第26話

 声を頼りに進み、私はすぐに人影を発見する。

 

 ――見たところ人数は3人。

 中学生ぐらいだろうか。おかっぱ頭の小さな少女が、何かを大切そうに抱え込んだままわんわんと大粒の涙を流していた。

 その少女を前におじさん探索者が2人、困った様子で佇んでいる。


 3人の胸には、金色に輝く大きな鷲のエンブレム。

 おじさん2人は、涙を流す小さな少女から"何か"を取り上げようとしているようだった。



「あの、何かトラブルですか?」


 さすがに見て見ぬふりはできない。

 そう思った私が、そっと声をかけると――、



「レイナ様!?!?」


 おかっぱ少女は、ケロッと泣き止んだ。

 パッと表情を明るくして、キラキラした目を私に向けてくる。



「ええっと……、何かを取られそうになってたの?」

「そうッス。このおじさんたち、酷いんッスよ――あたいが食べようと大事に集めたブルー・マスカットを取り上げようとしたッスよ!」


(えぇ……!?)


 ブルー・マスカット――毒である。

 私が初めて食べたときには、普通にぶっ倒れて入院した超危険物である。


「えっと……。あなたは、毒耐性スキル持ちなの?」

「それは、これから身につけるッス!」


(なんかヤバイこと言い出した!?)


 少女は、今にもブルー・マスカットに齧り付かんとしていた。


 ――そりゃ、善良な人間なら取り上げようとする。

 あらぬ疑いをかけたおじさん2人に内心で謝罪しつつ、私は少女の話に耳を傾ける。



「レイナ様を見習って、ブルー・マスカットを食べて――最強になって、いずれはダンジョンイーグルスを立て直すッス!」


 ──ダンジョンイーグルス!

 今日は、やたらと名前を聞く日である。


 この3人は、ダンジョンイーグルスに所属する探索者のようだ。



「君は……、あのレイナちゃんなのかい?」

「私たちのギルドが、本当に申し訳なかった!」

「……へ!?」


 少女から話を聞いていると、おじさん探索者2人から深々と頭を下げられてしまった。

 明らかに年上の探索者に頭を下げられ、私は困ってしまう。


 そのまま私は、3人から詳しい話を聞くことになった。



「まさかレイナちゃんの配信に遭遇するとはなあ」

「できれば、これからの話は配信に載せてほしいんだが……」


 開口一番、おじさん2人がそんなことを頼んできた。



(だ、大丈夫かな?)


 不安になった私が、裏で千佳に相談したところ「やっちまいな」なんて言葉が返ってくる。

 そんな訳で私は、カメラとともに3人の元に戻ってくるのだった。




※※※

 

 

"わくわく"

"鷲メンバーと直接対決と聞いて"

"お、祭り? 燃料投下くる!?"


「あの、食材のみなさん……。頼むから落ち着いて聞いて下さいね」


 血気盛んすぎる……。

 私は、食材さんたちに向けて何があったかを説明していく。



"助けようとした女の子が黒幕だったのは草"

"レイナちゃんに憧れる→分かる レイナちゃんに憧れて毒を食べます!→分からない"

"※毒を食べても、普通は毒耐性スキルは身に付きません"


"なになに、何が起きてるの?(英語)"

"《英検1級はクソゲー》ーーー状況を説明(英語)"

"レイナちゃんみたいな子が2人もいてたまるか! いい加減にしろ!(英語)"

"《英検1級はクソゲー》・・・(´;ω;`)"

"やべえ奴の回りにはやべえ奴が集まるのか(困惑)"

"さすがのレイナちゃんも困惑してるw"



 私は、ブルーマスカットを取り上げられ、しょんぼりしてる少女に目を向けた。


「えっと――、あなたの名前は?」

「はいっ! あたいは神田ミライ――ミライって呼んで欲しいッス!」

「じゃあミライちゃん。ミライちゃんは、その…………、何でそれを食べようとしてたの?」

「スキルを開花させるためッス!」


 一点の曇りもない目でそう言うミライ。


「ミライちゃん、その――言いづらいんだけど、それを食べても必ずしもスキルは開花しないと思う」

「そ、そうなんスか!?」


 ガーンという擬音が聞こえそうな様子で落ち込むミライ。

 ……他人事ながら、ものすごく心配になる子だ。



 スキルの開花には、分かっていないことが多い。

 私と同じことをしたからといって、必ずしも身に付くというものでもないと思うし……、


「毒を食べるとね、人間って死んじゃうこともあるんだよ。危ないことは止めた方が良いと思う」


(美味しいけどね……)


"wwwwww"

"いや草"

"どの口が言ってるの!?"

"ど正論なのにレイナちゃんが言うと違和感しかないww"

"《鈴木千佳》何度もぶっ倒れてるレイナは、ちょっとは反省して?"


 画面の奥で、真顔になっている千佳を見た気がする。

 その節は、大変なご心配をおかけしました……。



"¥10000: 《鈴木千佳》この子は、特殊な訓練を受けています"

"¥10000: 《鈴木千佳》決して真似をしないで下さい"

"固定コメントw"

"まさか本当にこのテロップが必要になる日が来ようとは・・・"



「ミライちゃん、レベルっていくつ?」

「はい! 今日、4になったッス!」

「なら、50を超えるまでは食べないほうが良いと思う。下手すると入院することになるよ?」


"違うそうじゃないw"

"【朗報】レベルが50あればブルーマスカットぐらいなら食べられる模様"

"お、わいのレベルなら行けるんやな。今度、試してみるか"

"↑↑おい馬鹿、やめろ"


「分かったッス……」


 随分としょんぼりとしていたミライだったが、やがてはそう頷くのだった。



「ところで、何でスキルを開花させたかったの?」

「それは――」


 ミライが何かを言いかけたが……、


「それは私たちから説明しよう」


 おじさん2人が、おもむろに口を開いた。

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