第3話 神さえ逝かす

 賢明な読者の皆さんは、空に浮かぶ雲の成分は、ほとんどが糖質で構成され、神々の食する聖なるものとされていたのは、ご存知のところである。かって天界では、雲の過分な摂取により、13貫を超過する神は何柱も存在したといわれている。


 その結果、地上に降臨する際には、飛天術も使えず、杉の木を利用する神も多かったと伝えられている。


 話を戻すが、激烈なクシャミにより杉の木から落下した神は、御重量19貫を数え、飛天術も使えず地上に激突し、逝ってしまったと記されている。


 万能の神がはたして逝くのだろうか?

 神は不老不死ではなかったのか?


 残念ながら、神であっても逝く時は逝ってしまうことが神話により明かされた。


 萌える夜などには、逝ってしまう神々も少なくなかったのは、妄然の事実として秘密裏に語り継がれている。


 天界では急遽、神木落下対策本部が設けられていた。ご神木であり、ふくよかな神の地上への有効な移動手段であった杉の木が、天界に牙をむいたのだ。


 慎重な解析の結果、『悪魔の粉』の存在が初めて認識されたのであった。


 杉花粉は古の時代においても、認識はされないままに存在はしていた。しかし、発生量が突然に激増し悪魔の粉へと変容したのだった。


 激増の理由は明らかであった。

 愚かな人間たちが、自らも天界を目指して登るために、その通路となる杉の木を植林した時代が続いた。


 急増する杉の木と、天界を目指す愚かな人間の様は神話『ジャックと杉の木』などにも記されてあるところである。


 神々は急増した杉の木を絶滅させ、天界への人間の侵入を防いだという。しかし、しかしである。自然の摂理とは、あな恐ろしきもの。


 万能の神が行った杉絶滅作戦が、杉の木自らが滅亡を逃れるために花粉を濃密かつ大量に射出させたことを、神々は存じあげなかったのだ。


 結果としてではあるが、杉の木は天界に逆襲し、万能の神さえ逝かしてしまったのである。


 この神クシャミ落下事件以降、杉の木の怖ろしさを認知し、春の悪魔として忌み遠ざけたといわれている。


 神々は杉の木が、ますます生い茂る季節を忌み嫌い『嫌生い』と名づけ天界の教訓とし、その名称『いやおい』が変容し、春を『弥生』と呼ぶようになったのは、賢明な読者の皆さんなら、既に理解されているところである。


 天界に御わす万能の神々さえも、逝かせるという春の悪魔が本領を発揮する春こそ、暗黒の季節と言わざるを得ない。

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