第9話
料理は手順が大切だ。
私はポーチから携帯用の探索セットを取り出し、テキパキと簡易的な調理場を作り上げた。
ダンジョンでもこうしてご飯を食べられるのは、人類の叡智のたまものである。
「今日はキノコ鍋を作っていきます!」
私はそう宣言し、今こそ腕の見せどころと腕まくりするのだった。
まずやるべきは、オークキングの肉の下処理だ。
鮮度を保つべく血抜きする。さすがに一回じゃ食べきれないしね。
私が学校支給の包丁を取り出したのを見て、
"そんなのでダンジョン食材の調理できるの?"
"ダンジョンの食材を捌くには、専門の調理器具が必要って聞いたけど……"
戸惑うようなコメントが流れていく。
(専門の調理器具かあ……)
実のところ料理配信を始めるにあたって、一度値段を調べてみたことはある。
ゼロの個数が想像より3つぐらい多くて、目玉が飛び出しそうになったものだ。
「あんな高級品、ただの学生が買えると思います?」
"ああ、たしかに……"
"レイナちゃん、バズったのもつい最近だったもんね"
"収益化もまだなんだっけ"
「あっ、おかげさまで収益化は申請中です!」
ダンジョン探索資金の足しになれば、と思って始めたダンチューバー。
モンスターハウスやフロアボスとの戦いで、気がつけば今日も同接は10万人を越えていた。
これは、例の切り忘れ配信に匹敵する数字である。
正直なところ千人ぐらい来てくれれば良いなあ――ぐらいの感覚で、この数字は想像もしていなかった。
このまま収益化が通れば、本当にそれなりの稼ぎになるかもしれない。
「もし収益化が通ったら、毎日おいしいご飯を食べるんです!」
"死亡フラグっぽいけど、願いがすごいささやか!?"
"どんなフラグも、レイナちゃんなら拳でへし折って生還しそう"
「そして憎き奨学金との戦いに終止符を!」
"ぶわっ(´;ω;`)"
"レイナちゃん、苦学生だった・・・"
"美味しいものいっぱい食べて!"
"これは貢ぐしかねぇ"
「あっ、別にそういう意図じゃないですからね!?」
私は慌てて、そう言い足す。
"こんなに強いのにダンジョン素材の換金が許されないって、法律改正するべきだよな……"
"そういえば基本的に学生はNGなんだっけ"
"一応、特例が認められれば可能らしいけど……"
「はい、申請通りませんでした!!」
まあダンジョン内で食べるなら、何の制約がないのがせめてもの救いだ。
それから私は、オークキングの死体を調理台の上に載せる。
美味しい鍋料理のためには、下処理が大切なのだ。
「それに――別に、専門の機械なんてなくても大丈夫です!」
私はそう言いながら、拳にオーラを込める。
オークキングが、しょぼーんとした顔でこちらを見ている気がするが……、無視。
躊躇なく拳を振り下ろした。
微妙に手間がかかるが、これも美味しい鍋のため。
外部から衝撃を与えることで、固まりきった筋がほぐれて柔らかくなるのだ。
"結局物理!"
"なんだいつも通りだな"
"なんか料理配信にそぐわぬ音がするんだけどww"
"戦闘すらも料理の一環だった可能性が微レ存?"
「戦闘中は鮮度優先した方が良いですよ~!」
"コメ欄凝視ほんと草"
オークキングを殴り続けること5分後。
ほどよく柔らかくなったところで、私は手を止める。
包丁で切り込みを入れ、一口サイズにカットしていく。
叩きすぎても食感がなくなってしまうので、程よい塩梅が難しいのだ。
肉の下処理が終わったころ、
"そういえばブティキノコの毒はどうするんですか?"
そんな質問が飛んできた。
毒――毒かぁ。
「私に毒は効かないよ?」
これでも私は、毒耐性スキルを持っている。
生半可な毒は効かないのである。
"真顔でボケないで"
"これは食物連鎖頂点の貫禄"
「いや、ウソじゃないって。毒耐性、持っとくと便利なのでおすすめです」
"むしろ、何でそんなスキル手に入れたんだ"
"あれ後天的に入手できるのか"
「若気の至りってやつですね――」
私は昔を懐かしみながら、毒耐性スキルを得るきっかけになった出来事を話す。
「上層で探索始めたばっかりのときに、思わず実ってたブルー・マスカットを食べちゃいましてね――」
"ああ、あれ美味しそうだよね"
"よく生きてたなw"
"初々しいころのレイナちゃん"
「たまたま先輩冒険者が通りがかったおかげで、命拾いしたんです。たぶん、その時に毒耐性スキルが開花したみたいで――」
"ほうほう"
"まあ生死の縁を彷徨えばな――"
スキルの開花。
それは文字通り新たなスキルに目覚めることだ。
ダンジョンの中で生命の危機に瀕することで、新たなスキルが開花するというのが定説である。
もっとも厳密な条件は分からず、今も様々な研究機関により研究中なのが実情だ。
「それから見かけた果物は、とりあえず口に運ぶようにしてみましてですね――」
"……ん?"
