第13話

 コラボ配信当日。

 配信を行う新宿ダンジョンの中層に向かうと、すでに入り口で待機している雪乃の姿があった。


「すみません、お待たせして――」

「ううん、私も着いたばっかりだから!」


 気にしないで、とゆきのんは私の姿を見るなり笑う。 


「レイナちゃん、実物もちっちゃくて可愛い!」

「私はこう見えても15ですっ! ゆきのん先輩も、すごく格好良いです!」


 しげしげと見つめ合う私たち。

 今、私は憧れのダンチューバーと実際に会って話してる――そう思うと不思議な気持ちになった。

 それだけでも諦めずに配信続けて良かったとすら思う。


 そんな私の感慨をよそに、



「レイナちゃん、本当にごめんなさい!」


 ゆきのんが、深々と頭を下げてきた。


「な、何のことですか!?」

「何って――あのシーンを、よりにもよって配信に残してしまうなんて大ポカを……」

「それを言うなら私も切り忘れてましたし――」


 二人して意図せず配信しっぱなしだったという痛恨のミス。

 イレギュラーモンスターと対峙していたゆきのんはまだしも、私にいたっては完全なるうっかりである。


「配信でも言った通りです。ゆきのん先輩が居なければ、私は今でも埋もれたままだったと思います。ゆきのん先輩は私の恩人です!」

「レイナちゃんこそ! レイナちゃんが居なかったら、私は今頃死んでたからね」


 軽い口調でサラッと言っているが、割とシャレにならない。


「お互い、結果オーライってことで――」

「そうですね! ゆきのん先輩、今日はよろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げ、私たちは配信準備を始めるのだった。




※※※


「作戦会議室からマイクを持ってこんにちは! 望月雪乃です!」


 そうして、あれよあれよという間に配信が始まった。


「そして今日はゲストとして、あの方が来ています!」

「こんレイナ~! 食材のみなさん、こんにちは!」


"キタ~!"

"ずっと楽しみにしてました~!"

"どっちも好きすぎる!"


 私たちの挨拶に合わせ、コメント欄が凄まじい勢いで流れていく。


 ――彩音レイナ&望月雪乃のコラボ配信。

 コラボ内容としては、私がゆきのんの解説動画に参加させてもらう形だ。



"レイナちゃん、今日は常識枠だからね"

"レイナちゃん、常識学んできた?"

"レイナちゃん、パンチで壁に穴空けちゃ駄目だからね"

"食材のみなさんのコメントが、いきなり不穏なんですが……(困惑)"


「みんなして私を何だと思ってるんですか。食べちゃいますよ!?」


 実に熱い風評被害である。



「レイナちゃんのことを知らない人が居るかもしれないから最初に軽く紹介しますね。レイナちゃんは――」


 私のことを初めて見る人向けに、ゆきのんが私を軽く紹介する。


 私が、料理配信をメインに活動しているダンチューバーであること。

 偶然居合わせたゆきのんを、イレギュラーモンスターから助けたこと。

 もっとも、どっちのチャンネル視聴者にとってもほぼ既知の事実であり、


"ゆきのんを助けてくれてありがとう!"

"あなたのおかげで私の推しは生きています……"


 ゆきのんのリスナーからは、そんな温かいコメントが飛んできた。

 一方、食材のみなさんは、


"( ゚∀゚)/あっはっはっはっは!"

"喰えないので――消します!"

"3秒で分かるレイナちゃん!→URL(【切り抜き】オークキングと素手で殴り合うレイナちゃん)"

"レイナちゃん入門セット!→URL(ダンチューバー事件簿 彩音レイナ)"


 自重して!?

 あと、そのWikiはなに!?


「うんうん、レイナちゃんと言えばやっぱりこれだよね!」

「ゆきのん先輩まで~!?」


 一方、ゆきのんは切り抜きを見て目を輝かせていた。




※※※


「それじゃあ今日も、探索解説動画やっていきますね!」


 そうして私たちは、中層第1地区に足を踏み入れる。


 今日の配信内容としては、中層での解説動画&料理配信である。

 ダンチューバー同士のコラボでは、やっぱり一緒にダンジョンを潜るというのが一般的だ。

 今回は、さらにそれぞれの企画を合わせた形である。


"ゆきのんの解説動画、分かりやすくて好き"

"ゆきのんのおかげで中層にたどり着けました、ありがとうございます!"

"ガタッ! ついにレイナちゃんの解説も見れるんですね!"

"潜るのは中層?"


「中層です。ごめんなさい、もっと私に実力があれば、下層でいつもの料理配信ができたんだけど……」


 コラボ配信では、普段以上に安全マージンには気を遣う。

 基本的に相手の到着階層に合わせるのが、暗黙の了解だった。


「いえいえ、ものすごく助かります! 解説動画を求められてたんですが、勝手が分からなくて――」

「あぁ……」


 ゆきのんは、そっと目を逸らし、


「レイナちゃんの解説は、そのままで良いと思う。可愛いから……」

「何のフォローにもなってないですって!」


 ぷくーっと膨れる私を見て、


"フォロー失敗してて草"

"可愛い(可愛い)"

"なおモンスターを前にすると本能を抑えきれなくなる模様"


 コメント欄も、和気あいあいとしている。

 私は、不思議と緊張がほぐれていくのを感じていた。



(不思議な人だな、ゆきのん先輩)

(ずっと前から知り合いだったみたいに話しやすいし!)


