第41話
かくして、新宿ダンジョンの深層を進み始めた私であったが……、
「軍そ──権藤先生」
「軍曹で良いぞ?」
「じゃあ、軍曹。ペース……、遅すぎませんか?」
私たちが歩いているのは、深層第7地区。
入った直後に目に入ってきたのは、虹色にきらきら輝くオーロラだ。
ダンジョン内に他に光源はなく薄暗い。ひんやり冷たい空気の中、淡く輝くオーロラは、幻想的な光景を作り出していた。
未知の光景に、心を踊らせていたのも束の間。
数時間も経てば、新鮮味もなくなろうというもの。
花より団子。正直、私は早くカニ鍋が食べた──ゲフン、ダンジョン攻略に乗り出したいのである。
「彩音、これでペース遅いって正気か?」
「はい。壁抜けもしてないですし、敵との戦いも何故か回避してますし……」
モンスターとの戦いを避け、遠回りすること数知れず。
接敵を避けるため、私たちはかなり進むペースを落としていた。
安全第一なことで、ほかにも弊害があった。
それは私が、水辺で見慣れぬエビ状のモンスターを見つけた時のことだ。
反射的に飛びかかろうとしたところで、軍曹に首根っこを掴まれて止められてしまっのだ。
結局、モンスターはこちらに気付くことなく行ってしまい……、勿体ない。
"レイナちゃんにとって普通の探索はあまりにも退屈"
"壁抜け、基礎スキルみたいな口振りでワロタ"
"普通はできないんだよなあ"
"なんかワイも遅い気がしてきた……"
"視聴者も毒されてきてるw"
"普通はワンフロア半日かかってもおかしくないしなあ"
"ぶっちゃけ深層半日踏破も、十分人間やめてる"
「ほわっ!?」
そんなコメントが目につき、私は戦慄する。
半日──半日もお預け!?
「軍曹! ペースを、ペース上げましょう!」
「無茶言うな。モンスターに見つからずに、この人数で移動するのがどれだけ大変か」
首を横に振る軍曹。
軍曹によれば、探知スキルを持った探索者が、ローテーションで周囲を警戒しているそうだ。
「問題ありません! 見たところ、敵はだいたいが下層レベルです。薙ぎ払いましょう!」
「狩りの時間ッス!」
"脳筋ペアがストレス貯めてるぞ!"
"やっちゃえ、レイナちゃん!"
"探索者なんてみんな脳みそに筋肉詰まってるゾ"
"凄まじい偏見だが大体あってる"
"剛腕さんたちがフルフル首振ってる……"
"実際、どうなんだろ? 強行突破のが消耗少ないんかね?"
"最前線やぞ。さすがに無理"
配信のコメントには、懐疑的なものもあった。
軍曹も渋い顔をしている。
(軍曹、緊張してるのかな?)
(探索者の人数、たしかに多いもんね……)
万が一囲まれることがあってはならない。
下手な指揮は取れない、っていうのは分かるけど──
「皆さん! 早くカニ鍋食べたいですよね?」
「「「うおおおおお!」」」
「モンスターは全て排除 このまま全速力で走り抜けるべきですよね!」
「「「うおおおおお!」」」
"士気高すぎて草"
"アカン! 脳筋しかいねえ!"
"まあこのメンツなら多少の無茶はききそう"
"こいつらレイナちゃんの戦い見たいだけだろww"
"それでそんなリスク取るの? クレイジーすぎる"
"まともな神経で探索者なんかやってられんぞ"
私たちの熱い思いを受けて、軍曹は考えるように黙り込んでいたが、
「そういえば彩音。気になってたんだが、探知スキルもなしに、どうやって次の階層の位置を把握してるんだ?」
「へ? 普通に風の流れと匂いで──」
"普通 #とは"
"草"
"探知スキル持ち涙目過ぎるw"
"スキル<野生児の勘""
いきなりどうしたのだろう。
軍曹は、諦めたように首を横に振ると、
「彩音を我々の常識で測ろうとしたのが間違いだったな」
「ちょっ、どういうことですか!?」
しみじみと呟く軍曹。
それから軍曹は、やけにキリッとした顔をして、
「やってくれ、彩音。たぶんそれが一番安全だし早い」
などと言いきるのだった。
(やった!)
軍曹からのお墨付きも頂いた。
おまけに同行する探索者たちからの期待に満ちた目!
私は、拳に闘気を込め、
「おりゃっ!」
近くにあった壁に殴りかかる。
一撃で粉砕し、ショートカットを開通させたのだ。ついでに出くわしたモンスターにも拳を浴びせ、戦闘態勢に入る前に速やかに仕留めにかかる。
"い・つ・も・の"
"深層の壁もぶち抜けるんか……"
"これが一番はやいと思います"
「ゴールは向こうです。このまま駆け抜けます!」
「「「!?」」」
「あー……、遠距離攻撃できる者は彩音のサポートを。万が一にも、パーティーが囲まれないように。探知担当は、引き続き周辺の警戒を──」
軍曹の的確な指示(たぶん)が飛ぶ。
頭が良い人が一緒だと、安心感が段違いなのである。
(期待に応えるため!)
(頑張るよ~~!)
私は、気合いとともに次の壁に飛びかかり、
カチッ
「あっ」
"あっ(察し)"
"このタイミングで踏みぬくのは芸術点高い"
"誰も心配してないの草"
"まあレイナちゃん居れば余裕やろ"
鳴り響くは、けたたましいアラーム。
「ま、まずいぞ……」
「よりにもよってモンスターハウスか」
「慌てるな! まずは円陣を組め。撤退も視野に、どうにか隙を見て抜け出すことを目標に──」
軍曹が、そう声を張り上げる。
ぞろぞろと、モンスターの集団か現れる。
探索者たちも次々と武器を構え、周囲に緊迫した空気が流れる。
そんな一触即発の空気の中……、
「これが深層……、美味しそう!」
思わず声をこぼす私。
"草"
"一人だけ目を輝かせてて草"
"これが捕食者か……"
"喰う側だからな"
"軍曹さん、口パクパクさせてて可哀想"
うっ……、緊急事態に緊張感のないことを口走ってしまって申し訳ない。
だけども、あまりにも目の前のモンスターたちが美味しそうだったのだ。
どうやらこの地区は、野菜を模したモンスターが大量に生息しているらしい。
先頭で群れを率いるのは、ピーマンのような形状をした不可思議なモンスターだ。手足が生えており、鋭いフォークを武器として構えている。
その後ろには、巨大ナスの兵隊、ケタケタと笑いながら浮遊するパンプキンなど、実に多様で美味しそうなモンスターが行列を作っていた。
そわそわする私。
軍曹は、ちらりとこちらを見ると、
「無茶を言うが。彩音、おまえなら……、やれるか?」
「はい! できる限り鮮度にも気をつけて狩ってきます!」
「「「余裕ありすぎる!?」」」
そんな突っ込みを一斉にもらい、
「……さすがだ。頼もしい限りだな」
最終的に軍曹はそう一言。
そうして軍曹から許可を取り、私はモンスターの群れに飛びかかるのだった。
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