第30話

 翌日の朝。

 目を覚まして動画サイトを見ていた私は、とんでもない切り抜き動画を見つけてしまう。


『被害者が暴露! ブラックギルドのとんでもない実態!』

『弱者から搾取し続けるヤバすぎる闇ギルドの実態とは!?』

『有能な若者を食い物にするブラックギルドのいかれた仕組み』



 人気動画のコーナーには、似たような動画が並んでいる。


 最初は、珍しい動画が並んでるなあとしか思わなかった。

 しかしよくよく見ると、どうにも見覚えのある背景が動画に映っていたのだ。

 見覚えるある広間──剛腕さんやミライと話をした場所である。



 気になった私は、動画を開いて中身を確認する。


「ミライちゃんの態度が気に食わなかったギルマスが、洗礼をミライちゃんに課してな……」

「あたい、何も悪いことしてないッスよ!」

「ああ、分かってる。あんなのはただの私刑だよ」


(こ、これ……。私の配信だ!)


"こんなことまでしてたのかよ、鷲"

"今までの死亡事故、まさか意図的だったのか!?"

"内部告発よくやった!"

"あり得ないだろ・・・"


(これって……!)

(ダンジョンイーグルスさん、大炎上してるぅぅぅ!?)


 思わぬ反応の大きさに、私は真っ青になった。


 洗礼。違約金。

 話題になっていたのは、私が昨日の配信で聞いた話である。

 切り抜かれて、みるみるうちに拡散されていたのだ。



"鷲も年貢の納め時やなあ"

"昔は良かったのに・・・"

"ブラックギルド許すまじ。徹底的に余罪追及しろ!"


(ミライちゃんたち、大丈夫かな?)


 真っ先に不安になったのは、ミライたちのことだ。

 幸い同情の声はあっても、ギルドに所属するメンバーへの誹謗中傷は見られないけど……。



 私はすぐさま、ルインでミライたちのグループにチャットを送った。

 昨日の配信後、作成したグループである。


「レイナ様! 次の探索はいつ行くッスか?」


 一瞬で既読が付き、ミライから即レスが返ってきた。

 その間、わずか3秒。


「ミライちゃん、その……。大丈夫?」

「ブルーマスカットごときじゃ、あたいの胃袋はピクリともしないッス! ……え、そうじゃない? なら何の話ッスか?」


 ずれた回答を寄越すミライに、私は苦笑する。


(ギルドが大炎上して落ち込んでるかと思ったけど)

(大丈夫そうかな?)


 むしろ私の方が心配されてしまう始末。

 すっとぼけたミライの顔が見えるようで、ひとまず私は安堵した。



 続いて書き込んだ剛腕さんたちは、


「わっはっはっはっ。我らがギルド、ずいぶんと派手に燃えてるなあ! ざまぁみやがれってもんだ!」

「次々とギルドからの離脱も起きてるって、残った奴らも爆笑してたぞ。これで佐々木も終わりだよ」

「まだだ。未払いの残業代を払ってもらうまで、俺たちの戦いは終わらねえ!」


 そんなことを、思い思いに書き込んでいた。


(私だけ……!?)

(私が気にし過ぎなの?)


 ひとまず私は炎上騒動について話すため、近くのカラオケに集まれないか提案。

 ほどなくして、昨日のメンバーで集まることになった。




※※※


 急いで集合場所であるカラオケに向かう私。


『その狂気的な笑みは、世界で一番美しい~♪』

『毒も瘴気も何のその~♪ 食べる姿は愛らしい~♪』

『今日も戦場に舞い降りた鮮血天使~♪ その名は~――』


(……んんんん?)


 3人の楽しそうな合唱。

 しかし不思議と、嫌な予感がするのである。


 パタン!

 私が扉を空けて部屋にはいると、イーグルスの3人が固まってこちらを見た。


(この人たち、なんかオリジナル音源持ち込んでる!?)

(なになに? 曲名は――レイナちゃんファンクラブテーマソングぅぅぅ!?)



「いやぁぁぁぁあ!?」

「待つッス! 待つッス! それ(カラオケ機材)壊したら弁償ッスゥゥゥゥ!」

「……はっ――」


 なんだね、それは?

 私は、じとーっとした視線を剛腕さんに送る。



「ふふ。実は我がギルドには、優秀なコンポーザーがいてだな。あのレイナちゃんファンクラブ副会長の軍曹様から、直々にテーマソングの作曲を依頼頂いたのだよ!」

「あの人、何してるの!?」


 ドヤ顔の剛腕さんに殺意すら湧く私。

 あと副会長、やっぱり軍曹かい! 次会ったら締め上げる。軍曹に対する好感度が、みるみるうちに下がっていく私である。



「み、見なかったことにするので速やかに破棄して下さい……」


 ぜえ、ぜえ。

 肩をしながらが私はそう言うのだった。



 閑話休題。


「それで、これからどうするかなんですが――」


 ドリンクバーをちゅるちゅる飲みながら、私は真面目な顔で口を開く。


 さらば、レイナちゃんファンクラブのテーマソング。

 候補は3つあるとか、剛腕さんがプレゼンしたそうだったけど無視。

 私たちは、炎上騒動の真っ只中。

 今日は真面目な話をしにきたのである。


「ミライはどうするつもりなんだ?」


 剛腕さんが、ミライにそう問いかけた。


「俺はあんな泥船、さっさと止めちまった方が良いと思う」

「その……。私も、そのギルドは辞めた方が良いと思う」

「無茶言わないで欲しいッス。あたいの実力じゃ、とても他のギルドには入れないッスよ……」


 多少の炎上は気にせず、ミライはダンジョンイーグルスに残るつもりのようだった。


(他のギルドを探さないといけないってことか)

