《 第23話 一番大切なもの 》

 迎えた合コン当日。


 その日の正午過ぎ。俺は自宅の最寄りから三つ離れた駅で降り、ベンチに腰かけて悠里が来るのを待っていた。


 天気は晴れ。会場は屋内だが、絶好の合コン日和。マジでわくわくが止まらない。女子が近くを通りかかるたびに、あの娘だろうか、あの娘だろうかと目で追いかけ、期待感が膨らんでしまう。見た目はともあれ、優しくて話が盛り上がる女の子が来てくれるといいなぁ。


 じっとしていると落ち着かず、スマホのインカメで髪型をチェックする。入浴前にワックスをつける練習をしてたこともあり、髪型はバッチリだ。上着も悠里が選んでくれたオーバーサイズのシャツを着てるし、これならオシャレ男子に見えるよな?



「お待たせ」



 合コンを待ち遠しく思っていると、悠里がやってきた。


 昨日は女装していたが、今日は見慣れたぶかぶかパーカーにシュッとした黒ズボン姿だ。


 しかし服装は普段通りだが、顔色がいつもと違って見える。テンションも低めで、生気のないうつろな目つきだ。


 別れ際に早めに寝るとは言っていたが、なかなか寝つけなかったのかね?


 俺も『早く寝ないと!』というときに限って一向に眠れないタイプなので気持ちはわかる。ベッドに入ったのが21時なので結果的にはいつも通りの時間に眠れたが、悠里は違うのだろう。


 ま、なんにせよ今日は合コン。彼女を求める男子にとって、そのワードは起爆剤。いまは元気がないけれど、合コンが始まればテンションがぶち上がるだろう。


「うっす。さっそく合コンに行こうぜっ」


「そうだね」


 悠里は力なく返事する。ワードだけでは気分が盛り上がらないようだ。だったら、早いところ会場入りするか。現地に着けばわくわくしてくれるだろ。


 俺たちは商店街へ足を運ぶ。


 合コン会場は、こないだ悠里と利用したカラオケ店。カラオケ店のことを考えると膝枕の感触が蘇り、心臓がドキドキしてしまう。


 チラッと悠里の横顔を窺うと、すぐさま視線に気づかれた。


「……なに?」


「な、なんでもない」


「そう……ほんとになんでもない?」


「ほんとになんでもない」


 悠里にはドキドキしていると悟られてはならない。


 だってさ、ドキドキするって、恋愛感情を抱くようなものだろ。


 俺が悠里に向ける感情は友情だ。恋愛感情を持たれてるかも――なんて思われれば友情が崩壊しかねない。


 まあ、昨日は散々ドキドキする姿を晒したわけだが。しかし、あれはノーカンだ。悠里は女装してたし、『可愛い』を褒め言葉として受け取ってくれた。あの日だけは女子として扱うのが正解だった。


