深夜の公園で指輪を拾った

青キング(Aoking)

深夜の公園で指輪を拾った

 深夜の公園には何かを悩みを抱えた人々が、それこそ深夜の街灯に群がる蛾のように意図なく集まるのだ。

 コンビニで買った缶ビールを片手にベンチ座るサラリーマンや、公園の女性用トイレに入って明け方まで出てこない男子高校生や、何のためか公園のゴミ籠に捨てられた空き缶を大量に持ち帰っていく作業服を着たおっさんや、種々雑多な人々が深夜の公園には集う。


 そんな奇人変人の中に深夜の公園を彷徨う僕も含まれていると思うと、なんだかすべての人間似たり寄ったりだな、と感じてくるから不思議だ。

 僕が深夜に公園に来る理由は、ただ一つ。


 深夜というものを味わいたいからだ。


 どこぞの漫画の主人公みたいに深夜に吸血鬼と出会うことはないが、深夜の散歩をしているときは自分が吸血鬼のような夜行性にでもなったような気分になれる。


 そんな自分の行動の必要性を弁じながら公園内を歩いていると、ふと地面に光る矮小な物を見つけた。

 屈んでよく見てみると、光るものが宝石のついた指輪であることがわかった。


 どんな人が落としたのだろうか?


 落とし物を見ると、まず所有者の人物像を空想する。

 指輪に嵌められた宝石は月夜にもはっきりと光を受けて輝いており、単なる装飾品ではなく価値の高い物であると推測できる。


 所有者は男か女か?


 右手の薬指に指輪を嵌めようとするも、第二関節辺りでつっかえてしまう。

 男性でも指の華奢な部類に入る僕で入らないのなら、この指輪をつけていたもしくはつけるはずなのは女性だろう。


「はあ、はあ」


 指輪を矯めつ眇めつして眺めていた僕の背後に、走った後のように乱れた呼吸が聞こえた。

 振り返ってみると、スリーピースに身を包んだすらりとした青年が膝に手をついて懸命に呼吸を整えていた。

 青年は僕の手に指輪があるのを視線で確認してから口を開く。


「はあ、その指輪どこにありましたか?」

「ここ」


 僕は今自分が立っている地面を指で示した。

 そうですか、と青年はほっとした声を出す。


「見つかってよかった。その指輪返してくれませんか?」

「そもそも拾っただけで僕のじゃないけど、はい」


 しらばっくれて自分のものにしてしまう度胸は僕にはなかった。

 そんな度胸があれば、こんな深夜に公園を彷徨うなどという狂人じみた行動はとっていないと思う。

 指輪を差し出した僕の手から息を切らしている青年が指輪を取る。


「ありがとうございます。もうなくしませんから」

「そう」

「本当は女性に渡すつもりだったんですけど、失くしてしまって困っていたんです。これで女性に渡せますよ」


 よかった面目が保てる、と安堵した声を言ってから青年は踵を返して公園の出口の方へ去っていった。

 どうして彼女と呼ばないんだろう?

 青年が去った後の僕の頭にはそんな疑問が浮かんだ。



 次の日、またも僕は深夜の公園で散歩していると一人の仕事帰りのように皺のできたスーツを着た中年男性に話しかけられた。


「君。昨日ここで若い男に会わなかったかな?」

「会いましたけど、それが何か?」


 指輪を返してほしい、と言ってきた青年の事だろう。

 僕が答えると中年男性は目に困惑を表わした。


「なんてことだ。あいつに指輪を返してはいけないのに」

「はあ」


 僕には何のことやら、である。

 中年男性は必死に思案するように目線を地面に落とし、ほどなくして僕へ目を上げた。


「君の会った若い男は、何と言って指輪を返してもらったんだね?」

「女性に渡すつもりだったけど失くした、とかなんとか。女性って彼女ってことですよね」

「その女性は私の娘だ。娘にあの男を近づけさせてはいけないんだ」


 むくむくと怒気が湧いている声で言った。

 そんなことを僕に語られてもどうも出来ないのだが。


「そうですか」

「あの男が娘にプロポーズするつもりなんだろう。だが娘にはもうすでに夫がいるんだ。訴訟沙汰になる前になんとかしてプロポーズを食い止めないといかん」

「頑張ってください」


 僕にとっては他人事なので応援だけはしておいた。

 こうしちゃいられない、と中年男性は呟き、胸ポケットからスマホを取り出して誰かと電話で連絡を取りながら公園の出口の方へ去っていった。


 面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだぞ。


 指輪を拾っただけで三角関係の後処理の火花を食らうのは御免こうむりたい、と思いながら足を休めるためにベンチに腰かけた。


 その後、一年ほど経った頃に読んだネット記事の中に興味深い記事を見つけた。

 とある市議会議員が殺人罪で逮捕されたのだ。

 殺人罪で逮捕された議員には妻がいるらしく、その妻は一年前に何者かによって殺害されていた。

 今になって殺人容疑が夫である議員に固まり逮捕に至ったそうだ。

 ネット記事に載っていた容疑者の写真を見ると、僕が指輪を返してあげた青年の顔だった。


 もしかしたら僕は犯人の殺人に至るまでの経緯の中に入り込んでいたのかもしれない。


 今回は無関係で終わることができたが、今後たまたま見たものや拾ったものの原因で殺人事件の渦中に放り込まれてしまう可能性もある。

 巻き込まれた側はたまったものじゃない、と僕は身震いしてネット記事を閉じた。

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