第14話

 意図せず話題になったアカデミー卒業後の話。

 アカデミーを出た生徒は、ダンジョン関係の職につくのが一般的だった。


 代表的な進路は、専業のダンジョン探索者だろうか。

 ダンジョン探索者――ライセンスを取り、主にダンジョン素材の換金で生計を立てる仕事だ。

 ダンジョンにロマンを追い求め、最深部を目指して攻略を進める人間もここに含まれる。


(もちろん、それも悪くはないんだけど――)


 ダンジョンは楽しい。

 美味しいものがいっぱいあるし、モンスターとの戦いは嫌なことを忘れさせてくれる。

 全フロアボスを食べ尽くす――それは私のささやかな目標だ。


 だけどそれ以上に、私が大切にしたいこと。

 ぼんやりした目標だけど、やりたいことは自分の中で決まっていた。



「――私は、ダンチューバーを続けたいって思ってます」


"そうか。学生だから卒業と同時に引退って可能性があったのか――"

"それを聞いて安心しました!"

"ずっと応援してます!"


 コメント欄では安堵の声。



「ダンチューバーを続ける。それは――どうして?」


 急かすでもなく、ゆきのんは優しく私が言葉を続けるのを待ってくれる。



 ――今のダンチューバーという地位を築き上げた先輩たちのように。

 夢と希望を見せられる配信者になりたい。

 今も胸にある気持ちだ。


 親の転勤による転校。

 新しい学校に馴染めず、不登校になった私。

 そんな私が再び前を向くきっかけは、まっすぐ前を向いて走っていたダンチューバーたちだった。

 だから私が目指すのは、癒やしと笑顔を届けられる人。



 ……なんてこと、さすがに本人を前に言うのは恥ずかしいし。

 自分が楽しいだけでなく、楽しいを共有したい。

 そしてあわよくば、過去の自分のような人間が前を向く手助けができれば良い。

 ――なんてこと、配信で言えるわけがないではないか。


「う~ん……、内緒です!」

「え~? そこまで言いかけて……、気になるよ~!」


 うりうり、とゆきのんが私の頬を突っついてきた。


「レイナちゃんのほっぺた、もちもちしてて気持ち良い!」

「むむむ――それは私が幼女ってことですか!?」

「違うよ!?」


"合法ロリ"

"レイナちゃんのほっぺたぷにぷにしたい"

"寝顔ずっと見守りたい"

"↑↑通報"



 そんなことを話しながらじゃれあっていたが、


「レイナちゃん、ドリームプロダクション――うちの事務所はどうかな?」

「へ?」

「卒業後の就職先!」


 ゆきのんが、突然そんなことを言い出した。


(……って、配信用のリップサービスだよね!)

(危うく本気にするところだったよ――)


「またまた~、冗談はやめてくださいって。私なんかには眩しすぎますって!」


 シャイニースターズを擁するドリームライト・プロダクション。

 企業勢と呼ばれるダンチューバー事務所の中では、最大手と言っても差し支えない。


 企画力、所属するタレントの個性。

 必ずしもダンジョン探索者としての実力が、トップクラスな訳ではない。

 それでも誰もがきらりと輝く一芸をもっていて、常に業界の一線を走り続けてきた事務所なのだ。


 私が並んでいたら違和感ありすぎると思う。



「割と本気だったんだけどなあ――」


 軽く流した私に、ゆきのんは拗ねたように唇を尖らせる。


「みなさんも、私なんかがドリームライトプロダクションにいたら怒りますよね!?」


 私がコメント欄に話を振ると、


"ゆきのん、ずるい!"

"これはひどい職権乱用"

"レイナちゃん争奪戦はじまっちゃう!?"

"むしろ事務所が羨ましがられるの草"


「なんで?」


 食材さんたちの悪ふざけかな。



"《佐々木 大五郎》わたくし、ダンジョンイーグルスのギルド長を勤めております佐々木と申します"

"《佐々木 大五郎》このたびは是非とも、彩音レイナ様に、我がギルドに入っていただけないかというご相談を――"


"ふぁっ!?"

"勧誘草"

"なりすましか!?"


"本物やんけ!"

"やっぱりトップギルドは、有名実況者の配信はチェックしてるんやなあ……"

"佐々木さん、佐々木さんじゃないですか! 未払いの残業代はやく払ってくださいよ!"

"なんか闇深そうなコメント見えて草"


 ダンジョンイーグルス。

 たしか有名な探索者ギルドだった……、はずだ。


 ──詐欺かな?


「む、難しいことは分からないのでマネージャ通してください!」


 面倒事は、とりあえず千佳に丸投げ。



"一刀両断で草"

"レイナちゃん、まったく興味なさそう"

"食べ物以外にレイナちゃんが興味持つはずがないだろ、いい加減にしろ!"


"是非とも我がギルドの話を――!"

"十倍出す。だから少しでも私たちのギルドの話を――!"

"幹部待遇で迎える。どうか俺たちのギルドに――"


「!?!?!?」


 コメント欄に、そんな書き込みが増えていく。



「あー、この話はここまで!」

「ご、ごめんなさい! そういうのはマネージャの方までお願いしますっ!」

「これは流れ作った私が完全に悪かった。ごめんなさい!」


 ゆきのんが、そう謝罪する。


"まあ仕方ない"

"暴走したギルドのスカウターたちが悪い"

"レイナちゃんの進路は、全探索者が注目してるからなあ――"


 なんか不穏なコメントが見えたんですけど!?


(……千佳に、相談しよ!)


 思わぬハプニングに時間を取られつつ。

 私たちは、そのままダンジョン探索に戻るのだった。




※※※


 1時間後。

 私たちはボス部屋の前に到着していた。

 今日の配信は、ここでフロアボスを倒して終わる予定である。


「レイナちゃん、せっかくだし対ボス相手の連携練習しよう?」

「はいっ、頑張りますっ!」



(結局、ほとんど0点だったし)

(最後ぐらい良いところ見せないと……!)


 私は、そう気合いを入れ直すのだった。

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