第6話

 翌日の朝。

 私――レイナは、新宿ダンジョンを訪れていた。

 有言実行、料理配信のためだ。


 ちなみにスマホは、千佳に新しいのを借りた。

 配信を切れず物理的に破壊したことを伝えたら、アホの子を見る目で見られたけどご愛敬。



 そんなこんなで、すでに配信枠は取ってあった。

 ちらりと見えた配信待機人数は、33000……33000人!?


「は、は、は、はじめまして? 本日はお日柄もよろしゅう――?」


"めちゃくちゃテンパってて草"

"かわいい"

"落ち着いて!"


 凄まじい勢いのコメント欄。



 私は、ダンジョン探索で培った探索眼をフル活用。

 コメント欄を追いかけていく。とんでもない黒歴史を晒した後だからと心配していたが、おおむね好意的なコメントばかりのようだ。


「ごめんなさい! こんな人数の前で配信するのは初めてで――」


"ドラゴンゾンビは、どうすれば倒せるようになりますか?"

"ゆきのんとのコラボはありますか!"

"今日のパンツの色は?"

"どこの事務所所属ですか?"


「ドラゴンゾンビは……、気合いで? 雪乃先輩とコラボ……!? わ、私なんかがおこがましいですよ!」


 加速スキルを駆使して、私はコメントに応えていく。

 せっかく配信に来てくれて、更にはコメントまで残してくれたのだ。

 真摯に応えなければ。


「パンツの色は……えぇっ、千佳どうしよう!? 事務所は無所属ですよ!」


 そんな感じに質問に答えていたら、



"????"

"画面バグった……?"

"謎の早送り演出好き"

"ライブ配信風の動画なのかな"


(あれえ……?)


 なにやらコメント欄の様子がおかしい。

 私が反応に困っていると、ルインになにやら着信があり、



「ええっと、コメントは全て返す必要はない……?」


 届いたのは、千佳からのそんなコメントだ。

 千佳いわく、たまたま目についたコメントを拾う程度で良いそうだ。

 いや、少し落ち着けば、たしかにそうなんだけど……、


(どのコメント拾うか、どうやって選ぶの!?)

(その方が難易度高いよ!)


 私の内心の悲鳴をよそに、



"うっそでしょw この速度のコメ欄追えてるの!?"

"いや、いきなり草"

"なんたる才能のムダ使い"

"挨拶代わりに分からせていく女"


 なぜかコメント欄はお祭りムード。

 ……解せぬ。



 その後、私は改めてリスナーさんに向けて自己紹介する。


「初めましての人も多いと思うから自己紹介させて下さい。

 私は、彩音レイナ――主に料理配信をしているダンチューバーです」


"楽しみにしてました!"

"例の動画を見てファンになりました!!"

"すごく格好良かったです!"


「えっと……、ありがとう」


 こういうとき、気の利いたことでも言えれば良いのだけど。

 あまりコミュニケーションが得意でない私にできるのは、もじもじとお礼を言うぐらい。



「でも、できればあのことは記憶の奥底に封印しておいてもらえると――」


"( ゚∀゚)/あっはっはっはっは!"

"食えないっ、邪魔!"

"どこにも食用部位がないのよね――"


「やめてぇぇぇぇぇ!?」


 おかしいな!?

 配信始まったばっかりなのに、私のコメント欄、無駄に一体感ありすぎる。



"それで今日は何を作るの?"

"グルメ配信楽しみ!"


 本題に入るよう促すコメントも見えたところで、


「それじゃあ、まずは素材を採っていこうと思います!」


 私は、安全地帯を抜けてダンジョンを潜り始めるのだった。




※※※


 新宿ダンジョン――それは上層、中層、下層、深層から成る大型のダンジョンだ。


 それぞれの「層」は、更にいくつかの地区に分かれていた。

 探索が一番進んでいる層を便宜上「深層」と呼んでおり、第九地区まで探索が進んでいる。それより先は完全に謎に包まれていた。

 深層の奥深くまで進み、生還した探索者は存在しないのだ。



(まあ私みたいな料理配信者には、最前線は無縁だよね)

(深層のモンスター、食べてみたいなあ)


 私が安全マージンを持って潜れるのは、精々、下層が良いところだ。



 そんなこんなで、私はダンジョン下層に潜り始めた。


"へ? なんでこの人、下層に潜ってるの?"

"ただの自殺志願者で草"

"えぇ……(困惑)"

"なになに、どういうこと?"


(……あれ?)


 なにやらコメント欄が騒然としている。

 何を作るかはサプライズだったけど、とりあえずどの素材を使うか説明するかもしれない。


「とりあえず下層の第四地区で、ブティキノコ集めます!」


 今日はキノコ鍋の予定だ。

 第四地区はちょっと進めば美味しいお肉も取れるし、良い狩り場なのだ。



"下層の第四地区って、天国への入り口って呼ばれてるあの……?"

"しかもブティキノコって、毒キノコじゃねえか!"

"散歩感覚で、死地に迷い込む女"

"何から何までクレイジーで草"


「こ、この辺ならいつも潜ってるので大丈夫ですよ!」


 天国への入り口――その呼び名は聞いたことがある。

 たしかに慣れないと危険だけど、安全マージンは十分に取っているつもりだ。



"《望月 雪乃》早まらないで!? 危なすぎるって!"

"ふぁっ!?"

"ゆきのんだ~!"

"本物で草"


「え、雪乃先輩……!?」


 突然の大物の登場に、私は思わず意識を持っていかれ、



 カチッ!

 床のボタンを踏み抜いてしまう。


"うわぁぁぁぁ! モンスターハウス踏み抜いたぁぁぁぁ!!"

"うっ、トラウマが……"

"流石にやべえって。救援隊間に合うか?"

"《望月 雪乃》あわわわわ、私のせいで!?"

"《望月 雪乃》私が助けにいけば! いや、下層とか秒殺されちゃう……"

"落ち着いてゆきのん!?"


 モンスターハウス――それはダンジョンに仕掛けられた罠のひとつだ。

 踏み抜いた対象を閉じ込め、モンスターを寄せ集めるというものだ。


 深層であればまだしも、下層なら大した問題はない。

 問題あるとすれば……、



「くそまずいモンスターしか集めないんだよね、この罠……」


"いや草"

"モンスターを捕食対象としか見てないのホンマに草"

"レイナさんなら問題ない"

"《望月 雪乃》助けは、助けは――"


 トラップに引かれて現れたのは、総勢100体ほどのモンスター。


(ああ、もう! 料理配信はテンポが命!)

(早く素材集めに行きたいのに~!)



「邪魔」


 ぽつりと呟き、私はサクッと片付けるべく戦闘態勢に入るのだった。

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