第8話 最終バス
帰り際急な仕事が飛び込んできた。予想外に処理が手間取り、中央線立川駅発の最終バスにかろうじて走り込んだ。
いつも指定席にしている一番後ろのベンチシートの右端に、ゆっくりと腰を落とした。
疲れきった身体で急に走り込んだせいか、ドクンドクンと弾む心臓の鼓動を、無理やり押さえ込んだ。
バスに乗り込んで20分も経てば、自宅近くのいつもの停留所に滑り込む。
最終バスのせいか乗客はほとんどいない。なぜか寂しい感じである。
今夜は何となくバスの中が薄暗い気がする。マイクの故障なのか、次の停留所を報せるアナウンスさえも聞こえてこない。
一番後ろのシートからバスの中を見渡すと、前から2列目のひとり用シートに若そうな女性が一人座っているだけである。
真っ直ぐに伸びた長い黒髪が、とても目立つ女性である。
まあ最終バスだから乗客が少いのは当たり前ではあるが・・・・
深夜のせいかバスの窓の外を、明かりが消えた漆黒の闇が後ろに飛ばされていく。
疲れた頭で妄想をしてみた。
笑顔の可愛い娘さんかな?
スタイルのイカしたOLさんかな?
飛ばすバスの揺れが体を弾ませるが、女性はひっそりと静かに座っている。
ただ静かに・・・・
まったく揺れることもなく・・・・
何故か不安感と胸騒ぎを覚えた。
胸騒ぎと不安を詰め込んだバスは走る。
揺れる私と、まったく揺れない女性の二人を乗せて・・・・・
なんか鼓動が大きくなる。
喉がごくりと鳴った。
暗闇に見慣れた景色が浮かぶ。いつもの停留所のひとつ手前のバス停が近づた。
ふと気がつくと、いつのまにかあの若い女性が降車口の前に立っている。停車のボタンは押されないまま・・・・・
ひとつ前の停留所でも降りないまま、ただ立っている。なぜか降車口の前でボタンも押さず、ただ静かに立っている。
運転手も気がつかないのか、無言のままバスは走る。
間もなくいつものバス停が近づき、慌てて停車ボタンを押した。
停車アナウンスも今夜は流れない。
降車口で立っている女性の横をかすめて、急いで降車した、
女性の横を通り抜けるとき、なぜか分からないが菊の花の香りが甘く漂った。
暗い闇の中を走り去るバスを目で追いかけたが、バスの中に女性の姿は見えなかった。
なぜか怖かった。
さっきの若い女性が怖かった。
訳もわからない胸騒ぎに、胸の鼓動がまた早まる。
でもバスを降りたことで、ほっとして、ため息をひとつ。道路の向こう側へ渡る安全確認ために後ろを振り向いた。
立っていた・・・・・
あの若い女が立っていた。
背中に張り付きそうなすぐ後ろに、
ただ下を向いて静かに・・・・
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