 何かあったら、相手にまで迷惑かけてしまうのがコラボ配信だ。

 正直、コラボが始まる前は、失敗したらどうしようという緊張もあった。

 それが始まってみれば、こうして楽しく配信できていて、


(プロってすごいなあ――)


 私じゃ、ここまで上手く場を回せない。

 ゆきのんの凄さに感動していると、



「レイナちゃん、曲がり角の先に宝箱があるみたい。どうする?」


 ゆきのんが、そんなことを聞いてきた。

 解説のための前振りだろう。



「はい、粉砕してきます! 中身だけ取りましょう!」

「え? ――ちょっ!?」


 私は宝箱の前まで一足飛びに踏み込み、軽く拳を当てて外枠を吹き飛ばす。

 ピュンッと両脇の壁から変な弓矢が飛んできたので闘気を飛ばして粉砕。

 中身は――変な鉱石。さすがに喰えない、大ハズレである。


「どうですか、ゆきのん先輩!」


 私が、宝箱の中身を持って帰ると、


「う~ん、0点!」

「ひょえぇ、手厳しい……」


 宝箱を破壊するのに、時間をかけすぎたのだろうか。


"残当"

"そらそうよ"

"罠探知スキルがない場合の模範解答は、近づきながら罠の種類ごとに可能性を潰していく感じかな"

"ミミック回避のための棒は必須よね"


「レイナちゃん、学校で習わなかったの?」


 困った様子で、ゆきのんが訊いてきた。


「はい、習いました! なんか難しいこといっぱい書いてあったのですが、慣れたら自分なりのやり方にアレンジしようって書いてあったので――」


"これは都合良いところだけ読んでるなw"

"う~ん、これは問題児"

"たしかにレイナちゃんならそれでも問題なさそうだけど! 問題なさそうだけど……!"


「ダンジョンの罠は、本当に危ないからね。いくらレイナちゃんでも甘く見たら駄目だよ」

「はい……」

 

 普通に怒られてしまい、私はしゅんと頷くのだった。


"レイナちゃんが、常識人になっていく可能性?"

"実はレイナちゃん育成配信だった!?"

"常識人はソロでフロアボスに挑まない定期"



「宝箱を見つけたときの正しい対応策は――」


 そう言いながら、ゆきのんが宝箱を見つけたときの対処法を実演を交えて説明してくれる。


 ザックリ言ってしまえば、罠の発動条件を安全圏から満たし、あり得る罠の種類を1つずつ潰していく方法だ。

 看破系のスキルがあれば、罠の種類まで分かるからパーティを組むときは1人入れるのがオススメとゆきのんは締めくくる。

 いつものように分かりやすい解説ではあるけれど……


「ここで出る罠が、モンスターハウス・剣穴・弓矢。毒――なら、やっぱり全部無効化できるので大丈夫ですよ?」

「へ? いや、でも未知の罠がもし眠ってたら――」

「でも……。未知の罠があるかなんて、一度はかかってみないと分からないですよね?」


 私は、ゆきのんにそんな質問をする。

 

"脳筋すぎるw"

"よく生きてたなこの子!?"

"毒耐性スキルカンストするまで毒食べてた子なので・・・"


"そもそもレイナちゃんを常識で測ろうとするのが間違ってるんやで"

"レイナちゃんは愛でるもの"

"なんで食材のみなさんは誇らしげなんですかねえ……(困惑)"



「もし罠にかかって対処できなかったら死んじゃうんだよ!?」

「大丈夫です! 罠に負けるようなヤワな体はしてません!」

「た、たしかにレイナちゃんなら大丈夫そう? 大丈夫なら……、あれ? そう言われると――正攻法は、実は罠を正面突破できるまで鍛えること?」


 目を白黒させるゆきのん。


"ゆきのんが毒されてるw"

"負けないでゆきのんw"

"うちのレイナちゃんが、本当に申し訳ありません……"


 結局、罠の対処方法は棚上げされた。



 解説動画。そして他愛ない雑談を交えて。

 ちょっとした混乱もありつつ、コラボ配信は順調に進んでいく。

 

「そういえばレイナちゃんは、卒業後どうするか決めてるの?」


 コメント欄から拾った何気ない質問。

 私は、うっと言葉に詰まる。


「お恥ずかしいことに、まだ具体的なことは何も決めてなくて――」

「そうなの? 私で良ければ相談に乗るよ?」


 ゆきのんが、天使のような柔らかい笑みを浮かべた。


 そういえばゆきのん配信の定番として、ゆきのんのカウンセリングコーナーなんてものもあったっけ。

 ダンジョン探索者からの悩みを聞いてアドバイスをするというシンプルな企画だ。


 この笑顔を前にしたら、何でも話したくなってしまう気持ちも分かるなあ。

 

 

「そうですね、私は――」

 

 おずおずと口を開く私であった。

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