第10話 友人に誘われて

 赤ん坊の泣き声が聞こえる。誰も居るはずなどない天井で。ズルズルと重い何かを引きずるように、わからぬ何かが天井を這う。


 友人が所有している古い貸家の話である。埼玉の大きな貯水池の近くに、ひっそり建つ一軒家。物静かで緑豊かな閑静地である。


 日中は景観に恵まれたこの地であるが、夜など人っ子一人見ることはない。夜虫の集う街路灯さえほとんど無い。


 まるで闇に潜む人外のものが潜む宿。そんな一軒家である。家賃を安くしても、まったく借り手がつかない。


 近隣では知らぬ者などいない。「出る」と評判である。


 いままでにも、雑誌社などの何人かの物好きが、事実確認のためにその家で一晩明かしたが、翌日の朝にはすべての者が青い顔をして引き上げていった。


 その貸家の所有者である友人に、冗談半分に誘われて、人外の存在などまったく信じない別の友人と一晩眠れぬ夜を過ごした。


 腕時計は0時30分を指していた。友人と2人だけの部屋である。古い蛍光灯が不規則に点滅を始めた。


 聞こえる確かに・・・・・小さくかすれた泣き声が。間違いなく赤ん坊の声が聞こえる。


 「近所の赤ん坊の泣き声だろ」


 霊など信じない豪胆な友人は笑う。しかし近隣に人家などまったく無い。


 例の音も聞こえてきた。


 「ズル ズル ズル・・・・・」


 まるで大きな蛇が這うような音。動きの先頭に赤ん坊の泣き声が。赤ん坊の顔を持つ大蛇が天井を彷徨っているようだ。


 さすがの友人も顔色が変わっていた。身の危険を感じ家を飛び出すつもりで、「逃げよう」声を発したつもりが、声は出ない。身体も動かない。


 時間も忘れ恐怖に支配された・・・・・


 朝日が救いの手を伸ばすころ、我々2人は心を奪われたまま家を後にした。


 いまだにその家は実在している。

 永遠に借り手の無いままに・・・・・

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