第50話
ボス部屋に入った私を迎えたのは、ダンシング・ジェリーフィッシュ━━空飛ぶ巨大クラゲである。
ちなみにミライちゃんと剛腕さんには、部屋の入り口で待機してもらっている。
ボス部屋の入り口は、モンスターの入らない安全地帯になっているのだ。
"まじで挑んじゃったよ・・・"
"不意打ち狙ってきた姑息なカニよりは、クソボス度合い低そうか?"
"雰囲気、下層に居たクラゲと同系統かな"
薄暗い部屋の中、そのクラゲはふわふわと浮遊しながら淡く光っていた。
私が部屋の中に入ったにもかかわらず、我関せずといった様子でふわふわ漂っている。
(マイペースなモンスターなのかな)
(フロアボスは、好戦的な相手が多かったから珍しいね!)
だとしても悲しいかな、この世は弱肉強食。
相手に敵意がなくても、闇鍋企画成功のため!
「先手必勝。いきます!」
私は、最近手に入れたデスクラブのオーラを纏い、地を蹴り巨大クラゲに殴りかかる。
(捉えた!)
こちらを見ているのか、見ていないのか。
ふよふよ漂ったまま巨大クラゲは、何らアクションを取ることすらなく……、
ふよん
私の拳を、ふんわりしたカサ(頭の部分)で受け止め、そのまま跳ね返した。
(ふんわり柔らかくて美味しそう……、じゃなくて――)
「なるほど、これは厄介かも」
見事に勢いそのまま跳ね返された私は、トンッと壁を蹴って着地。
警戒心を1ランク引き上げる。
"クラゲさん凄い"
"レイナちゃんの全力パンチ受け切るフロアボス、初めて見た"
"カニですら、ワンパンでハサミ消し飛んだのに"
"ついにレイナちゃんと渡り合えるフロアボスが現れたのか・・・"
キュルルル――
巨大クラゲが、奇妙な鳴き声とともにこちらを振り向いた。
ようやくこちらの気が付いたように、ふわり、ふわりとこちらに向かって移動してくる。
(なんだろう、この違和感――)
(たしかにパンチを受け切られたのは困ったけど……、それ以上に攻撃手段が未だに想像付かないんだよね)
巨大クラゲの浮遊速度は、驚くほどにゆっくりだった。
少しずつ、少しずつ、距離を詰めてくる――その姿は、いっそ不気味だった。
"ええい、攻略班はまだか!"
"なんだろう、嫌な予感する"
"レイナちゃん、1回撤収もありだよ。ソロだし無茶しない方が――"
"《望月 雪乃》も、もう帰ろ?"
「も、もうちょっとだけ様子見てみます。無理そうなら帰ります!」
ある確信があった。
このクラゲ、間違いなく美味しいと思う。
「いったん足元、狙ってみます!」
私は巨大クラゲの足元に潜り込み、思いっきり地を蹴った。
そのまま垂れ下がっている足に、殴りかかろうとしたとき――
ヒュゴォオオ――!
そんな吸引音とともに、巨大クラゲがアクションを起こす。
「――――へ?」
気が付いたときには、時すでに遅し。
凄まじい音とともに、かさの部分に吸い込まれているようなのだ。
"うわっ、そういうタイプ!?"
"アカン"
"ちょっとまって、これ本当にやばいやつじゃ・・・・"
"《望月 雪乃》レイナちゃん! 大丈夫!?"
かくして私は、クラゲの体内に吸い込まれ――
「び、びっくりしたぁぁ!」
(まさか吸い込まれるなんて……!)
完全なる不意打ち。
私は、目をまんまるにすることしか出来なかった。
「クラゲって半透明なんですね。
安心して下さい、ちゃんとコメントは見えそうです!」
"いや草"
"そんなことより自分の身体を心配してww"
"いや本当に大丈夫なの!?"
"《望月 雪乃》た、助けを呼ばないと!?"
"深層9地区とか、まず誰もたどり着けないのよ・・・"
クラゲの体内には、なぞの生暖かい液体が満ちていた。
立ち上がると、膝上ぐらいまでの高さがある。
私が起き上がると、ちゃぷんちゃぷんと水しぶきが立った。
(とりあえず、ここから出ないとだよね)
クラゲの体内を歩き回り、脱出経路を探し始める私。
"なんか普通に元気そうw"
"え、その液体ってたぶん消化液だよね!?"
"なるほど・・・。ボスの行動ルーティンが明かされていくなぁ"
「そ、そうなんですかね? お肌がすべすべします」
"【悲報】クラゲちゃん渾身の吸い込み攻撃、レイナちゃんのお肌をすべすべにする"
"攻撃パターンは吸い込みだけなんかな?"
"これなら遠距離から魔法ぶち込み続ければ倒せそう?"
