第8話
そんな訳で1時間後。
第四地区を踏破した私は、そのまま第五地区に続く階段の前に立っていた。
ちなみに目的のキノコは、きちんと採取している。
(本題入る前に、時間かけすぎるのは問題だなあ)
(でもせっかくなら、採りたての食材を使いたいんだよね……)
残念なことに1時間も雑談で場を回すトーク力を、私は持ち合わせていない。
そのため私は、諦めて粛々とダンジョン探索を続けることにした。
というより頑張ってトークしようとしたら、コメントなんて見てないで集中しろと怒られたのだ。
私の視聴者さん、とても優しい。
"毒沼、強行突破するの草"
"宝箱の罠チェックはそうするのかぁ"
"罠チェック(拳で粉砕)"
"この子、ほんとになんで埋もれてたの?"
ちらりと覗くと、コメント欄の反応は上々といった所。
(視聴者さんの優しさに甘えてちゃいけないよね)
(次は、もっと面白い企画を考えないと!)
内心でそんなことを決意しながら、私は第五地区に足を踏み入れるのだった。
※※※
「というわけで第五地区に到着しました!」
"早すぎて草"
"RTAかな?"
これでも、だいぶ急いだからね!
これから私が取りに行くのは、オークキングの肉だ。
ちなみにオークキングは、ボス部屋と呼ばれる特殊な部屋を守護するフロアボスである。
いくつかの地区には次に進むための関門としてボス部屋が存在しており、フロアボスを倒せないと進めないのだ。
否、そんなことより特筆すべきは……、
「フロアボスって、どれも美味しいよね」
"【朗報】フロアボスさん、美味しい"
"これにはレイナさんもニッコリ"
"食欲だけで動く女"
"普通なら命を賭した戦いになるのに……"
たとえば第八地区のカニは、ほっぺが落ちそうなぐらい美味しかったなあ。
「はあ……、深層のフロアボスも食べたいなあ」
"深層は別世界だから、本当にやめておいた方が良い"
"やめとけ、本当に死ぬぞ"
「いや、倒したことはあるんです。けど流石にデュラハンは食べられなくて……」
"は?"
"……冗談だよな?"
(フロアボスは心のオアシスだったのに)
(深層君にはガッカリだよ)
先に進むのをやめた理由は、もちろん安全マージンの問題もあるが、一番の理由はフロアボスが調理不可能だったからである。
「いや……蒸し焼きにすればいけるかな? デュラハン食べた人います?」
"居てたまるか!"
"どこまで本気なのか分からん"
"もし深層潜るなら、頼むからパーティー組んでくれ……"
そう言われても、私、チームプレー苦手なんだよね。
千佳にも「あんたはソロで好き勝手やった方が良いと思うで」って、お墨付きもらったし。
ざわつくコメント欄を見ながら、私はボス部屋の扉を開け放つ。
「たのもー!」
"道場破りかな??"
"緊張感皆無で草"
"《望月雪乃》レイナちゃん、頑張って!"
"ゆきのん、このまま固定客になりそう……"
こんにちは、オークキング。
オークキングは一言で言ってしまえば、全長数メートルにも及ぶ豚型のモンスターだ。
二足歩行するため、見た目とは裏腹にその動きは機敏である。
素早く動き周り、手にした斧で防御もろとも粉砕するパワー系のモンスターでもある。
筋骨隆々であり、拳による攻撃も通りづらい。
ブモオォォォ!
オークキングのおぞましい咆哮が、ボス部屋に響き渡った。
巨大な斧が凄まじい勢いで振られ、付近にあった柱が一撃でへし折られる。
オークキングは凶悪そうに顔を歪め、叩き折った柱を私めがけて投擲してきた。
"ガチの怪物やん。こんなん、どうやって倒すんだ……"
"定石だと前衛と回復役10人ぐらいで足止めして、一気に魔法を叩き込むんだが――"
"俺、前衛だったけど二度とやりたくない"
"ソロで挑むとか不可能だって"
コメント欄には、私を心配するような書き込みが散見されるが、
「遅いっ!」
飛来してきた柱に衝撃波を当て粉砕し、
「えっとですね、オークキングは硬いのでオーラを纏って対抗します!」
実況することにした。
拳にオーラまとわせ、私はオークキングと相対する。
私が得意な戦闘スタイルは、拳にモンスターのオーラを宿らせることだ。
食べた相手の異能を拳に宿らせる、という実に私向きのユニークスキルである。
(宿れ、バウンティ・タイガー!)
