《 第7話 見てはいけないものを見た 》
青空と夕焼けが混ざり合う頃、高峯家の最寄り駅にたどりつく。
駅周辺は住宅地だ。コンビニがあるくらいで、娯楽施設は見当たらない。
「毎日この距離を通ってるって大変だな」
「そうでもないよ。小説を読んでたらあっという間だし、家から駅まではほんの数分だからね」
「けどトータルだとかなり通学に時間かかるだろ」
「まあね。同中でいまの高校に通ってるのボクだけだもん。ボクもお父さんが理事長じゃなかったら受けようとは思わなかったよ」
「おじさんに勧められたのか?」
「うーん。勧められたっていうか、小さい頃から口癖みたいにうちの高校を褒めてたから、気になってはいたんだよ」
「悠里を通わせるために洗脳してたんじゃね?」
「いま思うとそうかもね。少子化の流れで~って言ってたけど、共学化を決めたのも実はボクを通わせるためだったのかも」
「あり得ない話じゃないな」
可愛い顔をしちゃいるが、悠里は男だ。生々しい下ネタをぶっ込むくらい、女子に興味を抱いている。
そんな悠里を振り向かせるため共学化を決めたのかもしれない。けっきょくフタを開けてみれば、女子はひとりもいなかったわけだが。
それでも悔いはないようで、悠里は明るく笑っていた。
「結果的にはいまの高校でよかったけどね。すっごい楽しく過ごせてるもん」
「俺もだ。去年も楽しかったが、今年はいよいよ修学旅行だしなっ。スキー、マジで待ち遠しいぜっ!」
「ボクも楽しみっ! ……ただ、問題はお風呂なんだよね」
「風呂?」
「うん。だってほら、ほかのひとに裸を見られちゃうし……」
「あー、なるほどね」
中学の修学旅行でも、風呂の時間はちょい恥ずかしかった。なかなか服を脱がず、お互いに会話に夢中になっているふりをしつつ誰かが先陣を切るのを待っていた。
そして誰かひとりが脱ぐと、逆に恥ずかしがっているのが恥ずかしく思えてきて、ぱぱっと服を脱いでしまうのだ。
高校でも同じ現象が起きるかもだが、どうせみんな同じのがぶら下がってるんだ。チラッと視界に入ることはあれど、じろじろ見られることはない。
「うう、お風呂のことを考えたら、いまから不安になってきたよ……」
「気持ちはわからんでもないが、そんな気にしなくていいだろ」
「気にするよ!? お風呂に入ったらぜったい胸とか見られちゃうんだよ!?」
「まあそんな胸してたら見られるわな」
ぶっちゃけ俺も見るし。悠里の胸筋がどんなものか、前々から気になってたから。
普段ぶかぶかの体操服だし、夏場も暑いなか大きめのベストを着用してた。悠里の胸の膨らみに気づいているのは俺だけで、クラスメイトは胸筋の発達ぶりを知らないはずだ。
悠里が服を脱げば注目の的となろう。注目されるのは筋トレ冥利に尽きるけど……悠里は目立ちたくない様子。
「じゃあさ、こういうのはどうだ?」
「どういうの?」
「どっちがより注目されるか競うんだ」
「ぜったい嫌だよ!?」
ゲーム形式なら楽しめるかもと思ったのだが、すぐさま却下されてしまった。
だったら安っぽく挑発してやろうかね。
「おいおい、まさか俺に負けるのが怖いのか?」
「むしろボクに勝つ気でいるの!? 100パーボクのほうが目立つよ!?」
本気の困惑だった。よほど筋肉に自信があると見える。
「勝負成立か?」
「不成立だよ! お父さんに頼んで時間ズラせるか頼んでみるから!」
理事長の息子だし、それくらいの特別待遇は認められそうだ。
そうして会話をしつつも歩いていき、ほどなくして悠里が立ち止まった。
「着いたよ」
立派な庭付き一戸建てだ。悠里に続いて家に入り、玄関でスリッパに履き替える。そのまま悠里のあとを追いかけて、二階の一室に通された。
白を基調とした部屋だった。クローゼット付きで、ベッドに学習机にタンスに本棚というシンプルな内装だ。10畳くらいの板張り部屋だが、片付いているのでもっと広く見える。
ここが悠里の部屋か……。いままで多くの友達の部屋を訪れたけど、そのどれとも違って見えるな。
なんというか、女子っぽい部屋なのだ。女子の部屋を訪れたことはないので確かなことはわからないが、俺がイメージしていた女子の部屋そのものだった。
「どうしたの?」
「ああいや、なんでもない」
俺はとっさに誤魔化した。貶しているつもりはないが、お前の部屋女子っぽいな――なんて言えば悠里を傷つけてしまいかねない。
昔、女っぽいとからかわれたことがあるのだろう。入学後の自己紹介で、第一声が『こう見えて男子です!』だったからな。
