へスマホを手渡した。
彼女も俺の検索履歴を見て、頬を緩ませていた。そして、「あー……顔、熱くなっちゃう」と呟いた。
「えへえへ、お兄ちゃんも私も、一緒だね」
「……ふふふ、うん。一緒だな」
「ね、お兄ちゃん。私……お兄ちゃんが初めてで、そして……最後の人に、なりたいな」
「!」
「意味、分かるかな?」
「……もちろんだよ」
俺は美結を押し倒した。ベッドがぎしっと揺れて、その振動で俺たちも少し揺れた。
「俺も、生涯で抱く女の子は……君だけでいい」
「えへへ……」
「美結、俺も初めてで……その、バカみたいな失敗とかしちゃうかもしんないけど、それでも一生懸命頑張るからさ、だから……」
「ふふふ」
美結が、もうそれ以上言わなくていいよ?と言わんばかりに、キスをしてきた。
「お兄ちゃんに出会えて、本当に良かった」
美結はそう言って笑ってくれた。
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