わいわいと攻略法を話し合う食材さんたち。
そんなコメントをしり目に、私はクラゲの体内を注意深く観察する。
巨大クラゲは、すっかり私のことなど忘れたかのように、ふわふわと部屋の中を徘徊し始めていた。
「えーっと……。ここから、どうしましょう?」
ふわりふわり、と浮遊を続ける巨大クラゲさん。
ゆらり揺られて、空からの景色を眺める余裕すらある私。
そんな私たちを、配信用のスマホが追尾し続けている――そんな間抜けな光景が、ボス部屋では繰り広げられていた。
"その消化液、たぶんレイナちゃん以外だと即死するやつよね"
"強すぎるが故に生まれた詰み"
"体内からクラゲを食べる"
"とりあえずクラゲの体内で全力パンチ!"
"↑↑鬼か!"
「分かりました! 全力でパンチしてみます!」
私は、拳にキラークラブのオーラをまとわせ、全力でクラゲの体内をぶん殴る。
キ、キュゥゥゥ……
拳を受けた巨大クラゲは、断末魔のような悲鳴を上げてもがき苦しみ始めた。
(き、効いてる!)
最初に攻撃したときとは、手応えが違う。
間違いなく体内からの攻撃は、巨大クラゲの弱点を的確に突いているようだった。
「あっはっはっはっは! 私の糧になれ!」
そうと決まれば、幾度となくパンチ。
その度に巨大クラゲは苦しそうに悲鳴をあげていたが、ついには耐えきれずに地面に墜落。
(自ら弱点を晒すようなことをするなんて……)
(このクラゲさん、何がしたかったんだろう?)
首を傾げながらも、私は巨大クラゲの無防備な弱点を殴り続ける。
――そんな一方的な蹂躙劇は、巨大クラゲが動かなくなるまで続いたのだった。
***
「さて、脱出です!」
巨大クラゲが動かなくなったのを確認し、私はその足元からもぞもぞと脱出する。
そうして私がボス部屋から出た頃、
"最前線へのアタックが始まると聞いて!(英語)"
"予告も無しになんてことを……!(英語)"
"ここの最深層って、ファッキンクラゲ野郎だよな。ソロとか不可能では?(英語)"
"どんな状況!?(英語)"
にわかにコメント欄が活発になった。
英語の書き込みが、いつにもなく多い――どうやら、誰かがこの配信のことを話題にしてくれたみたいだ。
(新規のお客さんも多そうかな?)
「ハイ! アイ、イート、ヤミナベ。サンキュー!」
とりあえず英語で挨拶。
後のことは、英検さんにお任せしよう。
"最前線へのアタック楽しみすぎる!(英語)"
"《英検一級はクソゲー》ノー、残念ながらクラゲ狩りは、もう終わったよ(英語)"
"ボス攻略がそんなすぐ終わる訳ないだろ、いい加減にしろ!(英語)"
"《英検一級はクソゲー》だってこれ、闇鍋配信なんだもん・・・(´;ω;`)"
"そんな企画で最前線突撃する奴がいる訳ないだろ、いい加減にしろ!(英語)"
"《英検一級はクソゲー》ぶわっ(´;ω;`)"
一方、ボス部屋から出た私を見て、ミライと剛腕さんも駆け寄ってきた。
「さすがに吸い込まれたときは、一巻の終わりかと思ったぞ。イチかバチか、助けに入るか迷ったんだが――」
「心配かけてごめんなさい。まさか、あんな攻撃をしてくるなんて思わなくて……」
「あたいが、ちゃ~んと止めたッス。レイナ様なら、あれぐらい楽勝だって分かってたッス!」
「ああ。それに俺たちが入っても、ワンパンされるのがオチだろうしな……」
呆れと、心配が入り混じったような表情。
"《鈴木 千佳》また無茶ばっかりして……"
"《鈴木 千佳》レイナ、後でお説教な"
"《望月 雪乃》レイナちゃん、ちょっと後でお話が――"
「ぇえ!? む、無茶なんてしてないですよ⁉」
"お説教予告は草"
"うんと反省してw"
"レイナちゃんには甘いゆきのんまでw"
"レイナちゃん配信、生き甲斐だから、無茶しないようにきつーく言っといてあげてください・・・"
"う~ん、これは自業自得!"
「…………さあ、とりあえずは料理の時間です。剛腕さん、お願いします!」
"逃げたw"
"そういえばこれ、闇鍋配信だった!"
"平常運転草"
"もうちょっと余韻に浸らせてw"
"(注)ダンジョン最深部攻略後のやり取りです"
"歴史に残る快挙したのに本人食べることしか考えて無くて草"
===
最新話までお読みいただき、ありがとうございます!
より多くの人に読んでもらうため、
面白かったと思ったら★で応援、よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます