第36話

 数日後。

 動画サイトに1つの動画が投稿された。


 今、世間を騒がせているダンジョンイーグルスからの声明。

 何でも精鋭を集めて、ダンジョン最深層の攻略を進めるとの言葉だ。



(ほえー)

(まあ深層に入れない私には、関係ないか)


 そう他人事のように聞いていた私であった。




※※※


 翌日のこと。

 私、ミライ、千佳の3人は、今日もギルドについて話し合うためファミレスに集まっていた。


 ギルド立ち上げ計画は順調だった。

 メンバーは、私・ミライ・千佳・剛腕さんたち・軍曹まで合意が取れた。


 剛腕さんたちには、毒杯だけはどうかご勘弁を――と必死に懇願されてしまった。

 翌日には、ブルー・マスカットの虜になっていた。

 食わず嫌いは良くないと思う。


 軍曹は、むさ苦しい顔に涙を浮かべて喜んでいた。

 実に熱苦しいのである。



 そんな訳でメンバーの合意も取れ、後は探索者組合に提出するだけという状態。

 ――そんな空気の中、


「レイナ様! 例の作戦、行くッスか?」


 開口一番、そんなことをウキウキと言い出したのはミライだ。


「例の作戦って、ダンジョン最深層に潜ろうってやつ?」

「はいッス!」

「でも私、ライセンス持ってないよ?」


 深層への立ち入りがライセンス制になったのは、記憶に新しい。


「それなら大丈夫ッス。攻略班には、臨時でライセンスが交付されるって話ッス!」

「ほほう……?」


 俄然、興味が湧いてきた私である。



「ミライちゃん、最深部のフロアボスってどんなやつ?」

「えーっと……、たしかめちゃくちゃでかいカニって聞いたッス」

「よし、乗った!!」


 その間、わずか30秒。


「……え?」


 千佳が、凍りついていた。


「本気?」

「うん。あ――ほら、ダンジョンイーターズの実績にもなるかも!」

「…………配信じゃなくて、ほんとに良かったで」


 千佳が、深々とため息をついた。



 その後、千佳は私たちにこんこんと説く。

 この作戦は、炎上騒動で破れかぶれになったイーグルス上層部の暴走による可能性が高いこと。

 作戦の成功率は、限りなく低いこと。

 そのような作戦に参加するリスクが、どれだけ高いかということ。


 ――最悪、死ぬ可能性もあるということも。


「だから二人とも、馬鹿なことを考えるのは止めて――」

「参加してる人、死んじゃうッスか?」


 ぽつりと呟いたのはミライ。


「ならあたいは、なおさら参加したいッス」

「話、聞いてた?」


 珍しく真面目な顔の千佳に、ミライも真剣にこくりと頷く。


「それなら、どうして?」

「正直、あのギルドに良い思い出はないッスよ」

「なら、放っておいても――」

「それでもイーグルスには、まだ入ったばかりのあたいの面倒を見てくれた人も残ってるッス。見殺しには出来ないッスよ……」


 精鋭と言えば聞こえは良い。


 その実態は、行く宛もなく仕方なくイーグルスに残った寄せ集めの面々。

 ミライは、イーグルスの現状をそう評した。



「私も、参加したいかな」

「レイナ?」

「もしミライちゃんが行くっていうなら、放っておけないもん」


 どうも千佳の説得は、ミライの決意を逆に固めてしまったらしい。



 私としては、死ぬ危険があるというのは今更に思えた。

 元よりダンジョンとは、そういう場所だからだ。


 そんなことより私の頭の中にあったのは、1つの想像図。

 巨大なカニを使った贅沢な鍋の姿。


(下層で出てきたフロアボスは絶品だったなあ――)



「レイナ、よだれ……」

「あっ――」

「……で、本音は?」


 勿論、ミライを放っておけないというのも大きな理由だ。

 もしミライを1人で行かせて何かあったら、私は自分が許せないと思う。

 だけど、それ以上に――、


「ミライちゃんとカニ鍋食べたい!」

「あたいも食べたいッス!」


 気分がカニ鍋になってしまったのだ。

 明日は、下層のカニを食べに行こう。



 目をキラキラさせている私たちを見て、


「はぁ、そうやな。そもそもウチがレイナの行動を止めようとするなんて――」


 千佳は、諦めたようにため息をつく。

 そうして、おもむろにスマホを取り出した。



「千佳、どこにかけるの?」

「イーグルスの佐々木。一応、要請は来とったのよ――」

「ほえー……」


 速攻で断ったけどな、と真顔になる千佳。



 そうして交渉を始めたのは千佳だ。

 仕事ができる大人の女性って感じで、とっても格好良い。


 イーグルスが言い出した無謀にも思える最前線へのアタック攻略

 私が参加するにあたって、千佳が出した条件は3つ。


 1つは配信を許可すること。

 これは私の身の安全を第一に考えて、とのことらしい。

 私としても、上手く行けばチャンネル登録者が増えそうなので異論はない。


 2つ目は、ダンジョンイーグルスが私に要請を出したという形を取ること。

 佐々木としては、あくまで私が希望して今回の攻略に参加したという形にしたかったらしい。

 そんな都合の良い話があるかい、と千佳は一蹴。

 私としては、正直どっちでも良いと思ったけど……、千佳いわく主導権をどちらが握るかは極めて重要らしい。


 3つ目は、ダンジョン料理の許可。

 言わずもがな、私のオーダーだ。

 これに関しては、至極どうでも良さそうに認められた、と千佳。



「嫌な予感がしたんや。虫の知らせというか――今日、集まって本当に良かったで」


 しみじみと呟く千佳。

 そうして私たちは、2週間後に行われる最前線へのアタックの参加メンバーになった。

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