 今日は違う。明日も、明後日も、この先ずっと、悠里に対してドキドキできない。


 だからこそ、恋人を作るのだ。


 女子の匂いや柔らかさを知れば、悠里にドキドキすることはなくなるはずだから。


 もちろん恋人が欲しい理由はそれだけじゃないが、親友との友情を保つためなのが一番の理由だと言っても過言ではない。


 なんて考えている俺のとなりで、さっきから悠里がため息を連発している。じきに会場に到着するが……その前に元気づけてやろうかね。


「そういや悠里、宿題やった?」


「ううん。やろうとしたけど集中できなくて。春馬はやったの?」


「俺もまだだ。全員宿題忘れてたら、先生びっくりしそうだな」


「全員?」


「クラスメイト全員合コンに参加するわけだからな。あのテンションじゃ宿題どころじゃないだろ」


「あー、確かに」


「みんな宿題忘れてたら、先生も『宿題出してなかったっけ』って勘違いしてくれるかもな」


「ふふ、あの先生ならするかも」


 悠里がちょっとだけ笑ってくれた。


 気分が明るくなったのか、今度は悠里から話題を振ってくる。


「いまさらだけど、その服着てきたんだね」


「似合ってるだろ」


「似合ってるけど、ぶかぶかだし筋肉が目立たないんじゃない?」


「せっかく買ったんだから、着ないともったいないだろ。それに脱いだらギャップをアピールできるしな」


「ギャップかー……。合コン、ギャップがある娘が来るのかな」


「さあ、どうなるかな」


 たとえギャップがある娘が来たとしても、ドキッとはしないかも。


 なにせ昨日、とんでもないギャップを見てしまったからな。誰が来ようと、悠里が見せたあのギャップには敵わないだろう。


 スカート姿を思い出したらドキドキしてきた。けっきょく鼓動が収まらないまま、カラオケ店にたどりつく。


 店の前には、見知った顔がいた。


 クラスメイトの田中と池田だ。


 イケメン枠は取り潰され、出席番号順に婚活回転寿司が行われることになり、出席番号1番の池田が初期メンになったのだ。


「うーっす。ふたりだけか?」


「ほかの奴らは1時間前から会場入りしてるぞ」


「1時間前から? やる気満々だな」


 言いつつ、まわりを見まわす。


 合コン開始まで5分だが、近くに女子は見当たらない。


「女子ならあと30分は来ないぞ」


「電車が遅れてるのか?」


「じゃなくて、桜井たちには30分早い集合時間を伝えたんだよ。緊張をほぐすためにな」


「緊張を?」


「いきなり女子と話したんじゃ緊張するだろ。見ろよ池田を。顔真っ青だぞ」


 たしかに池田は顔から血の気が引いている。どうりで一言もしゃべらないわけだ。


「合コンを成功へ導くには軽快なトークが不可欠だ。そこで雑談して、緊張をほぐす――天沢あまさわさん!?」


 田中が急に目を見開いた。


 そちらを見ると、女子が歩み寄ってきていた。


 白いブラウスに紺のスカートを着用した、黒髪ポニテの清楚そうな女子だ。スラリとした体つきながらも胸がデカく、池田の真っ青だった顔が一気に赤くなる。


「く、来るの早くない!?」


「私から合コンを提案したから、遅刻したらいけないと思って」


「だ、だからって30分も前から……」


「田中くんも来てるでしょ。30分前行動なんて偉いわね」


 ほほ笑まれ、田中まで顔が赤くなる。雑談タイム、マジで必要だったな……。


 ちなみに俺はというと、そんなに緊張していない。昨日の練習の成果が出ている。


「俺、桜井。田中の友達な。今日はよろしく」


「よろしく桜井くん。私は天沢。ふたりは……」


「池田っ! ですッ!」


「高峯だよ」


「よろしくね、池田くん、高峯くん」


 にこりと笑う天沢さん。


 よく笑う女の子はタイプだ。遅刻しないよう30分も前に来るあたり、ものすごくまじめで気遣いができる性格なのだろう。


 さておき、合コン開始まで30分。このまま立ち話ってのもなんだ。


「どっか座れる場所探す?」


「私は立ちっぱなしでも平気よ。部活で足腰鍛えてるから」


「へえ、何部なんだ?」


「空手部。これでも主将なの」


 清楚そうなのに空手部の主将なのか。


「す、すごいね。とてもそうは見えないや」


「こう見えてけっこう力持ちなの」


 笑みをこぼして冗談っぽく力こぶを作ってみせると、ふいに天沢さんが申し訳なさそうな顔をした。


「それで……いまのうちに謝らないといけないことがあって。実を言うと私、恋人を作るつもりはないの」


「えっ、そうなの!?」


 悠里が食いついた。好みのタイプだったのかな? にしては嬉しそうだけど……。


「主将として恋愛してる暇はないから……」


「じゃ、じゃあどうして合コンを?」


「私の友達が『いい男を紹介してくれ~』ってうるさくて。その口癖が移って、田中くんに『いい男を紹介してくれるなら~』なんて言っちゃったの。あの言い方だと、田中くんに失礼だよね……」


「ぜ、全然気にしてないよオレ!」


 ほんとは気にしてたのか、田中はめちゃくちゃ嬉しそうだ。


「そう言ってもらえると気が楽になるわ。恋人は作れないけど……だけどもちろん、合コンが盛り上がるように協力するからっ」


 一緒に頑張ろうね、と天沢さんが言う。


 友達のために合コンを提案するって、本当に優しい娘だな。


「オレたちも盛り上げるから!」


「た、楽しい会にしましょうッ!」


「そ、それと、オレからも天沢さんに謝ることがあって……実はクラスメイト全員、合コンに参加することになったんだ」


「え、全員?」


「も、もちろん一斉に席に着くわけじゃないから。……天沢さん、婚活回転寿司って知ってる?」


「知ってるよ。婚活番組で見たことある。あれをやるの?」


「や、やっぱり迷惑だった?」


「ううん。楽しそうねっ」


「ほ、ほんとにっ?」


「ええ。うち女子校だから、男の子と話す機会もなかなかなくて。いろんな男の子と話せたほうが、みんなもきっと喜ぶわ」


 婚活回転寿司を受け入れてもらい、胸を撫で下ろす俺たち。


 ただひとり、悠里だけが暗い顔をしている。


 優しくて可愛くてギャップもある女子が目の前にいるってのに、どうして暗い顔をしてるんだ?


 心配になり、小声で悠里にたずねてみる。


「なあ、どうかしたのか?」


「う、ううん。どうもしてないよ。合コン、楽しみだね」


 発言と表情がミスマッチだ。無理をしているようにしか見えない。


 悠里は入学当初から月に一度のペースで体調を崩している。あのときもつらそうにしているが、それとは違う感じがする。


 俺は医者じゃない。顔を見ただけじゃ原因はわからない。


 だけど俺は親友だ。なにがあったのかはわからないが、なにかつらいことがあり、無理してこの場に立っていることは理解できる。


 親友がこんな顔をしてるのに合コンを楽しむなんて、俺にはできない。


「いきなりでごめん。俺と悠里は不参加で頼む」


「え? ど、どうして不参加なの?」


「そうだぞ桜井。合コンに参加できるってなったとき、あんなに喜んでただろ」


「そ、そうだよ。あんなにわくわくしてたのに……」


「でも悠里、あんまり気分良くないだろ?」


「そ、それは……」


「緊張してるだけじゃね? 見ろよ、池田なんてもっとやばいぞ。顔真っ赤だぞ」


「池田はべつにやばくねえよ。こんなに可愛い女子が目の前にいるんだから顔くらい赤くなるって」


「え、えっと……私、可愛い?」


「可愛いよ」


「そ、そう……」


 言われ慣れてないのか、天沢さんは照れくさそうにうつむいた。


 俺はそんなに照れくさくない。これまた練習の成果が出ている。


「とにかくだ。悠里はただ緊張してるだけには見えないんだよ」


「ど、どうしてそう思うの?」


「親友だからだよ。俺がどんだけ悠里と一緒に過ごしたと思ってんだ。言いたくないなら言わなくていいが……なにか嫌なことがあったんだろ?」


「……うん」


 やっぱりか。


「で、でも……春馬は合コンを楽しみにしてたのに……。ボクだけ帰ったらいいだけじゃ……」


「親友がつらそうにしてるのに合コンしてる場合かよ」


「春馬……」


「そ、それを言われるとオレらも参加しづらいぜ?」


「ああいや、さすがに全員で帰ったら女子に悪いし、悠里が責任感じるから」


「春馬だって、合コンに参加したいなら参加していいけど……」


「気にするなって。親友より大事なものなんかないんだから。というわけで、悠里は俺に任せて、お前らは合コン楽しんでくれ」


 田中たちにそう告げて、俺と悠里はカラオケ店の前から立ち去るのだった。

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