ちょっと不思議な急死に一生スペシャル

椎楽晶

ちょっと不思議な急死に一生スペシャル

 学校の階段や都市伝説には定番がいくつかある。

 でも時折、地域独自の『噂』があって、これもおそらくその類だろう。


【真夜中に開いている本屋さんに閉じ込められて行方不明になる】


 行けば夢の様な体験が出来るが、何度も通っていると閉じ込められて帰れなくなる、と言う噂。

 意味不明だ。まぁ、噂なんて大体が荒唐無稽で意味不明だけれど。

 『本屋』なのに『夢のような体験』って何?閉じ込められるって分かってるなら『何度も通』わないだろう?


 僕は最初にこの噂を聞いた時、馬鹿らしいと鼻で笑った。





 塾終わりの肉まんとホットカフェオレは格別だ。

 行儀が悪いと言われるだろうけれど、どうせこの時間帯は誰も歩いていないので歩き食いだ。じっと止まっていると単純に寒いし。

 肉まんの最後の一口を口に放り込み、やや冷め始めたホットカフェオレをすすってハァ〜と息を吐き出す。

 そう言えば、今日友人から聞いた七不思議だか都市伝説だかでは、


【真夜中に開いている本屋さんに閉じ込められて行方不明になる】


 は、まさにこんな感じの、店のしまった時間帯にポツンと1件だけで開いているらしい。


 まさか、そんな…と思いながらも、ついつい目線で探してしまう。

 真夜中というにはまだ早いけれど、コンビニや深夜営業のファミレス以外は閉まっているような時間帯。

 普段は気にせず通り過ぎる細い路地を横目に探って見てみたら、なんとびっくり!!灯りが見えるではないか!!

 思わず二度見してしまったけれど、車のヘッドライトでも自販機でもない。

 それは『店舗』の灯りだった。

 【体験型書店】と、書かれた看板以外に外観には何も説明がない。

 中を覗こうにもガラスの引き戸の入り口には、目隠しのフィルムが貼られ内部が見えない様になっている。

 こっそりひっそりある、エッチなDVDや本を売っている大人のお店なのかもしれない。

 未成年で、塾帰りの学ラン姿で入る勇気もなく…結局、僕はドキドキしながらもその日は帰ることにした。





 翌日の塾帰り、僕はあんまんを食べながらホットミルクティーを飲みつつ歩いていた。

 時間は昨日と同じくらい。

 暗く静まり返った街並みの中、細い路地の向こうでぼんやりと光るお店がやっぱりあった!!

 さりとて、条件は昨日と変わらない。未成年で学ラン姿。


(せめてお客さんの1人でも出てきて、中が伺えないだろうか?)

(それが知り合いならなお良い。話を聞いてみたい)


 じっと待つこと10分ほど。あんまんとミルクティーで温まった体が指先から徐々に冷えていく。

 カラリ、と引き戸が開いて中から人が出てきた。

 失敗したのは、真正面でなければ開閉の隙に中なんて見えないと、ピシャリと閉められる音を聞いてから気がついたこと。

 最も、出てくる人に気を取られて中を伺うどころではなかったかもしれない。

 出てきた人物は、高校入学以来、引き篭り始めた兄だった。

 

(滅多に部屋から出ないのに、こんな時間に外出しているなんて!?)


 まるで正月の宴会で酔っ払った父のような千鳥足で、ふらふらと横を通り過ぎて行く。

 まるで僕なんて…人なんて目に入っていないように。





 フラフラ歩く兄の後ろをトボトボ付いて歩いて帰宅した日から1週間。

 塾帰りに謎のお店に寄って、千鳥足の兄の後ろを帰る日が数日続いたけれど、最近はどれだけ待っても出てこない日が続いた。

 どれだけ、と言っても真冬の寒空の下なので30分が限界だったけれど。

 僕が帰宅してからしばらくすれば、ガタガタと玄関から音がして兄が帰ってきたのが分かる。

 深夜の12時近くを示すスマホの画面に、こんな時間まで何をしているのか?一体、なんのお店なのか?気になってしかた無くなり、意を決して行ってみることにした。

 夜に確認するのは怖かったので、学校も塾もない日の昼間。

 いくら必要なのか分からなかったので、貯めていたお年玉貯金の2万円をお財布にいれてお店に行く。

 入り口からまっすぐ真ん中に通路があって、それはお店のレジカウンターとその横の本棚に向かっていた。

 通路の両サイドは漫画喫茶みたいに、板で仕切られたブースが並んでいる。

 カウンターのお兄さんは一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐにニコッと笑って本棚から1冊選ぶように勧めてくる。

 わけもわあらず見上げた本棚だったけれど、どれもこれも気になる本ばかりだった。あれこれ悩んで選んだ1冊を抱えて手渡された鍵を受け取ろうとしたところで、横から腕を掴まれた。


 目を見開いて、驚いたような怒ったような顔をした兄だった。





 僕はそのまま抱えていた本を兄に奪われ返却され、腕を掴んで連れ出されてしまった。

 部屋から出ない間に身長のだいぶ伸びた兄とは歩幅が合わず、引きずられるように必死に走る。

 先を行く兄も無我夢中だったのか、ようやく立ち止まったのは家とは真反対の公園だった。

 休日の昼とはいえ冷え込む季節なので、人はまばら。白い息を荒く吐きながらなんとか呼吸を整え兄を見ると、引き篭り生活で体力がだだ下がったのか、ベンチに崩れ落ちるように倒れ込み、ゼェ…ヒュウ…と喘いでいる。

