第5話
――ダンジョンシーカー・アカデミー。
それが私の通う学校の正式名称だ。
名前の通り、ダンジョン探索者を育成するための専門学校である。
ダンジョンが世界各地に現れてから、国はその対応に頭を悩ませていた。
なんせダンジョンは異界と繋がる危険な場所であり、放っておけばモンスターが氾濫する危険もあるからだ。
とはいえ危険なだけでなく、この世の物ではない貴重な物資が手に入る価値ある場所でもあった。
そんな訳でダンジョン探索者の育成は、各国にとっても急務と言えた。
ダンジョンの情報は、相手国より優位に立つための切り札にもなり得るものだったからだ。
各国は一刻も早くダンジョンの謎を解明する必要に迫られ、それは日本も例外ではなかった。
結果、ダンジョン探索者を育成するための専門学校が日本でも次々と作られていったのである。
「まさか配信がここまで人気になるとは、政府のお偉いさんも想像すらしてなかっただろうね」
「な~にを黄昏れてるんや……」
「あ、千佳」
私がぼーっと食堂で待っていると、1人の少女がこちらに向かって歩いてきた。
鈴木千佳――待ち合わせていた私の友人である。
今日もラフな作業着を身にまとい、頭にちょこんとゴーグルを乗せていた。
自信の溢れたクリクリっとした瞳は、快活そうな雰囲気を漂わせている。
千佳は、私を見るなりニカッと微笑み、
「とりあえずお昼、持ってくるで!」
そう私の手を掴み、歩き出すのだった。
※※※
数分後。
私たちは、ちゅるちゅるとラーメンをすすっていた。
麺の大盛り無料。学食は、貧乏学生の偉大なる味方なのである。
皿が空っぽになる頃。
「……私、バズってる?」
私は、ぽつりと本題に入る。
「おめでとう! 一躍、時の人やで」
「やっぱり……?」
「ほれ。今もチャンネル急拡大中」
千佳がそう言いながら、スマホを差し出してきた。
開かれていたのは彩音レイナの食卓配信――私のダンチューバーとしてのチャンネルだ。
チャンネル登録者数は、51万人ちょっと。
心なしか、今朝見たときよりも増えていた。
「はえー……」
「あんまり嬉しそうじゃないんやな」
「いや、どうにも現実味がなくてね」
リロードするたびに、数字が数百単位で増えていく。
それらは半年間、必死に活動したにもかかわらず、ついぞ届かなかった人数だ。
奇跡と無邪気に喜ぶより前に、やっぱり何かの間違いでは……? というのが正直な感想だった。
「やれやれ。新宿を救った英雄様が、謙虚というか何というか……」
「もう。千佳まで大げさなこと言って」
ネットでは、私を褒め称える声で溢れている。
詐欺も良いところである。
「ドラゴンゾンビぐらいじゃ、新宿は滅びないよ。だいたい私と同じことできる探索者ぐらい、探せばいくらでもいるでしょう?」
「無自覚って怖いなあ――」
私の言葉に、千佳は呆れたようにため息を着くのだった。
……解せぬ。
※※※
『あっはっはっはっはっは!』
千佳のスマホで、私はいくつかの切り抜き動画を見ていた。
(えぇ……)
なに、この人……(ドン引き)
どうしてモンスターをミンチにしながら、恍惚とした笑みを浮かべてるんですかね。
モンスターを撲殺する己の姿を見て、私は地面に埋まりたい気分になった。
「完全にヤバイ人じゃん!?」
「良いやん。ほら、人気出てるで!」
「良くない! あぁぁぁ、現在進行系で黒歴史が広がっていくぅぅ~!?」
さようなら、清楚な癒し系やってた私。
頭を抱えてうめく私を見ながら、
「それでレイナ、次の活動はどうするつもりや?」
ふと千佳が、真剣な顔でこんなことを聞いてきた。
(これからどうするつもり……、か)
千佳に改めて聞かれ、私は返答に詰まってしまう。
配信切り忘れという不慮の事故。
ゆきのんという超大人気ダンチューバーのおかげでバズりにバズり。
パニックに陥ったが、これはたしかにチャンスでもあった。
(落ち着け、私)
(これは一過性のもの。自分の数字じゃない)
ネット文化は、熱しやすく冷めやすい。
少しバズって、一瞬で消えていったダンチューバーなんて山ほどいる。
次に考えるべきは、どうやってこの人たちをファンにするかということだ。
「ねえ、千佳。……これ(切り忘れ事件)、無かったことにできるかな?」
「無理に決まっとるやろ」
即答。
そりゃそうか。
「となると、いっそのことヒャッハーて言いながら、モンスターに突撃する配信するべきかな……」
ダンチューバーたるもの、お客さんを喜ばせてなんぼ。
しかし私には、この視聴者さんたちが何を望んでいるのか、サッパリ分からなかった。
あの時と、同じことを。
もっと過激に、もっと狂ったように……?
行き着く先は、今ランキングを総なめにしているスプラッタ配信か。
ドツボにハマりかけていた私を見て、
「結局は自分のやりたいようにやるのが一番。ウチはそう思うで」
――それにレイナはありのままが魅力やしな。
千佳が、そう真面目な顔で言う。
ハッとした。
(いつもおちゃらけてるのに、こういうときだけ……)
(本当に――)
それでも背中を押されたのは事実。
「決めた。私、明日は"いつもどおり"料理配信する」
今までを無かったことにはできない。
昨日のアレも、無かったことにはならない。
両方を受け入れ、ありのままの私を見せるしかないのだ。
(それで数字が落ちるなら、それまでだったってこと)
(ありのままの私を見せよう)
私は、そう決意を固めるのだった。
「"いつもどおり"の配信なんてやったら、もっとバズって収拾付かなくなりそうやけどなあ……」
「まさかあ……」
――そんな千佳の予言は、見事に的中することになる。
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