満月の夜中に

信仙夜祭

満月の夜に

 眠れなかったので、夜中に散歩に出かけた。


「仕事、失敗しちまったな……。何処に飛ばされるやら」


 今日は、社長に怒鳴られた。昨日は、部課長だったな。

 明日からが、つらい。


「……辞めるか」


 もう、未練もない。

 疲れ過ぎている。

 そんな時だった。


 ――ワォ~ン


「犬かな?」


 何か遠吠えが聞こえた。

 意味もなく、その方向に足を向ける。

 だけど……、その先は山林だった。


「野犬か? いくら田舎と言っても、保健所が動いていそうだけど……」


 後で通報するのもいいだろう。

 俺は、姿形もしくは、毛色を確認するために獣道を進んだ。

 懐中電灯を照らして……。



 そこには、想像すらしていなかった光景が広がっていた。

 狼男が、熊を狩っているんだけど? 狼人間?

 血の匂いが、充満している。

 紛れもない、現実を俺に突きつけて来る。

 ここで、狼人間と目が合った。

 熊の肉を噛みちぎって、一飲みすると、狼人間が立ち上がった。


『おい! 懐中電灯の光を当て続けるなよ!』


 自分で自分に突っ込む。

 だけど怖いモノ見たさが、俺の恐怖心を上回った。

 いや、人生に疲れてしまって、あの牙で楽にして欲しいと、無意識に思ってしまったのかもしれない。


 だけど、次の瞬間……。狼人間が消えた。


「……物証の熊は、残したままなんだな」





 次の日に、会社の倒産が報告された。

 従業員の出入り口に紙一枚って……。

 社長は、逃げたらしい。従業員は、部課長の家に押しかけて、暴言を吐いていた。

 警察まで呼ばれる始末だ。


「責任者なんだから、責任取れよと言いたい」


 俺は、それよりも昨日の山林に向かった。

 獣道を進むけど……、どんなに探しても熊の死骸は見つからなかった。血痕を全て消すこともできないと思うので、俺の夢だったのかな?


「誰にも相談しなくて良かったな。ストレスが、爆発して幻覚でも見たんだろう。つうか、昨日の夜に散歩したのかも怪しいな」


 会社もなくなって、気も楽になった。

 本当は、ここからつらい生活が待っているんだろうけど……、まあ何とかなるだろう。

 少し休憩して、次を探そう。

 そう思って、獣道を降りた。



「ここは、何処ですか?」


 目の前には、一面の平野が広がっていた。

 知らない場所なんだけど?


「良く来てくれました。異界の勇者さん」


 背後より、声をかけられる。

 20歳前後の綺麗な女性が、そこにいた。

 そして……、気が付いてしまった。


「昨日の、狼人間……」


「うふふ。鋭いですね~」


 その後、連行される。


「何処に行くんですか?」


「異世界に来たのに、冷静なんですね?」


 移動が馬車なんだし、素直に受け入れますよ。

 空を見ると、ドラゴンが飛んでんだし。


 俺の新生活……。どうなることやら。

 少し時間がかかったけど、村に着いた。建物は、粗末としか言いようがない。せめて、石作りの建物くらいの文明が欲しかった。

 ナーロッパじゃないなこれ。もっと古代だ。それと、亜人の村みたいだ。


「もう一人、連れて来ました」


 女性がそう言うと、見知った顔が現れた。


「社長! てめぇ!」


 せめて一発は殴りたかったんだけど、止められた。

 つうか、異世界に逃げるなよ。元の世界で責任取れよ!


「待て待て。この世界で一発当てようぜ? なっ?」


「てめぇとつるむ気はない!」


 折角の異世界だけど、スタートで躓いてしまった。

 その後、満月の日であれば、往復できることが分かった。


「俺は……、どちらの世界で生活するのか考えないとな」

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満月の夜中に 信仙夜祭 @tomi1070

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