"風向き変わったな"
"自殺志願者かな?"
「だって毒がある果物って美味しいんですよ! 分かりますよね??」
"いや、同意を求めないでww"
"やっぱりレイナちゃんはレイナちゃんだった……"
おかしい。コメント越しなのに、アホの子を見る視線を感じる……。
「――でまあ、いろいろ食べてたら気がついたら毒耐性スキルがカンストしてたんですよ!」
"いや、それはおかしい!"
"サラッと話してるけど壮絶すぎるww"
"この子の食への探究心なんなの……"
呆れたコメント欄をよそに、私は料理を進めていく。
鍋の火加減を調整しながら、ハーブ(中層のハーブがおすすめ!)を茹でていく。
同時に、オークキングの肉は、先に軽く炒めておく。
ほどよく引き締まったお肉から、香ばしい匂いが立ち昇ってきた。
「はあ、生きてて良かった~!」
思わず頬も緩むというものだ。
"おお、ちゃんと料理してる!"
"なんか意外"
"もっとワイルドにいくのかと思ってた"
「むむ、失礼な! 私はこれでも、癒やしをお届けする食卓配信してるんですからね!」
"つURL(モンスターをミンチにしてニッコニコのレイナさん)"
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
"テンポ感w"
"即オチ2コマ"
なんでノータイムで、そのURL貼れるの……。
コメント欄が、すっかり私の扱いを覚えてきている気がする。
「下層のモンスターは調理しないと危ないですからね。実際、踊り食いしたときとかは――おほほ、配信には載せられない大惨事になりましたわね」
"やった~! レイナちゃん、清楚! ……清楚?"
"清楚な子は、モンスターをおどり食いしないんよ(ドン引き)"
ごもっともである。
あんな光景は、とても載せられないね!
その後も、リスナーさんと話をしながら調理を続け、
「ジャーン! ついに完成しました!!」
――スパイシー・キノコ鍋Withオーク肉。
鍋のフタを開けると、熱気とともに湯気が立ち上る。
グツグツと煮立つ鍋からは、香辛料とキノコの香りが漂ってきており食欲をそそった。
中央にデーンと鎮座するのは、狩りたてホヤホヤのオーク肉だ。
ボリューム満点で、まさしくダンジョン料理の醍醐味を詰め込んだ至高の一品と言える。
スプーンを掴み、静かに口に運ぶ。
「ん~~~!」
"食レポ、食レポ!"
(はっ、ついつい無言に……!)
「ほっぺたが落ちそうなぐらいに美味しいです!」
"語彙力ww"
"もうちょっと頑張ってw"
"レイナちゃんが可愛いので万事オッケーです"
"でもこの子、モンスターを前にしたらバーサーカーになるからな"
「いい加減、その世界線のことは忘れて!」
(……まあ、どんな形でも私の配信を見て楽しんでもらえてるのは嬉しいんだけどね――)
和気あいあいとしたコメント欄。
私をからかうものもあったけど、それも含めて、その場には確かな暖かさがあった。
思えば不思議なものだ。
ちょっと前までは、1つのコメントすら付かないことだってザラ。
それでも辞めずに続けてきて良かったと思う。
「視聴いただき、ありがとうございました。それでは次の食卓で、お会いしましょう!」
"おつおつ~"
"楽しかった~!"
"次の食レポ()も楽しみにしてます!"
私はリスナーに感謝を告げ、配信を切る(切った、絶対に切った!)のだった。
※※※
切り忘れによりバズったチャンネルが、あの日以降初めて行う配信。
その配信に注目していたダンジョン探索者は多く――レイナは、数多のダンジョン探索者を一発で虜にした。
見たこともない技術を駆使して、ソロで下層を突き進むスーパープレイ。
極めつけは、この世のものとは思えないオークキングとの激闘。
料理配信で見えた彩音レイナという少女の可愛らしさ。
同接は、またしても10万人をオーバー。
2連続で同接10万人という記録は、人気ダンチューバーでも数えるほどしかいない圧倒的な数字である。
登録者数は更に増え続けて、70万人ほどに。
――レイナのチャンネルは、急激な成長を続けていくのであった。
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