第25話

「いったい何が!?」


 私は、荒ぶるコメント欄を追いかけてみる。


 深層への立ち入りを禁じる例の法案。

 どうやらダンジョンイーグルスという大手ギルドが、政府に口出しして認めさせたらしい。

 それが深層で活動する私を妨害するための嫌がらせである、というのが食材さんたちの意見なのだが――


「まさかぁ……。大手ギルドが、そんな暇なことする訳ないじゃないですか」


 私は、思わず笑ってしまった。


"してるんだよなぁ"

"掲示板での内部告発は草生えたわ。不満溜まってたんやろうなあ"

"出てる情報量的に、リークの信憑性はかなり高いんじゃないかなあ"

"ダンジョンイーグルス、どうしてそこまで落ちぶれてしまったのか・・・"



「だいたいトップギルドが、いつまでも私のことなんか気にしてる訳ないじゃないですか」


 ダンジョンイーグルスから勧誘の話は、あれ以降聞いていない。

 きっと私のことなんて忘れて、新たに優秀な探索者をスカウトしてるんだと思う。


 ――実際のところダンジョンイーグルス・佐々木は、幾度となく千佳に電話をかけていた。

 それと同じ回数、AIに罵りボイス(CVレイナ)とともに撃退されているのだが……、その事実は本人のみぞ知るといったところである。



"鷲の鯖、落ちてるじゃんw"

"草"

"誰や、DDoS攻撃仕掛けたやつw"


「へ? 食材のみなさんなら大丈夫だと思いますが、ダンジョンイーグルスさんのサイトに変なことしないでくださいよ!?」


 コメントから物騒なものを感じ、私は慌ててそう口を挟んだ。


 ――ダンジョン新法。

 実のところ、理にかなった法律だと私は思う。

 ダンジョンでの死傷者が減るなら良いことだし。

 欲を言うなら、ライセンスは学生でも取れるようにして欲しいけど……。



"レイナちゃん、炎上を収めようとしてて偉い"

"これが天使か……"

"鮮血の?"

"捕食者やぞ"

"とはいえ、もう少し様子見た方が良いかもね。ここまで大炎上したら、鷲も随分と慌ててるやろ・・・"

"レイナちゃんにフォローされてるダンジョンイーグルス、最高にダサいのよ"


(こ、コメントに困る!?)

(下手なこと言ったら、火種になりそうだし……)


 私が、口をパクパクさせていると、



"実際、深層にライセンス導入するなら、どんな条件になるのかな?"

"たしかにちょっと気になる"

"鷲「ダンジョンイーグルスに所属して下さい」"

"大炎上待ったなしw"

"もしレイナちゃんが深層入る条件を設けるとしたら、どんな設定にする?"


 気を遣ったリスナーさんが、良い感じに話題を振ってくれた。



「深層に潜る条件? 私なんかがおこがましいですが……、下層の全フロアボスをソロ討伐済、とかですかね?」


"人間卒業試験草"

"そんな芸当できるのレイナちゃんぐらいw"

"事実上の立ち入り禁止なのよそれ"

"もう試験官レイナちゃんで良いんじゃないかな!"

"喰われるw"


(ふう、良かった――)


 雑談をしているうちに、いつもの空気が戻ってくる。

 ピリピリしていたコメント欄を見て、内心では戦々恐々としていた私。一安心である。



"やあ、今日は深層にはもぐらないのかい?(英語)"

"上層配信とは珍しいね!(英語)"

"《英検一級はクソゲー》新法案が通ったんだ。深層は、一般人は立ち入り禁止(英語)"


"一般人?(英語)"

"なら、レイナちゃんには関係ないよね?(英語)"

"《英検一級はクソゲー》ノー、レイナちゃんも立ち入り禁止です(英語)"

"国内トップの探索者を締め出す国があるわけないだろ、いい加減にしろ!(英語)"

"《英検一級はクソゲー》ぶわっ(´;ω;`)"


 そんなリスナーさんたちのやり取りをよそに。

 私は、料理配信に戻るのだった。




※※※


「今日の配信はですね……、今まで食べられなかったものにリベンジしようと思ってます!」


"レイナちゃんに食べられないものなんてあったの!?"