 僕はベンチの近くにあった自販機から水を買って、兄に渡した。

 寒いから暖かい方が良い気もしたけれど、今は水だろう。

 僕の分はホットココアにした。


 「あの店には行くな」


 渡した水を半分くらい一気に飲んで、唇の端から少しこぼれた分も一緒にぬぐいながら兄が言った。


 「俺も、もう行かない。だからお前も行くな。」


 言いたいこと、聞きたいことは沢山あった。

 兄が連日入り浸り朝帰りだってするほど通っていた店を気にするななんて無理だし、行くなというならせめてどんな店だったのかくらい教えて欲しかった。

 けれど、行くな聞くな、の一点張りで話にならず。その日はそのまま兄に連れ帰られた。目を離したらこっそり戻って店に行くと思われたのか、腕を掴まれながら歩いた。恥ずかしかった。





 兄の『自分も行かない』なんてどうせ嘘だ。そう思っていたのに、兄は確かに店には行っていないようだった。

 相変わらず引き篭りだったけれど、常に部屋に気配を感じた。

 そうしてしばらくして、僕は受験を終え無事に合格し入学を果たした。

 入学式から帰ると、兄は部屋から出ていた。美容院に行ったのかバッサバサだった髪はさっぱりと整えられ、清潔感ある服装になっていた。

 バイトの面接に行ってきたらしく、週明けから工場のラインだ、と言っていた。

 母はめちゃくちゃ喜び、その日の夕ご飯は物凄く豪華だった。クリスマスや誕生日でもここまでご馳走じゃない。

 いつも何かしらピリついた空気が充満してた我が家が、ようやく張り詰めていたものを吐き出したような。そんな緩んだような気がした日だった。


 数日後、どこそこ中学の生徒だった男の子が行方不明だ、と張り紙が貼られるようになった。

 駅前では家族がその子のビラを配り、必死に協力を要請している。


 たまたまスーパーでお菓子を選んでいた時に聞いた話は、どっかの家の旦那さんが帰って来なくて『女と出てった』『奥さん怖いから』と、ヒソヒソしているのが聞こえた。


 ある日、高校同士の部活の演習試合で来ていた同じ中学校だったやつが、『先輩のバイト先の知り合いが住んでる家の隣人が、ずっと帰ってないらしい』と言っていた。


 これらは時間をおいて聞いたので、その時は変に思わなかった。

 中学生の失踪はなかなかに事件になって連日報道されたが、どっかの家の旦那さんや知りもしない人の隣人の失踪は現実感もなく聞き流して終わった。

 

 だいぶ経って、両親もすでに亡くなり何回目かの法要で久しぶりに帰った実家で、兄と酒を酌み交わしながらふっと気になって聞いてみた。


 「あの店って結局何だったんだい?」


 僕たちは幾つも歳をとってシワやら白髪やらに塗れているのに、そう聞かれた瞬間に兄の表情はあの冬の日の驚いたような怒ったような顔になった。

 ポツリポツリと兄が語ったのは到底信じられない荒唐無稽な話だった。

 店員1人きりで本棚も1つきり。なのに、いつもドンピシャな本がみっちり詰まっていて、選び抜いた1冊を胸に店員から受け取った鍵で個室に入り、横になって本を顔に被る。すると、本当にその『本』の中を『夢』で体験できる、と言うのだ。

 全くバカバカしいと思いながらも、兄の言葉はその『夢』の話以外にはリアリティがあった。

 

 引き篭り生活で家の中の空気に耐えられなくなり、衝動で飛び出して行くあてもない時に見つけ、まさに『夢』のような体験にのめり込み自分の生きる世界は『夢』の中だと思うようになっていった、と。

 次第に『夢』から覚めたくなくてズルズルと長居するようになって、そうすると自分と同じような人が店に沢山いるのに気がついた。いつだって扉が閉じて人が入っているブースがあったから。

 同じように帰れない人、帰りたくない人がこんなにいる。それはある意味心強かった。家の中に味方はいなくて、1人きりで引きこもっていた時とは違う安心感があった。

 でも、あの日。お前がカウンターで鍵を受け取ろうとしているのをたまたまあの時間に来店して目にして、一気に現実に戻った。

 幾人も廃人みたいな人間を店に居させて…そんな店が真っ当なわけが無い。何より、自分は1度もお金を払ったこともない。

 そんな怪しい店に、お前を関わらせちゃいけない!そう思って腕を掴んで、店を飛び出した。気がついたら公園だった。


 きっとあの店は、どう言う仕掛けかあぁやって廃人を作って人を攫っていたんだと思う。

 その証拠に、しばらくしたらあの店は建物ごと綺麗さっぱり無くなって、代わりに行方不明者が一気に増えた。

 1人1人に関係性はないから気が付かれてないけれど、あの店に通ってた俺はなんとなく覚えてる。中学生くらいの男の子。サラリーマン風のスーツの男の人。地味目なメガネの女の人…。他にも何人か、ぼんやりした目で入ってきて本を選び個室に入っていく人を見た。

 ずっといつも開かない部屋の数だけ、きっと人がいなくなったんだろう。


 初めて店から出てくる兄を見た日。

 千鳥足で酩酊したように、横を通り過ぎたのに僕に気づかなかった兄を思い出した。

 もしかしたら、兄も…僕も、急死に一生だったのかもしれない。

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