出来しか残らない
水円 岳
☆
「デカ長、容疑者を連れてきました」
「ああ、ご苦労。容疑者と言っても、俺の面前でやらかしたから犯人だな。あんた、名前は?」
「……」
「黙秘か」
「クソクラエだっ!」
男がいきなり叫び出した。取り押さえた時もひどく興奮していたが、まだその状態かよ。
「なにがクソクラエだ?」
「あんなやつは、生かしておくだけ無駄だ!」
「あんたに何の権限があってそう断ずるのか知らんが、刃物で切り刻むのはさすがにまずいだろう」
「やかましいっ!」
気色ばんで身を乗り出してくる。やらかしたあとも怒りが治ってねえのか。ったく。
「あんなクソみたいなオーダーしやがって!」
「あーん? おまえがそいつの客でも、そいつがおまえの客でもねえだろ。なに勝手にイキってんだ」
「ちっ!」
男が苛立たしげに貧乏ゆすりを繰り返す。
「あのな、おっさん。世の中には流儀ってのがあんだよ」
「おめえさんだけのだろ」
「黙って聞いとけや!」
「はいはい」
こらあ、こいつの興奮が収まるまで聴取にならんなあ。やれやれ。
「俺は、散歩は深夜にするって決めてんだ」
「すぐ職質の餌食になるだろ」
「やかあしい! 深夜にはいろいろ出来事が起きるもんなんだよ!」
「おまえさんが起こしたのがとんでもない出来事だってくらい、俺にもわかる」
「ちっ!」
こいつ、ガイシャをバラしたのにまだ敵意剥き出しにしてやがる。相当どたまに来てるんだろう。
だがガイシャとこいつとの間には、過去に接点がない。ファーストコンタクトで、いきなり刃物振り回してずたずた? 危ないやつなのは見りゃあわかるが、それにしても衝動的すぎねえか?
男が怒鳴った。
「なんだよ! 人が苦労してタイトル八文字で統一してるのに、お題が深夜の散歩で起きた出来事、だと? 最初っから八文字超えてるじゃん!」
「だからバラしていいってことにはならんだろ。分別なく切り刻みやがって。『出来』しか残ってねえ」
【おしまい】
出来しか残らない 水円 岳 @mizomer
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