デザート・カー

[短編] [ミディアム] [ファンタジー度★☆☆(SF)]




 ブロロロロ……とエンジン音を響かせて。はじめて訪れるような道を、私は車を転がしひた走る。

「わっ、とっ、と……」

 道のちょっとした段差に乗り上げて、車がポンと跳ねる。それと一緒にポニーテールが揺れた。白い道を、そうして私は今日も走っている。



「今日はこの辺りにしようかなっ」

 ふと目に飛び込んできた、大きな恐竜型の滑り台のある公園。そこに車を停めてみる。エプロンを締めて、黒板ボードを持ち出して、さぁ今日もはじめよっか!


 私の自慢のキッチンカー。公園の白い砂に、ビタミンカラーの車体が映えるでしょ? 営業許可証はもうかなり日に焼けちゃって文字が薄いけど……。ま、持っているのが大事なんだし、しっかり車のフロントに置かせていただきます。

 車内のキッチンカウンターに立って、ゴキゲンな鼻歌混じり。朝の公園にギュインギュインとミキサー音を響かせる。

 今朝の気分は、柑橘たっぷりのオレンジ・スムージー。ミキサーからお店のロゴの入ったカップにとろりと注いで、ストローを刺したら完成! お客さんもいないし、これはひとまず自分用。


「いっただっきまーす」

 ……と、のその前に。今いる公園の景色を背景に、スムージーを持ち上げてパシャリと一枚。うん、スムージーのオレンジ色と青い空。公園の白い砂に、少し塗装のはげた大きな恐竜型の滑り台。これってとってもえるんじゃない? エモいんじゃない?

 では改めて。溶け出しちゃう前に、いっただっきまーす。スムージーを一口。すっきりと冷たくてとろ~りなめらかで、濃厚だけどサッパリ甘酸っぱい!

「やっぱりここの果物って、すっごい美味しいんだなぁ」

 うんうんと一人うなずきながらスムージー片手に、写真を撮った携帯端末の画面をスイスイと指でなぞって、SNSに投稿! これが私の日課だ。

『投稿が送信されました』のポップアップを眺めつつ、もう一口スムージーを飲む。もうこれ、本当に美味しい!


「あーあ。他の誰かにも飲んでもらいたいんだけどなぁ」

 投稿は完了したけれど、私はまだ画面をスイスイとなぞっている。指で引っ張って、離して。それを繰り返す、繰り返す。更新、更新、更新、更新。

 〝イイネ〟はつかない。反応は来ない。タイムラインは動かない。

「…………」

 ふぅっと息を吐いて、画面を閉じて。カウンターテーブルに携帯端末を伏せた。そのままほおづえをつき、大きくひらけた窓から外を眺める。


 目の前に広がる光景。白い砂に覆われた地面。誰一人として通り掛からない公園。それは、どこに行っても、いつまで待っても、同じことだった。




 この居住用人工惑星『I-71』で、ある日突然地面が白い砂に覆われて人の姿が消えた。たぶん、環境制御機能の置かれている星の中枢で化学事故か何かが起きたんだと思う。

 そしてそれを報道する機能も、きっともうどこにもない。他星間ネットワークへはアクセスできなくなってしまっていた。唯一、星内ソーシャルメディアサービスだけは私の端末のアプリで一応動作はするけど……。


 私がこの土地に来たのは数年前。母星の〝居住星税〟に耐えかねて、〝居住星税〟の低いところを探して移り住むことにしたから。

 ここはちょうど新しくできたばかりの人工惑星で、紹介の売り文句に「この期間だけのお得なキャンペーン! 期間中のご成約で、お引っ越し時の惑星間輸送費が実質・無料に!」といった風な甘い言葉が踊っていた。

 その中でも特に、「あの母星の環境を忠実に再現!」この言葉に私は心ひかれたの。

 できたばかりの新しい会社が手掛けた居住用人工惑星で、それを不安視する声も、移住前に私の周りで有りはしたんだけど……。

 でもこの星の土で育った果物は、昔家族と一緒に住んでいたあの星で食べたものと、本当に同じ味がしたんだ。今じゃ地面は無機質な真っ白い砂に覆われちゃって、あの生き生きとした香る土の面影なんて、もうどこにもないけど。


