キライシス

@mlosic

第1話キライシス


「これ、本当に完成形?」


 静寂が支配するオフィスに、高圧的な佐藤の声が響く。いつもの日常的な光景。


 また始まったかと仕事をしつつ他の社員たちも聞き耳を立てていた。


「時間はあげたよね? やっつけ作業にしかみえないんだけど」


「はい……やることはやったんですが」


 西田は俯いたまま、消え入りそうな声を絞り出す。


「いやそういうのいいから」


 佐藤は一方的に自分の言いたいことだけをぶつける。公開説教は日常茶飯事で、標的はいつも西田だった。


「俺はそう思うだけど、そう思わない?」


「はい……」


 決まった返答しかしようのない説教がダラダラと続く。


(死ね……)


 西田の心の中は、佐藤に対する溜まりに溜まった感情が爆発していた。


「うっ」


 急に佐藤が胸のあたりを押さえはじめて苦しみだした。


「え?」


 突然のできごとに西田は、苦しむ佐藤の姿を見つめることしかできなかった。


「ごぉ、うっぁ」


 バタン


 佐藤は泡を吹き、白目を向いた状態で床に倒れこんだ。


「どんだけ嫌われてんの」


「え?」


 西田は急に聞こえた声の主を確認するために後ろを振り向く。しかし、誰も背後にはいない。


「私は今、おぬしの脳内に語り掛けておる」


「え、なんだこれ」


「お前今何か言ったか?」


「いや、俺じゃないよ」


 西田以外の社員たちにも姿なき者の声が聞こえているようで、社内がざわつき始める。


「なんてね、君たちこんにちは。僕はそうだな。君たちの言葉でいう神ってやつかな」


 脳内に神と名乗る男とも女ともとれない声が響く。


「いや、なんだよこれ!」


 男性社員が取り乱したように叫ぶ。


「突然驚かしてごめんね。じつは君たちに話があってね」


「ドッキリとかか何かか!」


「そんな暇ないだろ!ってか佐藤部長も」


「何もきいてない!!」


 一人の社員を皮切りに、残りの社員たちも続けと言わんばかりに次々と発言しだす。


「うるさいな」


ドンッ


 全員の頭に何かの衝撃をうけたような感覚が走る。社員たちは何が起きたか分からなかったが、受けた衝撃で危険を察知し口を閉じた。


「協力に感謝するよ。今回神である僕が来た理由なんだけど、あ、その前になんで神かというと君たちを作ったのは僕なんだ。」


 神と名乗る男の発言に一同は理解できないでいた。突然聞こえてきたよく分からない声の主に、作ったのは僕なんだよねと言われても早々に信じられるわけがなかった。


「そして僕がね、君たちを作った理由っていうのはいわゆる作品作りのため。君たちも絵、音楽、文章といった様々なものを媒体にして色々表現するだろ? それと一緒」


 神は社員たちが理解をしているかなんてお構いなしに言葉を続ける。現場は神によるライブ会場と化していた。


「地球というキャンバスに、君たちという絵具を使うとどういう作品が完成するのかなってワクワクしてたんだ」


「でも君たちさ、せっかく僕が作ったキャンバスを滅茶苦茶にするじゃん? で、奪い合うだけ。僕は、これは違うと思ったな。」


「だから修正しなくちゃ」


 修正という言葉に、社内の全員に緊張が走る。


「でも作っておいて勝手に消すってのも、理不尽だよね。だから」


 少し間をおいて、神が核心の言葉を紡ぐ。


「誰が要らないのかは、君たちで決めてもらおうかなって」


 張りつめた空気とは真逆の、緊張感のない声が脳内を反響する。そして、一同は周りを見渡した。


「みんなから嫌われてる人って、要らないと思うんだよね」


「い、いや!!!いやぁぁぁっ!!」


 神の声を遮るように、一人の女性社員がオフィスから逃げ出した。


「あ、そんなことする人嫌いだな」


「ぐぐぐぉ……あ……っ」


 逃げ出した女性社員が、佐藤と同様に胸を押さえながら苦しみだし、数秒も経たないうちに倒れる。


「あ、あ……」


 起きた一連の出来事に理解が追い付かず、社内はさらに混乱が渦巻いていく。


「君たち。今の人でもいいし、さっきの男の人の目を見て」


 神に促され、社員たちは恐る恐る指示された通りに動く。


「え、黒目がない……」


 倒れた人物の目を覗き込むと、黒目の部分が白くなっていた。


「んーそうだな。キライ指数」


 神と名乗る男は目を輝かせているであろうと思えるほど、生き生きした声で語りかける。


「うん。キライ指数と呼ぼう。今君たちの目にちょっとした細工をしたんだけど」


「お前の目、なんかおかしいぞ」


「お、お前の方も……」


 社員たちはお互いの顔を見合い、自分たちの目に異変があることを確認する。


「君たちは今、それぞれお互いの感情が繋がっているんだけど、キライっていう負の感情を受けた人は目の光がなくなっていくようにしました」


 神はお構いなしに淡々と説明を進める。


「そしてなくなると、死んじゃいます」


「え?」


 サラッと言ったことと内容にギャップがあり、誰も理解できないでいた。


「け、警察……」


「無駄だよ。」


 女子社員が携帯電話を確認すると圏外と表示されていた。


「ね? じゃ、これから普段通り動いてもらって、どんどん要らない人を決めて」


 説明がめんどくさくなったのか、適当に話しているのが感じ取れた。


「後がつっかえてるからできれば早くして欲しいな。とりあえずここは七割くらいかな。ずっと見てるからね」


 最後の言葉を最後に神の声が鳴り止む。


 社内には静けさだけが取り残されていた。

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