出来しか残らない

水円 岳

「デカ長、容疑者を連れてきました」

「ああ、ご苦労。容疑者と言っても、俺の面前でやらかしたから犯人だな。あんた、名前は?」

「……」

「黙秘か」

「クソクラエだっ!」


 男がいきなり叫び出した。取り押さえた時もひどく興奮していたが、まだその状態かよ。


「なにがクソクラエだ?」

「あんなやつは、生かしておくだけ無駄だ!」

「あんたに何の権限があってそう断ずるのか知らんが、刃物で切り刻むのはさすがにまずいだろう」

「やかましいっ!」


 気色ばんで身を乗り出してくる。やらかしたあとも怒りが治ってねえのか。ったく。


「あんなクソみたいなオーダーしやがって!」

「あーん? おまえがそいつの客でも、そいつがおまえの客でもねえだろ。なに勝手にイキってんだ」

「ちっ!」


 男が苛立たしげに貧乏ゆすりを繰り返す。


「あのな、おっさん。世の中には流儀ってのがあんだよ」

「おめえさんだけのだろ」

「黙って聞いとけや!」

「はいはい」


 こらあ、こいつの興奮が収まるまで聴取にならんなあ。やれやれ。


「俺は、散歩は深夜にするって決めてんだ」

「すぐ職質の餌食になるだろ」

「やかあしい! 深夜にはいろいろ出来事が起きるもんなんだよ!」

「おまえさんが起こしたのがとんでもない出来事だってくらい、俺にもわかる」

「ちっ!」


 こいつ、ガイシャをバラしたのにまだ敵意剥き出しにしてやがる。相当どたまに来てるんだろう。

 だがガイシャとこいつとの間には、過去に接点がない。ファーストコンタクトで、いきなり刃物振り回してずたずた? 危ないやつなのは見りゃあわかるが、それにしても衝動的すぎねえか?

 男が怒鳴った。


「なんだよ! 人が苦労してタイトル八文字で統一してるのに、お題が深夜の散歩で起きた出来事、だと? 最初っから八文字超えてるじゃん!」

「だからバラしていいってことにはならんだろ。分別なく切り刻みやがって。『出来』しか残ってねえ」



【おしまい】

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出来しか残らない 水円 岳 @mizomer

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