拳にオーラが宿り、淡く発光する。
ふわふわと光が舞い、やがては獰猛な虎を形作った。
バウンティ・タイガー――それは下層の十三地区に生息するフロアボスであり、執拗に侵入者を追い回す虎型モンスターだ。
恐らくオークキングとは、生物としての格が違う。
"オーラwwww"
"なんかいきなり異能バトル始まったんだが・・・(困惑)"
"初見です、特撮映画の撮影ですか?"
"現実だぞ"
"レイナちゃんにとっては日常定期"
このスキルも、人前で使うのは初めてだった。
あまり可愛らしいものではないし、癒やしというコンセプトとは程遠いからだ。
(そんなこと言ってられないし)
(喜んでもらえてるみたいだから良いよね!)
オークキングの攻撃は、まともに撃たせると威力が高く致命傷をもらいかねない。
おまけに広範囲攻撃が多く、回避に専念しても避けきるのは難しい。
だから対処法として一番楽なのは、発動に合わせて真正面から受け止めてしまうことだ。
「あはははっ、私の糧となれ!」
オークキングに向かって駆け出し、私は振り下ろされた斧を真正面から弾き返す。
モンスターといっても知能が高く、オークキングの動きは一流の戦士のように洗練されていた。
幾度となく斧が振り下ろされるが、オーラをまとわせた拳でそのことごとくを撃ち落とす。
"ふぁっ!?"
"(゜д゜)ポカーン"
"おまいら口開いてるぞ?"
"今見たら同接10万人越えてて草"
何度となく攻撃を撃ち合う。
ついには痺れを切らしたように、オークキングが怒りの咆哮をあげて距離を取ろうとした。
僅かな溜め。大技の予兆――しかし、この距離でそれは致命的な隙となる。
一転攻勢。
私は床を蹴って、一気に距離を詰める。
勢いを殺さずオークキングの頭まで飛び上がり、
「穿てっ!」
渾身の力を込めて、オークキングの頭部に拳を叩き込んだ。
拳に宿らせたオーラが、存在ごと喰らおうとするようにオークキングに襲いかかった。
オークキングの肉体は頑強だ。
しかし頭部だけは例外。隙を無理やり作って、必殺の一撃を叩き込む。
それが私なりの攻略法だった。
「ふう、いっちょあがり!」
私が床に着地するのと、オークキングが地面に倒れ込むのは同時だった。
倒れ込む巨体が重々しい地響きを発生させて、辺りには砂埃が舞い上がる。
(鮮度、良好! 損傷、なし!)
(いつ見てもうっとりする良いお肉だねえ)
――そうして私は、見事に配信のメインディッシュを入手することに成功したのである。
"解説きぼんぬ"
"されてもどうせ分かんない定期"
"さすがのレイナちゃんでも、珍しく手こずってたね"
「うん。せっかくの食材、傷つけないように倒すのって大変ですよね――」
"ちょっと何言ってんのか分かんない・・・"
"いやいやいやいや"
"そういえばこれ、料理配信だったw"
料理配信なのに、未だに料理のリョの字もない体たらく!
「準備に手間取ってすみません、これから料理しますね!」
"たぶんそういう意味じゃないw"
"レイナちゃんは可愛いなあ・・・(現実逃避)"
"おまいら、これ見てソロで挑もうとか思うなよ。普通、斧があたった時点で即死だからな"
"そもそも一般人はそこまでたどり着けないだろ"
私はオークキングの死体を抱えて、休憩スペースを借りることにした。
一応、人がいないことを確認。配信に映しちゃったら申し訳ないからね。
そうして私は、おもむろに調理に取りかかるのだった。
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