第39話

 新宿ダンジョン深層へのアタック。

 集まった探索者たちの前で、イーグルス佐々木が演説を始めようとしていた。



「知っての通り、本日の探索はダンジョン庁からの重要な指令である。思えばギルドを立ち上げて数年、我がギルドはついに深層に潜るまでに成長し、我が国を代表するまでの名門ギルドに成長した――――」


 ……数多の冒険者を集め、これからダンジョンへ。

 演説にも熱が入るのだろう。

 しかし、長い。始まった演説は、あまりにも長かった。


 私はぽけーっと話を聞き流しながら、校長先生のお話は長かったなあ――なんてことを思い出していた。

 見れば、他の探索者たちも退屈そうに演説を聞き流している。


 探索者の様子を眺めていると、さっきも会った金髪少女と目があった。

 同伴した探索者におぶわれており、ふわわわと大きなあくびをしている。

 目が合うと、にこやかに手を振ってきた。可愛い。



「――という訳で、本日のアタックは極めて重要なものである。失敗は、決して許されないものと心に刻んで――」


 どうやら演説の方も、ようやく終わりそうだ。



 そんな中、一人の探索者が遠慮がちに手を上げ、おもむろに口を開いた。


「これだけの攻略部隊だ。指揮は誰が取るのだ?」


 特徴的な狐面を付けた刀少女。

 たしかアルテマ・メモリーズのギルド長を名乗った探索者だ。



「ん? 指揮はもちろん私、イーグルス・佐々木が――」

「冗談。いったい、どこの探索者が、自分より弱いやつに従うと?」


 少女の言葉は、なかなかに辛辣だった。

 しかし、少女の言葉を止めるものはおらず――この場にいる者の総意であることが窺える。

 そんな緊迫した空気を前に……、


(一流の探索者さんたち……、血気盛んすぎる!?)

(怖っ!)


 私は、冷や汗をかいていた。



「な――!? ふざけるな! これは我々のアタックだ! 指揮だって、当然、私が――」

「だって言うなら、探索者としての腕を見せてもらわねえとな」


 1人の探索者が、前に出た。

 黒いスーツを身にまとい、黒のサングラスを付けた強面の大男。

 その風貌は、いかにもなベテラン警護者のような貫禄を感じさせる。


 ピリピリした緊迫感。

 しかし、その背中には金髪の少女が張り付いていた。

 私にサインをねだった小さな少女だ――なんともアンバランスな探索者ペアである。



「ちょっとー。メインディッシュを前に暴れないでよ」

「ですが、お嬢。ここでハッキリさせておかないと、後々、面倒なことに――」

「なら……、許す!」


 アメリカの探索者コンビだ。

 食材さんたちのコメントによると、アメリカでは有名な探索者たちらしく――


「な、何のつもりだ!?」

「この場で指揮を取るに相応しいやつなんて、一人しか居ないだろう。分かってるんだろう?」


 男は、佐々木にそう諭す。


(そ、そうなんだ……!)


 難しいことは、偉い人にお任せ。

 私は、ミライを助け、ついでにカニ鍋が食べられればそれで良いのだ。



「もし自分が指揮官に相応しいというのなら……。それなりの腕を示してもらわないとなあ!」


 男は、一気にイーグルス佐々木の懐に飛び込む。

 そのまま音もなく拳を放ち――


 佐々木の顔の真横を、男の拳が通過した。



「「「なっ!?」」」


 反応すらできない佐々木。

 次の瞬間、佐々木の真後ろにあったダンジョンの壁に、深々と巨大な穴が開く。

 あたりには砂埃が巻き起こり、その威力の大きさを物語っていた。


 恐る恐る、背後を振り返る佐々木。

 壁に開いた巨大なクレーターを見て……、


「ひぃぃっ!」


 そう情けない悲鳴をあげ、ぺたりとその場に尻餅をついた。

 


「もう。服が汚れちゃうじゃない」

「すまん、お嬢。このダンジョン、思ったより壁がもろいみたいで――」


 そんな光景を作り出した探索者は、何事もなかったかのように、そんな呑気な会話をしていた。


(こ、これがアメリカの探索者……!)

(すごい自由人!)



「一癖も二癖もある探索者の集まりだ。おまえに俺たちは使いこなせねえ――分かるだろう?」

「はひぃ……」


 こくこく、と頷くイーグルスの佐々木。



「この場で相応しいやつなんて、初めから1人しか居ない。そうだろう?」


 そうして指揮権を勝ち取った(?)男は、こちらを振り返り、


「――彩音レイナ。この場のリーダーに相応しいのは、あなただ」


 そう口を開き、恭しく頭を下げるのであった。




「………………へ?」


 探索者たちの視線が集まる。

 それが至極当たり前のこと、とでも言うように。


「いやいやいやいや。御冗談を!?」


 ――指揮?

 なにそれ、美味しいの?


 学校の授業で、指揮官コースのものもあったけど。

 見事に爆睡していたのが私である。



 誰か、反対の声を上げてくれれば。

 その人に、すべて委ねよう。

 そう思って、じーっと探索者たちに次々と視線を移していたが……、


「あたいは、レイナ様の言うことなら何でも聞くッス!」

「ここに居るのは、一癖も二癖もある探索者たちだ。束ねられるとしたら、間違いなくレイナ様しか居ないかと!」

「鮮血の天使、初の公式戦――今日という日を楽しみにしていたんだ……」


 飛んでくるのは、そんな追撃ばかり。


(なんで~~!?)


 内心で頭を抱えていると……、



「遅れてしまって、本当に申し訳ない! 武器選びに手間取ってしまって――」


 物凄く申し訳なさそうな顔で、私達のもとに駆け寄ってくる人影。

 ――その人影には、とっても見覚えがあった!


 きらりと輝く頭部の汗。

 私のギルド・ダンジョンイーターズのメンバーにして保証人。

 権藤ごんどうつよし――あだ名は・軍曹。



(ぐ、軍曹だ!?)

(何でここに……!? よく分からないけど、丁度よいところに……!)


 汗を拭いながら、状況を把握しようとしている軍曹に、



「わ、私は権藤さんに全指揮権をお譲りします!」

「…………は?」


 私は、そう高らかに宣言。



「あ、あなたは権藤さん!?」


 ほぼ同時に、そう素っ頓狂な声をあげるものが1人。

 声の主は、アルテマメモリーズの長田おさだ――有名ギルドの長であった。

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