第43話-1
「それじゃあ、皆さん。メインディッシュを採りに行きましょう!!」
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
私たちは、気合十分でボス部屋に突入する。
――ダンジョンのボス部屋。
そう呼ばれる空間は、守護者であるモンスターの特色に応じて様々な姿を見せてきた。
たとえば巨大なゴーレムがボスとなっている部屋は、荒れた岩場が目立つ岩山を模した空間だった。
虎型モンスターが守護者をつとめたボス部屋は、草木の覆いしげる草原を模した部屋だったりもした。
デスクラブと名付けられたカニ型のフロアボス──それが私たちの相手だ。
部屋に入るなり、粘度の高い生ぬるい風が頬を撫でる。空間としては、湿地帯といったところだろうか。
中央に大きな湖があるドーム状のフィールドで、ぬかるんだ床に足を取られれば、実力の半分も発揮できないだろう。
私のようにフィールドを駆け回るタイプの探索者にとっては、不利と言われている空間であった。
(床が駄目なら、基本的には壁と天井で戦うことになるかなあ?)
私が、そんなことを考えていると、
「彩音、今回の作戦の内容は把握しているな」
軍曹が、念押しとばかりにそんなことを聞いてきた。
(む……。この眼差しは、私が授業中爆睡してる時の目つき!)
(私だって、こんなときぐらいはちゃんと話聞いてるもん)
私は胸を張り、ドヤ顔で答える。
「はい! 私たち前衛部隊が足止め。魔術師さんたちがドカンとでかいのをぶち込んだら鍋の時間です!」
「はは、そう言われると随分と簡単なことのように思えてくるな」
私の答えに、軍曹はそう苦笑い。
"足止め(ワンパン)"
"極端なまでに単純化された作戦で草"
"レイナちゃんがチームプレイ!?"
"即席チームやし、それで正解やろ"
コメントの流れも、いつにもまして早い。
「デスクラブ。奴の攻撃は、巨大なハサミによる打撃と、凶悪な水流魔法がメインだ。また奴の潜む水場は、濃厚な瘴気で満ちている。引きずり込まれたら一瞬でお陀仏だ──決して深入りはしないように!」
「「「はいっ!」」」
「危なくなったら、すぐに控えメンバーとチェンジすること! 必ず、全員で生きて帰るぞ!」
「「「はっ!」」」
"軍曹ってやつ、何者だ? きちんとこのメンバーまとめてやがる"
"レイナちゃんの教官や"
"アルテマの元ギルマスって噂もある"
"レイナちゃんの手綱握れる奴が、ただ者な訳ないんだよなあ"
そんなやり取りを聞きながら、私は軍曹に考えていたことを質問する。
「軍曹、その……」
「どうした、彩音。その……、おまえは未成年だし、やっぱり危険な場所を受け持つ必要なんて──」
ちなみに私が受け持つのは、右の巨大なハサミ部分。
足止め要因として、一番大変かつ重要なポジションらしい。
ちなみにもう一方のハサミは、海外チームの2人を中心に対処するらしい。
そんな大雑把に決まっていった役割分担。
私としては、ただチェンジが上手くできるかだけが心配なところである。
でも今気にするべきは、そんなことじゃなくて……、
「軍曹、カニって鍋と焼くのどっちが合うと思いますか?」
「……なんて?」
私の大真面目な質問に、軍曹はポカンと口を開けた。
"レイナちゃんwww"
"相変わらず緊張感のかけらもねぇ!"
"両方すれば解決"
「天才ですか!?」
食材さんからの天才的な書き込みにより、私は一つの真理に辿り着く。
カニ鍋とバーベキュー。どちらが美味しいのか──答えはシンプル。
両方とも食べれば良いのだ。
私が目をキラキラさせていると、
「おまえを見てると悩んでるのがバカらしくなってくるな──」
軍曹は、そう脱力し、
「総員、位置につけ。これよりデスクラブとの戦いに入る!」
「「「はっ!」」」
キリッとした顔でそう宣言。
ついに戦いの火蓋が、切られようとしていた。
※※※
作戦の第一段階は、斥候部隊が敵を誘い出すことだ。
いかに準備を整えた状態で、ボス戦を開始できるか。
おろそかにされがちだが、何よりも重要な工程だと語るのは軍曹だ。
斥候隊の1人が、水辺のギリギリまで近づき首を傾げる。
いまだにボスが姿を現さないのだ。
「奴はどこだ?」
「まさか捕食者に恐れをなして逃走を?」
以前のアタックでは、ボスは水中に潜んでいたらしい。
近づくものに反応して突如として姿を現し、不意打ちを仕掛けてきたらしいが――、
「……ッ! いかん、上だ!」
「「「!?」」」
突如として、軍曹が鋭い声をあげた。
反射的に上を見ると、視界に入ったのは数メートルにも及ぶ灰色の巨体。数多の冒険者を返り討ちにしてきたカニ型モンスターが、こちらに向かって落下してくるところだった。
「いかん! 散開しろっ!」
「くそっ、前来たときはこんなことは……!」
「前のことは忘れろ!! 気をつけろ、敵は高度な知性を持ってる。油断したら一瞬で全滅だぞ!」
どよめく探索者たちに、軍曹がそう喝を入れた。
デスクラブの落下予測から、慌てて距離を取ろうとする探索者たち。
(美味しそう――じゃくて……)
(なんだろう、嫌な予感がする)
フロアボスとの戦いは、初見殺しの連続だ。
油断すれば、喰われるのはこちらなのだ。
私は、注意深くデスクラブを観察し、
(そうか、敵の狙いは……!)
「皆さん! 盾を持った探索者の陰に隠れて下さい。敵の狙いは魔法による各個撃破──私が吹き飛ばします!」
「……は?」
何を言ってるんだこいつは、という顔で私を見る軍曹。
しかし今は、説明する時間が惜しい。
「ミライちゃん。ちょっとごめん!」
「任せるッス!」
私は即座にミライちゃんに駆け寄り、軽く飛び上がった。
"と、飛んだ〜〜!!!"
"【朗報】レイナちゃん、ついに連携を覚える"
"ミライちゃん全力で殴ってるw"
"てか、なんで魔法だって分かるの??"
"野生児の勘やぞ"
そのままミライの突き出した拳に足を合わせ、私は勢いよく空に飛び上がる。
(ひえっ、ミライちゃん容赦ない!)
凄まじい勢いで、空に射出される私。
私でなければ、ダメージを受けていたところだ。
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