帝国千夜奇譚

帝国妖異対策局

深夜の散歩で起きた出来事

 地方の田舎に引っ越してから半年。 


 私は毎晩、自宅から不破寺神社まで散歩に出かけるのを習慣にしている。途中で山道を進むことになるが、この15分ほどの時間が私にとっては怖くもあり楽しみでもあった。


 小高い丘の上にある神社に辿り着くと、眼下には人々の営みを感じさせる灯りがポツポツと見える。それでも虫の声さえ異界のもののように聞こえる境内にいると、もう自分がこの世のものではないのではといつも思ってしまう。


 時折、車が遠方の道路を進んで行く様子を見ると、自分がまだ現世にいることを思い出すことができる。


「こんばんは」


 後ろから声を掛けられて、私の心臓が跳ね上がる。こんな夜遅くに人がいるなんて、これまで一度もなかったから。


「ど、どうも! こんばんはー」


 驚いたことを隠すように、私は頭を掻きつつ後ろを振り向いた。


 しかし、そこには誰もいない。


 私の背中を冷たいものが走り、思わず身震いする。


 警戒すべき誰かが私の近くに潜んでいるのではという普通の恐怖と、


 何かこの世ならざる怪異に遭遇しているのではと腹底からくる恐怖に震える。


「ど、どなたかいらっしゃいますか?」


 震えつつ発せられた私の問いに答えるものはいない。


 ひょっとして幻聴だったのか?


 確かに幻聴だったに違いないと、私は自分に言い聞かせようとする。しかし、耳と脳髄はそれを否定するかのように、先程の声を頭の中で明瞭に再生を繰り返した。


 若い女性の声。


 だったように思う。


 私はこの神社の由来を思い出す。確か、この地域で人々を苦しめ続けた幽霊だか妖怪だかを、鬼の一族が鎮めて祀られたのだとかそんな話だったと思う。


 昔は、この神社も賑わっていて、季節ごとに祭りが催されていたと地元にある小さな商店のおじいさんから聞いたことがある。


 だが今は過疎化が進んで祭りは行われなくなり、今では地元の人が時折、清掃に訪れるくらいになっている。昼間にここを訪れたときも、ここで誰かに会ったことは一度もなかった。


 せっかく皆を守ってくれたのに。

 賑わいも減ってしまえば、寂しさもひとしおだろうな。


 そんなことを考えると、恐いという想いよりも、過ぎ行く時の切なさが胸を満たす。


「つまらんものですが、これをお納めください」


 私は帰りの道すがらで飲もうと持っていた炭酸飲料を、小さなお社の前に置いた。


 パンパン


 確か二礼二拍手一拝だったか、うろ覚えの拝礼をして頭を下げた。


 また怖い気持ちが戻ってくる前に帰ろうと、私は参道をやや速足で歩き始めた。


「ありがとうですん」


 また女性の声が聞こえたので、私は立ち止まって振り返る。


 やはり誰もいなかった。


 だが、今度はそれほど怖い思いを覚えることなく、私はそのまま山道を降りて行った。


 まぁ、お礼を言われて悪い気はしない。


 キチンとお礼を言ってくれる何かは、たぶん悪い何かであるはずもないだろう。


 明日はお菓子でも供えてみるか。



~ おしまい ~



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