第40話

「…………は?」


 私の言葉に、軍曹はぱちくりと目を瞬いた。

 集まった探索者たちの視線が、一斉に軍曹を貫く。



「あー、彩音? その……、説明を?」

「実は、かくかくしかじかで――――」


 私は、戸惑う軍曹に状況を説明していく。


"キラーパスすぎるw"

"初見殺しかな?"

"このメンツの指揮取るとか地獄すぎる・・・"

"でもレイナちゃんに指揮取れるとは思えんし……"

"レイナちゃん「イート・オール!」"


"ん? 今はなんの時間?(英語)"

"《英検1級はクソゲー》指揮官決めで揉めてる。危うく、レイナちゃんが指揮取ることになりそうだった(英語)"

"レイナちゃんに指揮が取れる訳ないだろ、いい加減にしろ!(英語)"

"《英検1級はクソゲー》ぶわっ(´;ω;`)"



 軍曹なら確信するはずだ。

 私に、指揮官など務まるはずがないと……!


「あー……」


 案の定、私の話を聞いて軍曹はあちゃーと頭を抱えていた。


「探索者たるもの、強者こそが絶対の正義。なるほど……、たしかにあり得ないことではないか?」

「軍曹~!? あり得ることではないので、しっかりしてください!?」


 軍曹の瞳に納得の色が浮かぶ。

 浮かんでしまった……!

 もし私が指揮官になったとしたら、冗談抜きに全軍突撃! ぐらいしかできないと思うのだけど……。



"この軍曹って人、何者なんだろう?"

"レイナちゃんと毎日会える人"

"うらやま死刑"

"専門学校に就職したら、レイナちゃんに毎日会えるってマ?"

"実際、来年以降の倍率やばそう"



 一方、アルテマメモリーズの長田おさだは、一言も発さずじーっと軍曹のことを見ている。

 そんな彼女を見て、軍曹が声をかけた。


「久しぶりだな……、長田」

「はい、マスター」

「……今は、君がマスターだ。俺は一介の教師に過ぎない――そうだろう?」


 微妙に流れる気まずい雰囲気。


(この2人、知り合いなのかな?)


 少し緊張した様子で、長田は軍曹に接している。

 そのただならぬ空気は、到底、ここが初対面だとは思えず……、



"長田と軍曹って人、知り合いなのかな?"

"どう見ても、初めて会ったって感じじゃなさそうだよな"


"そういえば俺、前インタビューで見たことあるかも。アルテマの前任ギルマスの話――長田氏を庇って負傷して、現役を退いて今は専門学校の教師やってるって"

"あ、俺も何かで読んだことあるかも。その恩に報いるために、必死でアルテマを今の一流ギルドまで育て上げたって"

"一流たちの裏話、やね。俺も読んだときは感動して――ぇええ? じゃあ、その前任のギルマスって!?"

"まさか、そんな偶然が――――"


 コメント欄でも、好き勝手な推測が飛び交う。

 集まった探索者たちも、長田と軍曹のやり取りを興味深そうに見ていたが、



「彼の腕は、私からも保証しよう」


 長田はそんな一言とともに、すっと後ろに下がるのであった。




※※※


「うっ、胃が……」

「大丈夫ですよ。私よりは絶対にマシです!」

「彩音……。帰ったら指揮コース補講な」

「絶ッ対に、嫌です!」


 恨めしそうな目を向けてくる軍曹に、私は力強く断りの一言。

 人には向き不向きがあると思うのだ。


 ちなみに軍曹は、スイッチが入ると私のことを彩音と呼び教え子として扱う。

 願わくば、ずっとスイッチオンで居て頂きたい。

 レイナ様呼びされて拝まれても、対処法が分からないし……。



 ――最終的に、軍曹はそのまま指揮官の立ち位置に収まった。

 満場一致である。


 指揮権を渡されそうになった私が、あっさりと権利を譲渡したこと。

 私の教官だというのも後押しになった。

 更には、有力ギルドの長である長田からのお墨付き。

 実際、軍曹以上に相応しい指揮官はこの場に居ないと私は思う。


 ――さらに言えば、もともと信頼を失っていたイーグルス佐々木から、指揮の権利を剥奪したかったというのが探索者たちの本音であった。

 このような急造チームで、まともな指揮など取れるはずもない。

 各自の判断に任せてもらえれば十分。無茶な指揮で、場を引っ掻き回すことがなければ良い。大方の探索者は、そう考えていたのだ。



「俺からは余計なことは言わん。基本的にはギルドごとにチームを組み、ボス部屋の前で集合。イレギュラーには各々の判断で対応。ボス部屋までは、できるだけ消耗を抑えることを第一に――できる限り交戦は避けること」

「「「はっ!」」」


 軍曹の言葉に、集まっていた探索者たちは一斉に頷いた。



「はいっ! 軍曹、質問です!」

「なんだ、彩音?」

「調味料はどこで採れば良いですか?」

「「「!?」」」


"レイナちゃんwww"

"テンションが1人だけ遠足なのよ・・・"

"美味しいカニ鍋のためには大事だぞ"



「我らが鮮血の天使様は、今日も頼もしいなあ――」

「本当にカニ鍋食べに行くだけの気楽なミッションな気がしてきた」

「俺、無事にフロアボス倒したらカニ鍋と結婚するんだ……」


 そんな探索者たちの言葉を聞いて、


「はい! みんなで、美味しく食べましょうね!」


 私は、気合いとともにそう返す。


 フロアボスともなれば、きっと想像も付かないほどに大きい。

 この人数であっても、食べごたえ十分なはずだ。



「「「うぉおおおお! 無事、みんなでカニ鍋を食べるぞ!」」」


 妙なテンションの上がり方を見せる探索者たち。

 ふと視線を戻せば、軍曹が呆れた様子で私を見ていた。



「軍曹、まずかったですか?」

「いや、100点満点だ――やっぱり彩音が指揮を取るか?」

「何でそうなるんですか!?」


 涙目になりつつ断固拒否。



「レイナ様! こんなこともあろうかと、今まで集めた調味料たち。ちゃんと持ってきたッスよ!」

「でかした、ミライちゃん!」 

「えっへん!」


"ドヤ顔ミライちゃん"

"【朗報】イーターズ、やっぱりフロアボスを美味しい食べ物と認識している模様"

"実家のような安心感"

"でも実際、潜る身としては心強いだろうなあ"


"一歩間違ったら雰囲気お通夜だっただろうからな"

"あくまで指揮は他人に渡しつつ、自分はチームの士気向上に務める。さすがはレイナちゃんや・・・"

"↑↑絶対、そんなこと考えてないww"


 ――もちろん、そんなことは一欠片も考えていない。


(まあ……、でも。そういう事にしとこ!)


 久々の深層探索で、実のところワクワクしているのが本音。

 私はイーターズのメンバーを引き連れ、真っ先に深層へ足を踏み入れるのだった。

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