第4話

 翌日の朝。

 私――レイナは、むくりと起き上がる。


(どうやら帰ってきて、そのまま寝落ちしたっぽいな)

(こんなだらしないところ、リスナーさんには見せられないね……)


 まあ、イメージを壊すようなファンも居ないんですけどね!



 はあ、とため息。

 目をこすりながら起き上がったところで、


(……ん?)


 スマホがぶるぶると震え続けているのを見て、私は首を傾げる。



 ひっきりなしに通知が来ているのだ。

 スマホを見て、まず気がついたことは――



「なんで配信中になってるの!?」


 いやぁぁぁぁぁ、と絶叫。

 物理的に破壊せんばかりの勢いでスマホに飛びかかり、慌てて配信を閉じる。


(おかしいな……)

(ちゃんと切ったはずなのに――)


 否、閉じようとした。


 しかし閉じれない。

 閉じるボタンを押しても、ピクリとも動かないのである。

 私、彩音レイナ。実は、大の機械音痴なのである。



(なんで~!?)


 涙目になる私。

 不幸中の幸いか、ダンジョン探索中と同じカメラモードなので顔は映っていない。

 動揺する私の前を、不穏なコメントが横切っていった。



"迫真の絶叫草"

"つぶやいたートレンド1位おめでとう!!"

"チャンネル登録者数50万人おめでとう!"

"新宿救って、そのままスヤスヤ眠ってたのホンマ草"


 コメント欄の速度が、尋常じゃないほどに速い。

 不思議に思った私は、チャンネルの同接を見て――


「10万!? 10万なんで!?」


 見たこともない数字が飛び込んできた。



 同接1桁常連の私。

 10人を越えた日は、ささやかなお祝いにケーキを食べた。

 翌日ゼロ人で、枕を涙で濡らしたっけ。


 そんな私に、なぜか10万人以上もの視聴者が集まっている……!?

 最高に意味がわからなくて固まってしまった。



"ゆきのんとは知りあいだったんですか?"

"どこの事務所所属なんですか?"

"ドラゴンゾンビ、怖くなかったんですか!?"

"( ゚∀゚)/あっはっはっはっは!"


 コメントの中には、昨日の"例のアレ"について触れるものもあり……、


「いやぁぁぁぁぁぁ――!」


 私は絶叫とともに、スマホを物理的に破壊。

 強制的に配信を打ち切るのであった。




※※※


 真っ白い灰のようになっていた私であったが、ふと我に返り立ち上がる。


 それから、おもむろにパソコンを立ち上げた。

 情報収拾のためだ。



 おそるおそる、つぶやいたーを開くと、


(ほわっつ!? 本当にトレンド1位に自分の名前がある……)

(いや、本当になんで!?)


 どうやら私は、超大人気ダンチューバーを助けていたらしい。



 望月雪乃――ゆきのん、シャイニースターズの期待の星。

 初心者向けのためになる解説配信スタイルで、堅実に人気を集めていたはずだ。

 ゆきのんのことは、当然私も知っていた。

 デビュー配信はすごくワクワクしたし、今でも定期的に配信を見るぐらいには好きだ。


(非常事態だから、場を混乱させないために変装していたのかあ……)

(サイン欲しかったなあ――って、そうじゃなくて!?)


 昨日のあれが配信に映り込むなんて、大事故である。

 もし私が企業ダンチューバーなら、クビ待ったなしの大スキャンダルだ。


(解せぬ……)


 そんな危機感をよそに、現実は謎の盛り上がりを見せていた。


 ツイッタートレンド1位には、燦然と輝く彩音レイナの名前があった。

 チャンネル登録者は、本当に50万人を突破している。

 あまりにぶっ飛んだ数字で、いまだに現実感がない。



 私は試しに、彩音レイナの名前を動画サイトで検索してみた。


「どれどれ……?」


 驚くことに。……いや、予想どおりというべきか。

 昨日の光景が、大量に切り抜き動画として上がっているようだった。


"【最強幼女】ドラゴンゾンビをワンパンした模様"

"狼ぶちのめしてニッコニコのレイナさん(耐久Ver)"

"ベテラン探索者が、例の戦いを解説してみる(彩音レイナ、例のアレ)"


 ……そっと閉じた。



(ってか、幼女って。幼女って……)

(私、これでも15なのに!?)


 こんな時にまで、コンプレックスだった童顔問題を思い出させないで欲しい。

 そりゃあ、たしかに子供の探索者は珍しいけどさ。

 いや、私と同姓同名の幼女が、どこかでドラゴンゾンビをワンパンした可能性が微レ存?

 

 ついには、現実逃避のような思考を始めたとき……、




 ――ピリリリ、ピリリリ


 チャットアプリのルインに着信があった。

 呼び出し相手は、鈴木千佳――私の悪友にして、ある意味すべての元凶である。

 

 千佳は、工学部・ダンジョン探索支援科に所属する同級生だ。

 自称・発明家であり、ときどき怪しげな品を渡してきては感想を求めてくる。

 研究がノリにノッているときは、一週間は不眠不休で活動できる妖怪のような少女であった。

 ちなみに私がダンチューバーとして活動を開始したのも、千佳の誘いである。



 私が通話に出ると、


「おめでとう、レイナ! いつか跳ねるとは思っとったけど、さすがにそれは想定外やったで」


 千佳は、開口一番、そう爆笑した。

 爆笑しやがった……!


(他人事だと思って、なんともお気楽な!)


「千佳ぁ! 笑いごとじゃないって。ど、ど、どうしよう!?」

「おや、思っとるよりテンパっとる?」

「当たり前でしょう!!」


 私の言葉に、千佳はケラケラと笑っていたが、


「せっかくやし直接会って話そうか。ウチはレイナの専属マネージャーやしな」


 ふと真面目なトーンに戻り、


「ありがとう。今日ばかりは心強いよ」


 私たちは、学食で待ち合わせることを決めるのだった。

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