第7話

 総勢100体にも及ぶモンスターの大部隊。


 まず私が処理することにしたのは、キラー・パペットという人形型のモンスターだ。

 ピエロを模した人形は、遠距離から魔法を撃ってくるし、ケタケタという笑い声が不気味で鬱陶しい相手だ。

 何より面倒なのがその特性。5体1組のモンスターであり、同時にコアを破壊しないと無限に復活するのだ。

 ……ちなみに食えない。



「食べられるようになってから出直して」


 私は、後列で魔法の詠唱をはじめたキラー・パペットたちに飛びかかる。

 そのまま闘気を飛ばして遠距離砲撃。一撃のもとで粉砕する。



"へ?"

"俺たちのトラウマがぁぁぁぁ!"

"瞬殺ワロタ"

"人間離れしてて草"


 コメントしているのは、下層に潜ったことがある経験者だろうか。

 どうやら戦い方は、視聴者から見ても及第点らしい。


 ちなみに私は、今までの料理配信ではあまり戦闘は映さないようにしてきた。

 戦闘なんて血なまぐさい物は癒やし配信とは正反対だし、料理配信にはそぐわないと考えていたからだ。

 そのため基本的には、調理過程を除けば、素材採取と移動中の雑談がメイン。



 実のところ、今日も不評そうなら戦闘中はモザイク入れようなんて考えてたけれど、


"なるほど、ソロならこうやって倒せば良かったのか"

"完璧な作戦だな。不可能って点に目を瞑れば"

"すごすぎて意味わからん"

"同接みるみる増えてて草"


 どうやら好評そうかな。

 とりあえず垂れ流すことに決め、私は片っ端から周囲のモンスターに飛びかかる。


 頼るは拳。

 動画ならカット編集するべき場面なので、できれば5分で片付けたいところだ。


「あっはっはっはっは!」


"( ゚∀゚)/あっはっはっはっは!"

"生き甲斐"

"マジキチスマイルほんとすこ"


 はっ、つい気持ち良くなってしまった。

 癒やし配信には絶望的にそぐわない悪癖である――自重自重。



 こういうとき、何を喋るのが正解なんだろう。


「えー、ブラッドウルフです。食べられないので消します」

「こっちはビリビリクラゲですね。あんまり美味しくないので消します」

「エルダーゴブリンですね。骨が硬いので、あまりおすすめはできないので消します」


 とりあえず有名な配信者を真似て、実況しながら倒してみることにした。


 ボスッ

 と殴りつけて消し飛ばす。

 実況って、これで良いのだろうか?


"消しますwwww"

"俺たちは何を見せられてるんだ・・・(困惑)"

"食レポだよ!"

"たしかに料理配信だな!(錯乱)"


「食レポは、ちゃんと後でしますよ!」


"コメ欄凝視してないで真面目に戦って!"

"余裕そうで草"



 きっちり5分後。

 私は、トラップで湧いたモンスターの屍の山を築き上げていた。


「ほんっとうに目障り。食材にもならないゴミムシどもが」


(って、つい癖で――)


 モンスターの群れを倒し、つい気が抜けてしまったのか。

 不用意な失言に青ざめる私だったが、


"ぶひぃ"

"今のゾクゾクしました! 最高です!"

"もっと罵って下さい!!"


「なぜに!?」


 コメント欄は、私を非難するどころか大盛りあがり。 

 過去一番の速度で流れていく。気がつけば同接も、配信開始時より1万人ぐらい増えているようだった。



「…………こほん。おとといきやがれですわ」


"あきらめろん"

"取って付けたような清楚要素"

"下層のモンスターハウスが5分で攻略されたってマジ?"

"誰だ切り抜いたやつww"


 いやぁぁぁぁぁ!

 また私の黒歴史が拡散されていくぅ!?


 ずっと埋もれてた私にとって、切り抜き自体はありがたいけれど! ありがたいけど……!


「みなさんが見たのは幻覚です。良・い・で・す・ね?」


"圧w!"

"はいっ!"

"はい、レイナさま。あなたは清楚です!"

"後ろの肉塊はいったい・・・?"


 和気あいあいとした雰囲気。

 思わぬトラブルに見舞われたが、どうにか視聴者さんを退屈させずにすんだようだ。

 黒歴史がまた増えてしまったことを除けば、上々の成果だと思う。



 ようやく落ち着いたその時、


"ゆきのんのつぶやいたーから来ました!"

"落ち着いて! そして回避に専念して。必ず助けが来るから"

"すぐに救出部隊を要請して――ってあれ?"


 コメント欄に、ちらほらとそんな書き込みがあった。


「ご心配おかけして申し訳ありません。このとおり無事です」


 ぺこりと頭を下げる。

 本当にうかつにトラップを踏んだのは大失態だ。


"無事で良かった!"

"新たな伝説が生まれたと聞いて"

"肝が冷えたけどハッピーエンドならすべてヨシ!"

"レイナちゃんの御御足prpr"


 安堵のコメントが流れる。

 視聴者さんが本気で心配してくれたのが分かり、すごく申し訳なくなった。



"ゆきのんがダンジョン潜ったって!"

"そのまま下層潜りそうな勢い!"

"はやく無事だって伝えないと!"


「雪乃先輩!? 私、無事です。無事ですから~!」


 それ、ミイラ取りがミイラになるやつ!

 私のせいでゆきのんが危険な目に遭ったら、とてもファンに顔向けできない。


 ハラハラする私だったが、幸いゆきのんも配信中だったため無事を伝えることに成功。

 モンスターハウス事件は、幕を下ろしたのだった。

 


 そういう訳でそろそろ本題。


「とりあえず先にメインディッシュ取りに行きますか~!」


"ん?"

"なんか元気で草"

"そういえばこれ、料理配信だった!"

"なにを取りに行くの?"


 やっぱり考えるべきは、主菜に使う肉を何にするかだ。

 ハーブを添えつつ、やっぱり疲れたときには食いごたえのあるお肉が一番。



「第五地区の奥部にオークキングがいるでしょ? あのお肉が格別なんですよ!」


"ふぁっ!?"

"フロアボスで草"

"あれにソロで挑むって、ま?"

"なぜ食おうと思ったw"


 混沌とするコメント欄をよそに、私は第四地区を駆け抜けるのだった。




※※※


 一流のダンジョン探索者は、二つ名を持つことが多い。

 もっともそれは、自分から名乗るものではなく、畏怖と敬意を込めて自然と探索者たちが付けるのだ。


 たとえば望月雪乃――ゆきのんは、極寒ごくかん冥姫アビス・ロードなんて二つ名を持つ。

 冷静沈着な観察眼と、戦場を俯瞰する佇まいから付けられたものだ。



 最近、頭角を現したダンチューバーが居た。

 その名は彩音レイナ――イレギュラーモンスターとの戦いがバズった新進気鋭のダンチューバーだ。

 ひそかにファンが増えつつあるレイナであったが、探索者たちはしっくり来る二つ名を決めかねていた。

 そんな状況でレイナは配信を始め、衝撃的な光景を見せつけることになる。


「…………消します」

 そう宣言し、淡々と、音もなく、機械的に敵を屠る。

 その姿は、新宿ダンジョンの「例のアレ」に匹敵するインパクトを視聴者に与えた。

 その日を境に、自然と彩音レイナはこう呼ばれるようになっていった。

 ――沈黙の鮮血天使サイレント・エンジェルと。

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