(困った問題だなあ――)


 中学生の未熟な探索者を受け入れてくれるギルドが、他にあるか。

 それはたしかに難しい問題に感じられた。



 そんな重い空気が流れかけたが、


「いやいや。時の人が何言ってんの?」


 剛腕さんが呆れた目をこちらに向けてきた。

 それから、スマホで動画を見せてくる。



『【朗報】レイナちゃんの一番弟子、たいがいヤバイ』

『1日でスキルを複数開花させてしまったミライちゃん』

『美味しそうに毒物にかぶりつくミライちゃん&レイナちゃん』


「な、な、な、なんッスかこれ~~!?」


(これも昨日の配信だ~!?)


 ミライが素っ頓狂な悲鳴を上げた。


 イーグルス炎上の陰で「誰だこのヤバ過ぎる新人は!?」と、随分とミライも話題になっていたらしい。

 不本意な形で有名にしてしまったかも、と私は申し訳なくなる。


「ミライちゃん、その……ごめんなさい」

「へ? なんのことッスか?」

「だって私が配信に映したせいで、こんな変な風に話題になっちゃって。そもそも、ダンジョンイーグルスの炎上も、私が原因だよね……」


 たしかにダンジョンイーグルスがしたことは許されない。

 だけども、あまりの騒ぎの大きさに、私はパニックに陥りそうだった。



「――レイナ様」


 そんな私に、ミライが言う。


「レイナ様は、あたいにとっては英雄で──救世主ッスよ。レイナ様がいなかったら、あたいはあのままブルーマスカットを食べて……。そのまま死んでたかもしれないッス」

「いや、そうならんように俺らが止めたんだがな」


 ぼそりと突っ込む剛腕さん。


「ミライちゃん――」

「イーグルスの炎上は、これまでのツケが回ってきただけッスよ。レイナ様が気にすることは、一切ないッスよ」

「そう……なのかな──」

「その通りだ。利用する形になっちまって、本当に申し訳なかった!」


 いまだに反応に困っている私に、剛腕さんがそう頭を下げてきた。


 ──大手ギルドを相手取った内部告発。

 生半可なものでは、簡単に握りつぶされて終わり。

 大きな騒ぎになるように、大規模にやる必要があった。

 今回のことは、またとない機会だった。利用したのは俺たちが全て悪い――そう剛腕さんは言いきった。

 

 結果、大炎上。

 それは剛腕さんたちにとっては、狙い通り。

 その責任は、仕掛けた俺たちにある。

 そもそもがダンジョンイーグルスの身から出た錆。


 少なくとも私は、気にする必要ない。

 剛腕さんは、そう言いきったのだ。



「レイナ様! また探索、行きたいッス!」

「うん! 次も美味しいもの食べようね!」

「「中層までで! 中層まででお願いします!」」

 

 そんなやり取りを最後に。

 その日は、それでお開きになった。




(気にしなくても良い、かあ)

(だとしてもなあ――)


 帰り道。


 ふと思い出したのは、千佳のサイトを何の気なしに紹介した翌日のことだ。

 影響力に無頓着すぎると、千佳に怒られたっけ。


(そうだ。千佳にも電話してみよ――)


「千佳ぁ……」

「どったん、そんな消え入りそうな声で」


 千佳の様子は、どこまで普段通り。

 その声は、こんなときにはひどく頼もしい。


 思ったより大きくなってしまった騒動。

 ──気がつけば私は、千佳に胸のモヤモヤを話していた。


 対する千佳の答えは……、


「レイナは何も気にせんでええ」


 そんな、あやすような言葉。


「でも……」

「それとも。あのまま放っておいた方がよかったって、レイナはそう思ってるんか?」

「それは……。ううん、そんな訳ない」

「やろ? なら、それが答えや」


 千佳は、キッパリとそう言い切る。

 

「レイナはな。未来ある1人の女の子を、ろくでもない集団から救ったんや。そうやろ?」

「……うん。そうなのかな」

「そうなんや。今回起きたのは、それだけのことや。だからレイナは何も気にせんでええ。だいたい起きたことより、今をどうするかが大事――そうやろ?」


 珍しく、言葉を選んでいそうな千佳の言葉。

 だけどもそれは、今、私がするべきことを的確に言い表しているようでもあり。



(……うん。起きちゃったことを悔やむなんて、私らしくもないか)

(ミライちゃんのことは、もし過去に戻れたとしてもきっと私は同じことをする。だったら──)


 まずやるべきは、ミライのトレーニングだろうか。

 とりあえずミライの凄さを、食材さんを通じてアピールするのだ。

 目指すは、ミライの超優良ギルド入り!



 そんな決意をしながら、私は自宅に戻るのだった。

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