 キッチンカーに、というか、車に標準搭載の発電システムのおかげで、電気にはまったく不自由しない。新鮮な果物を急速冷凍するのもお手のものだ。缶詰に頼ることもない。

 だから私はこれまで通り『フレッシュフルーツのスムージーを作るキッチンカーの人』を続けられる。

 でも、でもね。

 今、っている果物が終わったら。私は本当に、ここにいる、意味が……――


 私はぶんぶんと首を横に振る。ポニーテールが揺れて、頬を軽く叩いてくれた。

「……さぁってと。じゃあそろそろ、出ますか!」

 何を求めているのか、どこに向かっているのか。自分でももうよく分からないけれど。エンジンをかける。車を転がす。白い道を、そうして私は今日も走っている。





 お昼頃には果樹園のある農村地帯に到着した。車から降りて両手を腰に当て、辺りを見渡す。

「はぁ~、立派な果樹園だなぁ!」

 広い敷地。白い砂の中に浮かび上がるように、オレンジ色の実をつけた木々と真っ赤な色が透けるビニールハウスとが、目の前に広がっていた。果物はとっくに樹上完熟しているようで、甘い香りが辺りにふわふわと満ちている。天国みたい。なんて、そんな縁起でもない言葉がよぎって、私はまたぶんぶんと首を横に振った。

 手を伸ばして、一つひとつ丁寧に、宝石のような果物をもいでいく。果樹園のたくさんある地域で良かったなぁ、とか。ああ、だからここでフルーツをたくさん使ったメニューのキッチンカーをやろうと思ったんだったなぁ、とか。そんなことを考えながら。


 緊急事態と言っても、勝手にものを持っていっちゃうんだから、やっぱり気は引けてしまう。だから私は、ものをいただいた場所には必ずお店の名刺を置いていくんだ。残り枚数の少なさには、気づかないフリをしながら。

 その裏面には毎回、手書きでメッセージを。

『ありがとうございました。お代は、いつか』

 ……『必ず』と書こうとして、ためらって。結局その言葉を入れるのはやめてしまったけれど。




 そうして夕方には、私は海岸線に辿り着いた。ゆっくりとブレーキを踏んで、海そして大きな灯台の見える場所に車を停める。ここだと地面が白い砂だらけなのもあまり気にならない。……今まであんまり意識しないようにはしていたんだけど。ここに来て、自分の胸からホッと飛び出してきた息を私は止めることができなかった。

 ああ、疲れちゃったな。少し。少ぅしだけね。


 キッチンカーのメニューには、フレッシュスムージーの他にクレープもあって。焼いた生地もクリームも、冷凍庫に準備してある。食事クレープ用のツナ缶ストックも、もう少しだけ。でも、やっぱり私はスムージーが好き。しんどい時でも、飲めば栄養を摂ることができるから。

「今日はこれで終わりにしよっか」

 ぽつりつぶやき、メニューの黒板ボードは表に出さないままで、一人だけ分の材料をミキサーにかける。

 そうして出来上がったのは、もぎたての新鮮な苺も使ったベリー・スムージー。カップに注いでストローを刺して、飲む前に一枚写真を。

 海辺の夕暮れ時の空。それに重なるスムージーの赤い色。後ろには大きな灯台。その横には、今日の一番星だと思う。明るい光が一つ写っていた。今回のは、過去イチでエモいかもしれない。少し、少ぅしだけさびしいような、美しい一枚だった。


『投稿が送信されました』

 そのポップアップを見届けると、もうそこで私は携帯端末の画面を伏せてテーブルカウンターに置いた。手繰り寄せるように何度も繰り返し画面を引っ張るための指は、もう動かせない。

 少しだけ、じゃないかもしれない。疲れちゃった。本当に。

 ふとそう、言葉が思い浮かぶ。

 ……もう片方の手に持ったスムージーも、置いてしまおうか、テーブルカウンターに。

 放っておくと溶けちゃって、せっかく作ったのにもったいない。そうだとは思う。でも、私が、私だけが飲んでも、もったいないのには変わらないのかもしれな――



 その時。ブン、と聞きなれない音がした。カウンターについた肘、自分の体に振動も感じて。

 私はとっさに携帯端末を拾い上げた。


『URTさんが〝イイネ〟をしました』


 見慣れない画面、見慣れない表示、見慣れない文字列。私は目を丸く見開いた。その視線の先、私の手の中で、続けて端末が振動する。


『URTさんからのリプライ:こちら全宇宙レスキュー隊です。ただいま救助に向かいます。その場から動かないでお待ちください!』


 私は車の窓からバッと外を見た。

 今日の一番星の、明るい光。そう思っていた輝きが、空の星よりもずっと早く動いている! そして手元の端末の通知が鳴り止んだ今も、私の体は振動を感じている。レスキュー隊の宇宙船が、こちらの方へ、ぐんぐんと。


 ああ、届いたんだ……!


 私はグッとスムージーを一口。甘酸っぱい味が、ぱあっと弾けて広がる。

 その元気をいっぱいに吸い込んで。ポニーテールを揺らし、白い砂の中に停めた、ビタミンカラーの車から。私は駆け出し、力いっぱい両手を振った。






お題:「なんらかの移動時間の最中のみで完結する短編」

副題:「ネット・SNS」

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