当時を懐かしく思いつつ本棚へ。
まじめそうな理事長の影響を受けたのだろうか。小難しそうな小説がメインだが、漫画もそれなりに揃っている。
「俺が持ってる漫画ばかりだな」
「春馬が楽しそうにしゃべってたから気になって。じゃあ適当に読んでていいから」
「どっか行くのか?」
「トイレだよ」
「そか。りょーかい」
信頼してくれているのか、悠里は俺を部屋に残して出ていった。
友達の家を訪ねたときはエロ本探しが恒例だが、持ってないって言ってたし、信頼を裏切るようなマネはしたくない。
目当ての漫画を手に取ると、ベッドに腰かけようとして……
「……ん?」
ふと、タンスの引き出しが目についた。雑に仕舞ったのだろう。引き出しから赤い紐が飛び出していたのだ。
スルーしてもよかったが……なにせ派手な色だ。視界にチラついて気になるので、戻すことにした。
タンスを開き、紐をそっと戻そうとして……目を疑う。
色とりどりのブラジャーが、ぎっしり詰まっていたから。
それだけじゃない。ブラジャーコーナーのとなりには、綺麗にたたまれたパンツが敷き詰められていた。
カラフルなブリーフじゃない。どう見ても女性用下着だ。
「……お、おおう。ま、まあ、そういう奴もいるわな」
べつに盗んだわけじゃないのだ。悠里が女子の下着を買おうとそれは個人の自由。そりゃ驚きはしたが、性癖はひとそれぞれだ。いいじゃないか、女性の下着を持ってたって。
あいつは親友。最高の男友達だ。
どんな性癖を持っていようと友情は揺るがない!
「お待たせ~」
悠里が戻ってきた。
開かれたタンスの引き出しを見て、一瞬で顔が真っ赤に染まる。
「うええっ!? タンス!? なんでタンス開けっ!? えっ、なんで!? ボクがいない隙に!? ボクの下着に興味あったの!?」
「そんなわけないだろ!」
「そ、そこまで否定しなくてもいいのに……」
「いいや、これだけは全力で否定させてくれ! 俺は悠里の下着に興味ないから! 紐が飛び出してたから戻そうとしただけだから!」
「興味ないにしては熱い視線を向けてたけど……怒らないから、正直に言ってみて」
「正直に言ってるっての! びっくりして目が釘付けになっちまったんだよ。まさか悠里がこんなどエロいブラジャーを持ってるとは思わなかったからな!」
悠里は心外そうな顔をした。
「スポーツブラを持ってるって思ってたの?」
「思ってねえよ!?」
ブラの種類の問題じゃないから! ブラを所持してることに驚いてんだよ!
エロ本どころかグラビア雑誌すら持ってない悠里が、こんなブツを隠し持っているとは……。ひとは見かけに寄らないなぁ。
「ならいいけど……念のため言っておくと、こう見えてスポブラは小6で卒業してるからね?」
「マジで!?」
小6まではスポブラを集めてたってこと!? 筋金入りの性癖だな……。てか親友だからってぶっちゃけすぎだろ。こっちの処理が追いつかねえよ。
俺のリアクションになぜか気を良くしたようで、悠里は上機嫌そうに言う。
「まあね。まわりは中2くらいまでスポブラだったけど、ボクは一足先に大人の仲間入りをしたんだ」
まわりもブラジャー集めてたのかよ。とんでもねえ中学だな。
てかなんでそれを知ってんだよ。性癖暴露大会でも開催したのか?
「そんなわけだから、べつに深い意味はないけど、見た目と違って意外と大人だってことは覚えておいて」
「言われなくても一生忘れねえよ」
ならいいの、と嬉しげに声を弾ませ、悠里が太ももをモジモジさせる。
「そ、それで……どう? ボクを見る目、変わった?」
「変わらねえよ」
俺は即答してやった。
嘘じゃない。本心だ。どんな性癖を持っていようと、友情に変わりはない。
そんな思いを込めて告げると、悠里が不安そうに見つめてくる。
「ほんとに変わらないの? ボク、こんなに大人っぽい下着を持ってるんだよ?」
「どんな下着を持っていようと、悠里を見る目は変わらねえよ。俺にとって、悠里は最高の男友達だ」
「そ、そう……」
心からの思いを告げたのに、悠里はまだ心配そうだ。
気持ちはわかる。親友だから受け入れることができたけど、クラスの奴らが知れば悠里を見る目が変わっちまうかもしれないからな。ちゃんと約束してやらないと。
「もちろん、このことは誰にも言わないから」
「う、うん。そうしてくれると助かるよ……」
不安が拭いきれないのか、悠里はため息を吐き、ベッドに腰かけたのだった。
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