第6話 足音
本来、足音がするはずがない時間や場所で足音が聞こえてくる、そんな経験がありますか?
今、思い出して考えてみると、たぶん私の勘違い、いや聞き違いだったのだと思っている・・・・・
昔、私が働いていた職場には、いまどき珍しいが宿直当番があった。職場の男たちが順番で宿直をするのがルールであった。
職場の防犯が宿直の役割である。宿直は宿直室があり、そこで18時から翌朝9時まで行う。
来客者が出入りする出入口のドアから
いくつかの部屋が並んでいる。外部から来る者は、①玄関のドアから室内に入る。
室内は玄関側から順番に、②事務室、③所長室、④宿直室と続き、宿直室の先に⑤トイレ、そして⑥ホールの入口のドアがある。
ドアを開けると、⑦ホール、さらに⑧中庭に出るドアを開けると、⑨中庭となっている。
②事務室から⑥ホール入口のドアまでは、もうかなり古い板張りの廊下が続いている。
①玄関のドアは18時に施錠する。
⑧中庭側のドアも18時に施錠する。
⑥ホール入口のドアは半分壊れかけた引戸で、開け閉めには苦労する。男性が力一杯引っ張って、ガタピシ大きな音と振動を伴うほどだ。
この⑥ホール入口のドアも18時に宿直当番が閉めておく。玄関側からも、中庭側からも外部の不審者が入れぬように。
したがって②事務室、③所長室、④宿直室、⑤トイレをつなぐ廊下は、18時に閉ざされた空間となる。
ただひとりだけ残される、宿直当番のみを残して・・・・・
宿直当番は18時に施錠し、事務室で残した仕事などを片付けて、20時頃までに消灯した後、宿直室に入る。
宿直室は6畳一間であり、布団一式と古いテレビが一台設置されている。そして壁になぜか、軍服がハンガーにかかってぶら下がっている。
初めての経験する宿直当番の夜。
上司からも特に注意は無かった。
いつも冗談ばかり言ってふざけている先輩が、珍しく真顔で囁いた。
「気をつけろよ。夜中に宿直室のドアを絶対に開けるな。ドアを開けて廊下を覗くな」
意味がわからないまま、しかし宿直の夜は急ぎ足でやってきた。
柱の時計は既に1時を回っていた。
宿直室でテレビを見ていたが、突然ノイズが走る。チャンネルを変えてみたが、どこも同じで諦めてスイッチを切った。
強制的な静けさが空間を満たし、宿直室は闇に包囲される。
古いテレビだから故障したかな?
もう遅いから、そろそろ寝るか。
宿直室の照明を落とし眠りに入る。無音の闇の中、意識が遠退いていく。
「ギシッ、ギシッ、ギシッ」
宿直室のドアの外で、まるで廊下を静かに歩くような音が・・・・・
足音はホールの前からトイレの前へ、宿直室の前を過ぎる。所長室の前を通り事務室の前へ、そしてゆっくりとまた戻ってくる。
「ギシッ、ギシッ、ギシッ」
頼むから、宿直室の前には来ないで。そう祈った。
それなのに、それなのに・・・・・
足音は・・・・・
私の居る宿直室のドアの前で・・・・・
静かに止まった・・・・・
まるで中に居る私を確認しているかのように、闇の気配がドアの前に立つ。
ドアの前に誰かが居る。
いや何かがドアの前に立っている。
心臓は破裂しそうに鼓動し、身体が硬直し恐怖が押しつぶす。
「勘弁してください」
思わず震えながら両手を合わせ祈った。
壁に掛かっている軍服に・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます