《 第18話 合コンの誘い 》

 金曜日の朝。


 教室に入ると、悠里は自席で小説を読んでいた。


 毎朝見かける光景だが、ここ最近はいつもと違う。ひとりでいるときの悠里は背を丸め、なにやら落ち込んでいるようなのだ。


 そんな悠里を元気づけようと、俺は努めて明るい声で話しかける。


「うーっす! おはよーさん!」


「うん。おはよ春馬」


 にこりとほほ笑む悠里だが、やはり元気が欠けている。


 入学当初から月に一度は気怠そうな姿を見せていたが、連日続くのははじめてだ。理由は薄々察しているが。


 きっと勉強疲れだろう。近々中間試験があるし、前回成績を落としたって嘆いてたしな。


 俺も試験のことを考えると気が滅入る。我が家は順位に応じて小遣い額が変動するシステムなので、手を抜くわけにもいかない。


 前回は10位だったが、次は1桁台になりたい。そうすりゃ小遣いが跳ね上がり、悠里と遊びまわれるから。


 ボウリングなりゲーセンなり楽しい場所に連れていけば、テストがだめでも元気になってくれるはずだ。


 なんて考えながら席に着くと、悠里が読んでいた本にしおりを挟む。……小説だと思っていたが、数学の参考書だった。


 やっぱ勉強疲れが原因か。頑張るのは立派だが、体調が気がかりだ。やる気に水を差さない程度にそれとなく心配を伝えてみるか。


「勉強始めるの早いな。いまからその調子で疲れないか?」


「疲れるけど、成績落ちちゃったら遊びに出かけづらくなるもん。春馬は……ボクと遊べなくなったら寂しいよね?」


 期待するような眼差しだ。だからってわけじゃないが、俺はうなずいた。


「そりゃ寂しいよ。悠里と遊ぶの、俺の生きがいだぞ」


「そ、そんなにボクと遊ぶの楽しいの?」


「めっちゃ楽しい。ぶっちゃけ身体壊すんじゃないかって心配してたんだが……そういう理由なら止めづらいな」


「ボクのこと、心配してくれてたんだ……」


 悠里はとても嬉しそうにはにかんだ。


 その笑みを見て、不覚にもドキッとしてしまう。


「心配してくれて嬉しいけど、勉強はするよ。気兼ねなく遊びに出かけたいし、一度でいいから春馬に勝ってぎゃふんって言わせたいもん」


「いいぜ。俺に勝てたら言ってやるよ。そのかわり、俺が勝ったら悠里がぎゃふんの刑な」


「とびきりのぎゃふんを聞かせてあげるよ。ボクに勝てたらね。ちなみに春馬はもう勉強始めてるの?」


「まだだよ。最近は勉強どころかゲームばっかしてるぜ」


「新しいの買ったの?」


「いや、スマホゲームだ。悠里もやってみろよ。いい気晴らしになるぜ」


「楽しいならやってみようかな。どんなゲーム?」


 いま見せてやるよ、とスマホを取り出すと、悠里が横から画面を覗きこんできた。そこに表示されたタイトルを見て、戸惑いながら読み上げる。


「ビューティガールズ……? これって恋愛ゲーム……だよね?」


「見ての通りな。いろんな性格のキャラがいてさ、会話のバリエーションが豊富なんだよ。好感度しだいで台詞も態度も変わるし、全員と仲良くなろうとしてるうちに、いつの間にか日付が変わってたりな」


「どハマりしてるね……。それ課金とかあるの?」


 悠里は心配そうに言う。


「あるけど課金はしてないぞ。課金すりゃ手っ取り早く好感度が上がるけど、べつに課金しなくても会話はできるしな」


「だけど……そのうち課金しちゃうんじゃない? だってそのゲーム、時間を忘れて楽しんでるんだよね?」


「楽しんでるっちゃ楽しんでるが、あくまで勉強のためだからな」


「勉強の?」


「ああ。ナンパするときの参考になればと思ってさ。毎回3パターンの選択肢が出るんだが、こういうときはこういう台詞を言えばいいのかって参考になるんだよ。ま、最近は会話もせずにバイトばっかしてるけど。プレゼント代を稼ぐために」


「なにを贈るかは決めてるの?」


「ダイヤの指輪だ。ぜったい喜んでくれるよなっ」


「ど、どうだろうね……。恋人からなら嬉しいけど、友達からだと困るかも。まあ、ゲームのキャラなら喜ぶかもだけど……リアルの女友達に贈るなら、ちょっと高めのハンドクリームとかのほうがいいよ」


「女子ってハンドクリームで喜んでくれるの?」


「ひとによるけど、彩花あやかちゃん……ボクの友達は気に入ってくれたよ。渡したらすぐ使ってくれて、すごく喜んでくれたんだ」


 いいエピソードだが、ひとつ引っかかるポイントがあった。


 彩花ちゃんって、男子の名前か? まさかとは思うが……


「それって女子?」


「うん。彩花ちゃんは女友達――ひゃあ!? なになに!?」


 男連中が一斉に集まり、悠里が悲鳴を上げた。大声で話してたわけじゃないのに、なんて耳ざとい奴らなんだ。


「女子の友達いるってマジ!?」


「イマジナリーフレンドじゃないよな!?」


「ちゃんと実在してるよ」


「ほんとか!? ほんとなんだな!?」


「目が合っただけの女子を友達だって言い張ってるんじゃないよな!?」


「ま、まさか連絡先を交換してたりしないよな!?」


「交換してるよ」


 男連中がざわめく。


「ま、待て待て。話を整理させてくれ。悠里には彩花ちゃんっていう女友達がいて、その娘と連絡先を交換してて、しかもプレゼントを贈るような仲なんだな?」


「そうだよ。春馬と遊ばない日は普通に彩花ちゃんたちと遊んでる――」


 彩花ちゃん『たち』!?


「ま、まさか彩花ちゃん以外にも女友達がいるのか?」


「いるよ。20人くらい」


 20人もいるの!?


「な、なんで秘密にしてたんだ!?」


「言ったけど……春馬に『俺と遊んでないときはなにしてる?』って訊かれたとき、『友達と遊んでるよ』って」


「あー……」


 とりとめのない会話だったのではっきりとは覚えてないけど、言われたような気もする。


 そこは『女友達と遊んでる』って言ってほしかったが……いまとなってはどうでもいい。


 それより悠里に伝えたいことが――


「頼む高峯! いや高峯様! 女友達を紹介してください!」


「オレにも! オレにも頼む!」


 オレにもー! オレにもー! と合唱する男たち。もちろん、俺も負けじと叫んでいる。


 俺の声が一際うるさかったのだろうか。悠里は少しむっとした顔で俺を見て、


「紹介はしないよ。みんな彼氏いるもん」


 合唱がピタリと止んだ。


「マジで? みんな!?」


「うん。だから紹介はしないよ」


「そ、そうか……全員彼氏持ちか……」


「ま、そうだよな……そもそもフリーなら、高峯がアタックしてるわな……」


「てか女友達が大勢いるのに全員彼氏持ちって……高峯がかわいそうだろ……」


「いいことあるといいな……」


「う、うん、ありがと。紹介できなくてごめんね? みんなにも素敵な出会いがあるといいね」


 悠里はなんだか申し訳なさそうに言った。



「うーっす!」



 そのとき、場違いに明るい声が響く。同中出身の田中だった。


「どうしたどうした、空気重いぜ~」


「それがさー……高峯がかわいそうなんだよ……。女友達が大勢いるのに、全員彼氏持ちで、生殺し状態で……」


「おおぅ、そりゃつらいな……。うっし、そういうことなら高峯をメンバーに入れてやる!」


 悠里がきょとんとした。


「メンバーって?」


「合コンのメンバーだっ!」


 まさかの一言に俺たちは度肝を抜かれた。唯一平静を保っていたのは、メンバーに選出された悠里だけだった。


「えっと……誰と合コンするの?」


「桜ヶ丘高校の女子とだっ!」


 桜ヶ丘高校といえば制服が可愛いことで有名な女子校だ。あそこの生徒と合コンができるとか羨ましすぎる!


「どうやって合コンに持ち込んだんだ?」


 俺の質問に、田中は得意げに言う。


「ナンパした娘に『いい男を連れてくるなら合コンしてもいい』って言われたんだ」


 だとすると少なくともその娘にとって田中は『いい男』ではないわけか。


 とはいえ開催するのはお見合いじゃない。合コンだ。複数参加者がいるのなら田中にもまだチャンスはある。


「ちなみに4対4の合コンだ。てなわけで残る2枠を決めたいんだが――」


「頼む! オレを! オレを誘ってくれ!」


「いいやオレを! オレを頼む!」


 本日二度目のオレオレ合唱が響き渡る。もちろん俺も腹の底から主張した。


 どんな女子かはわからないが、合コンに参加するってことはフリーのはず。しかも女子校ってことは、男子との出会いの場は限られているわけで……


 今頃あちらの高校でも、同じような合唱が響いているかも。


「まあ落ち着け。あっちの希望は『いい男』なんだ。そこでこれからオレが考えた『いい男』の条件を発表する」


 田中は指折り数えながら発表する。


「まずは女心に詳しい奴だ。女友達が多い高峯なら適任だろうな」


「二つ目は?」


「イケメンだ。これは公平にジャッジするためイケメン診断サイトで決める」


「三つ目は?」


「筋肉だ。相手は女子校だし、たぶん男らしさを求めてるだろうからな。正直これは桜井で決まりだと思うが――」


 異議は出なかった。出なかった!


 ひゃっほう! 鍛えててよかった~!


 どんな女子と出会えるか――。いまから合コンが待ち遠しいぜっ!


 クラスメイトが自撮り写真を診断サイトでチェックするなか、俺は合コンに思いを馳せるのだった。

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