第11話 下を向いたまま

 いつも愛を伝えていた携帯電話に囁いた。


 「さようなら・・・・・」


 携帯電話からは何も聞こえてこない。ただ聞こえるのは、哀しみの風の音だけ・・・・・


 いつのまにか話が途切れ、いつのまにか笑わなくなった。


 互いを大事に想うやさしい気持ちも、切れた電話みたいに、もう通じてはいない


 せめて瞳を合わせて言いたかった、別れの言葉。


 別々の世界の二人をつなぐのは、今はただ携帯電話だけ。


 気が遠くなる位の沈黙が過ぎ去ったあと、電話が消え入りそうなちいさな声を運んできた。


 「もう一度だけ 逢って・・・・・」


 翌日の夕暮れ時、夕焼けが紅く悲しみ色に染めた街。


 何回も通い愛を育てた懐かしい部屋の前に立つ。


 鍵は開いていた。いつもと変わらぬ部屋にはいる。


 心を、体を、想い出を温めてくれた小さなコタツのいつもと同じ場所に、彼女が下を向いて座っている。


 「ごめんね・・・・・」


 コタツには入れずに彼女に声をかけた。


 さらさらの長い黒髪が、哀しむ顔を隠していた。言い訳さえできずに、ただ立ち尽くしていた。


 泪がしずくに変わる前に、もう一度だけ言った。


 「さようなら・・・・・」


 ドアを開けて出ていく時も、彼女は黙っていた。ずっと下を向いたまま・・・・・


 壊れた幸せに、すべての色をなくした独りだけの部屋の中。小さな真紅の滴りだけが、彼女の左手首を飾っていた・・・・・

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