"毒物パカパカ食べてたのに"

"レイナちゃん、大丈夫? ワンパンで消滅させない?"

"これは期待w"


「消滅させません! 食べられないものは――昔の私は、未熟だったんですよ……」


 相変わらずコメント欄での私の扱いが酷い。


「今日リベンジするのは、アーミースケルトンとバルーンキャットです!」


"見事にゲテモノしかなくて草"

"たしかにスケルトンは……、レイナちゃんなら行けるか?

"鎧喰えるしよゆーよゆー!"

"バルーンキャットって、倒すと爆発するやつだよね? どうするつもりなんだ……"

"これは捕食者の貫禄!"


 どちらも上層のモンスターで、一度は食べられないと判断した相手だ。

 それでも成長した今なら、食べられる――はず!


(食わず嫌いは良くないしね!)

(どんな味がするのかなあ)


 私は、颯爽と上層に繰り出した。



 上層のモンスターは、正直さほど脅威ではない。

 だとしても油断は大敵。ダンジョンとは、油断したものから喰われる恐ろしい空間なのである。


「あ、居ました!」


 やがて私は、アーミースケルトンを発見する。

 その容姿は、簡単に言えば鎧を身に付けた骸骨といったところだ。

 私を見たアーミースケルトンは――くるりと回れ右して、逃走をはじめた!



"不死系のモンスターにすら怯えられてて草"

"やべえもんに会っちゃったって反応なのよw"

"スケルトンくん可愛い"


「なんで!?」


"""そらそうよw"""



 私は、アーミースケルトンを追いかける。


 これは捕食者の鑑――とかコメントが見えたけど、気にしない!

 あっさりと追いつき、私は急所となる頭のあたりをぶん殴る。

 鮮度を大事に。基本的に、やれる相手は一撃で仕留めるのが最善なのだ。


"相変わらず無表情にえぐい戦いしてて草"

"逃げ切れなかったよ・・・"

"う~ん、これは食物連鎖の頂点w"

"鮮血の捕食者?"


 私は、アーミースケルトンの骨を拾う。

 あまり美味しくはなさそうだけど、そこを工夫次第でどうにかするのが腕の見せ所というものだ。

 ……なお、最終手段は丸かじりである。



「焼くか、煮るか、砕くか━━なにが一番美味しいと思いますか?」


"踊り食い"

"そら丸呑みよ"

"パリバリ。ムシャムシャ"


「それは万策尽きてからですって!」


 私は、レンタルした調理器具の力を信じている。



 次に挑むのは、バルーンキャットだ。

 こいつは猫の風船を模したモンスターで、ふわふわ浮遊しながら魔法を放ってくる。

 一番厄介な特性は、倒すとそのまま破裂してしまうことだ。


 そのため食べるには……、


"さすがに、跡形もなく無くなるものを食べるのは無理じゃ?"

"無から有を生み出す程度、レイナちゃんなら朝飯前"

"概念系問題やめろw"


「いや、もちろん生きたまま食べますよ?」


"は?"

"もちろん #とは"

"完璧なアンサーだ…………"

"レイナちゃんは可愛いなあ・・・(遠い目)"


 私は、バルーンキャットを求めて徘徊する。


 すっかりモンスターに怯えられているのだろうか。

 残念なことに、一向にモンスターに出会わない。



 そうしてバルーンキャットを探して歩く私は――


「イヤっす~~! あたいはレイナ様のように、すごい探索者になるッスよ!」

「こら! 大人しくしろ!」

「いいからその手を離すんだ!」


(ほえっ!?)


 そんな言い争う声を聞く。 



"トラブルかな"

"最近、小競り合いが増えてるよなあ"

"人呼んできた方が良いんじゃ?"


「といっても、この辺に人は居なそうですし……。私、ちょっと様子を見てきますね」


 私はカメラをその場に残し、様子を見に行くことにした。

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